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Proc Natl Acad Sci USA 106(2): 647-652, 2009. Epub 2009 Jan 6.

Glucocorticoid receptor interaction with TrkB promotes BDNF-triggered PLC-γ signaling for glutamate release via a glutamate transporter.

 うつ病の発症に密接に関係するとされるストレスホルモン受容体と脳由来神経栄養因子の相互作用を明らかにした沼川忠広室長らの論文が、2009年1月13日に米国アカデミー紀要(Proc Natl Acad Sci USA)に掲載され、メディアに取り上げられました。



【論文の概要】

 当研究部の沼川忠広室長らは、ストレスホルモンであるグルココルチコイド(※1)濃度の慢性的な上昇が、中枢神経系において重要な役割を果たす脳由来神経栄養因子(BDNF ※2)の働きを抑制するメカニズムを、ラットの培養中枢神経細胞を用いた実験で明らかにした。

※1 グルココルチコイド(Glucocorticoids, 糖質コルチコイド)
 血糖値上昇作用、抗炎症・抗アレルギー作用をもつステロイドホルモン。ストレスを感知すると視床下部-下垂体-副腎皮質系を介して血中のグルココルチコイド濃度が上昇するが、この反応はストレス時において生体機能を向上させる重要な役割をもつ。しかし、慢性ストレスによって高レベルのグルココルチコイド産生が長期間続くと、中枢神経系が傷害を受け、これがうつ病の発症につながると考えられている。
※2 脳由来神経栄養因子(BDNF, brain-derived neurotrophic factor)
 神経細胞やグリア細胞から活動依存的に放出され、神経細胞の分裂、成熟、および生存維持などに非常に重要な役割を果たしている神経栄養因子のひとつ。脳に非常に豊富に存在しており、受容体を発現している神経細胞に対して様々な作用を及ぼす。最近では、神経伝達機能にも重要であり、記憶・学習など脳の高次機能にも必須であることがわかってきた。

 グルココルチコイドは本来、ストレスに対抗するための抗炎症作用や血糖値上昇作用などをもっており、グルココルチコイド受容体を介してその効果を発揮している。神経系においても、短時間のグルココルチコイド投与が神経細胞を保護することなどが実験で確かめられている。反対に、うつ病患者や持続的なストレスを受けた動物では、血中グルココルチコイド濃度が過剰になってしまい、中枢神経系に悪影響をもたらすとされている。慢性的なストレスは、視床下部-下垂体-副腎皮質系を介して副腎皮質からのグルココルチコイドの放出量を持続的に上昇させてしまう。これがうつ病の発症と関係していることは、当研究部によるヒトを対象とした臨床研究でわかっていた。
  一方、BDNFは脳に豊富に存在している分子であり、神経細胞に対して有益な役割を持っている。これはBDNFやその受容体を持っていない遺伝子操作マウスが短命であり、神経機能が著しく低いという研究報告からも明らかであった。BDNFの量が、うつ病の発症時では低下していることが報告されており、抗うつ薬の効果はBDNF量を高めることによる、という説も有力になっている。しかし、慢性的なグルココルチコイドの上昇が、BDNFの働きを阻害する可能性やそのメカニズムについてはよくわかっていなかった 。

 

 当研究部の沼川忠広室長らは、グルココルチコイド受容体とBDNF受容体の相互作用の可能性や、BDNFが持つ神経伝達物質の放出作用に注目した。実験の結果、グルココルチコイド受容体とBDNF受容体とが実際に相互作用することを発見した。さらに、神経細胞に高濃度のグルココルチコイドを慢性的に投与すると、神経細胞が持っているグルココルチコイド受容体の量が著しく低下し、BDNF受容体との相互作用もそれに応じて低下することを明らかにした。そして、その相互作用の低下が原因となって、BDNFが放出させる神経伝達物質の量が減少していた。

 

 

 本研究の成果により、慢性的にストレスホルモンに晒された場合に生じる神経機能低下の分子メカニズムの一端が説明できる可能性がある。今後この成果をもとに研究が発展すれば、うつ病治療のための創薬の新規標的分子の発見、新しい治療法の開発への寄与が期待される。