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世界の主要な精神保健コホート研究

 精神保健コホート研究では、一定の人たちを何年かおきに追跡調査を行います。

 「精神障害の発症に関連する要因は何か」を調べる場合には、ある地域である時点に生まれた子ども達について、 成長を追いかけ続け、その後精神障害になった人とならなかった人とで何が違うのかを確認することで、発症に関連する要因を検討します。 このような研究を出生コホート研究といいます。 子ども達ではなく、ある地域の成人している方々を追いかける場合もあります。そのような場合には地域コホート研究と呼びます。

 「精神障害の経過や回復の見通しはどうか、関連する要因は何か」を調べる場合には、ある精神障害の患者様を登録して、その後の経過を 追いかけ続け、精神障害の経過や回復の状況を確認し、回復した人とあまり回復していない人とで何が違うのかを確認することで、 良い治療法や支援方法を検討します。このような研究を患者コホート研究と言います。

 世界では数多くの精神保健コホート研究が行われていますが、ここでは出生コホート研究と患者コホート研究から代表的なものを一つずつだけ取り上げます。

Dunedin Multidisciplinary Health and Development Research Unit (DMHDRU)
ダニーディン健康と発達に関する学際研究

 ニュージーランドでは、ダニーディンとクライストチャーチでそれぞれ長年にわたるコホート研究がおこなわれています。 ここでは研究内容が日本語版にも翻訳されているダニーディンの調査について概要をご紹介します。

 ダニーディン健康と発達に関する学際研究(DMHDRU)は、ニュージーランドのオタゴ州ダニーディン市で生まれた子ども達を対象に、 38年にわたって追跡調査が行われているものです。1972年4月1日から1973年3月31日までにダニーディン市内のクイーン・メアリー病院で生まれ、 3歳までにオタゴ州に住んでいた子ども全員1037人に調査への協力が依頼され、0歳、3歳、5歳、7歳、9歳、11歳、13歳、15歳、18歳、21歳、26歳、32歳の時点で 調査が続けられてきました。32歳時調査で972人が引き続き調査に協力しており、類を見ない高い追跡率が示されています。 2010年現在は38歳調査が実施されています。

 ダニーディン市に当時生まれた子ども達がどのように発達するかについて様々な学際的な視点で調査が行われていますが、 精神保健の観点からも貴重な分析がなされています。 就学前から青年期前期にかけて、対象者の4人に1人が精神保健上の 問題を抱えており、それが複数の時点で持続的にみられました。また11歳までは精神保健上の問題を抱える子どもの割合は 女子より男子に多くみられたのに対し、15歳になると多くで男子より女子に多く不安やうつ、恐怖症、その他の精神保健上の問題が みられるようになり、18歳でも同様の傾向がみられました。また幼児期にみられた精神保健上の問題は、 年齢とともに落ち着いてくるようですが、13歳くらいまでは家族環境が悪さと問題の持続性との関連がみられました。 一方、16歳付近で発症した精神障害は、その後の青年期における精神障害の有病率や持続性に影響していましたが、 個人要因(性や対人関係能力、生活ストレス、読み書き能力)や家族環境要因(家族構成や環境の悪さ等)との関連はみられませんでした。

 また学童期の子ども達の問題に対しては、実際に教育機関や医療機関に何らかの援助を求めた家庭が半数近くに達したものの、 そこで提供されるサービスの質までは十分に検討されていませんし、精神保健の専門家に相談した割合はそれほど高くありませんでした。 青年期には、学校の先生やスクールカウンセラーに相談する割合が増え、医療関係者に相談する子どもはほとんどいませんでしたが、 半数近くは誰にも相談していませんでした。

 この調査から、ダニーディン市の子ども達の精神障害の発症率を下げるためには、幼児期や学童期には学校を中心にして、 子どもの社会的な能力を高めるような支援を提供すること、例えば両親の離別に対する効果的なサポートを提供する等が必要だと考えられました。 また青年期では専門医に適切に紹介できるように情報提供をしておくことで、 子どもに自分が困った時に助けを求めて良いと思うようになる可能性も示されました。 特に青年期の自分は強いから問題を克服できると考えたり、自分以外の誰にも助けられるものではないと考えたり、 恥ずかしくて援助を受けられないと考えたりすることが背景にあることが分かりました。 青年期の精神保健の問題は持続しやすいため、どのように援助者が支援を提供することができるかさらに検討していくことが課題とされています。

参考資料
■フィル・A・シルバ&ワレン・R・スタントン編著 酒井厚訳『ダニーディン子どもの健康と発達に関する長期追跡研究ーニュージーランドの1000人・20年にわたる調査のから』明石書店,2010年.
■ダニーディン研究ウェブサイト(英語)http://dunedinstudy.otago.ac.nz/

統合失調症の長期経過と転帰に関するWHO国際比較研究

 精神障害に関するコホート研究はそれぞれの診断ごとに多く行われています。 多くは、診断を受けた患者を一定の基準で登録し、数年おきに追跡調査をしていくものです。 ここではWHO主導で行われた統合失調症の長期経過と転帰に関する国際比較研究をご紹介します。

 統合失調症は古くからよく知られた精神障害の一つです。統合失調症になった場合にその後の経過はどのようなものになるのでしょうか。 WHOはいくつかの国際比較研究を実施し、その経過を検討しています。その研究は古くは1960年代にまでさかのぼりますが、一連の研究のうち 近年のものはInternational Study of Schizophrenia(ISoS)です。

 ISoSは1967年から取り組まれていた統合失調症の経過に関する研究の対象者に、再度調査への協力を依頼したものです。 統合失調症の診断を受けてから、最長で15年後の状態が調査され、それに影響を与える要因が検討されました。 その結果、15年後の回復率は全体で48.1%で、およそ半数の人たちが社会的の良好な最善の回復に至ることが明らかになりました。 さらに、先進国と開発途上国との比較では、先進国では15年後の状態が「良好」の人は4割程度で「不良」の人が3割であったのに対し、 開発途上国では「良好」の人が6割近くに達し「不良」の人は2割程度でした。 先進国と比べて開発途上国の方が精神症状も生活状況も就職状況も良いという結果になりました。

 このように統合失調症は15年もの経過の中で全体的には回復する病気ではあるものの、 その経過には文化や社会のあり方が大きく影響することが改めて明らかになりました。

日本での研究に向けて

 他にも様々なコホート研究が世界各地で取り組まれていますが、日本ではまだまだ長期的な視点に立った追跡調査がありません。 そのため、精神障害になってから回復までの見通しやそれに影響を与える要因については、ほとんどが外国の文献により推定されています。 精神障害の経過には文化や社会の影響が大きいことは分かっており、日本での調査研究が望まれています。



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