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統合失調症の障害克服を目指した脳科学

研究課題 「統合失調症の生物学的病態解明と予防・治療法の開発」

疾病研究第3部部長 功刀 浩


  統合失調症は、およそ100人に1人発症する「ありふれた病気」の一つです。現在、日本には 70万人の方々がこの病気に苦しみ、20万人もの方々が入院生活を送られています。この入院患者数は、あらゆる病気の中で最も多く、統合失調症の克服は、21世紀の人類が直面する最大の課題の一つであるといえます。

 統合失調症を発症した患者さんやそのご家族にとって大きな問題の一つは、就業が難しくなることです。学校で勉強して、まさに社会に出ようという思春期〜成人早期に発病し、その後は殆ど就職できずに人生を送られる方が大勢おられます。事実、統合失調症患者さんのうち、何らかのお仕事をしている方はおよそ15%、常勤で勤務されている方は僅か5%程度であるとされます。

 このように職業に就くことが困難になるのは何故でしょうか?病気に対するスティグマのせいでしょうか?それも一因かもしれません。しかし、近年の研究により、根本的な原因は「認知機能」や「運動機能」が障害されるからであることがわかってきました。例えば、図1に示すように、病気になる前の知的能力が平均程度であった方も、統合失調症を発病すると知的能力や記憶力の指数が10〜20下がることがわかってきました。

図1 - 統合失調症患者の認知機能障害(知的能力、記憶力)
 病前知能が概ね平均であった患者さんを対象とした調査では、発症後に知能や記憶力が10〜20ほど低下していました。(Hori et al: Psychiatry Res, 2008)

 

 また、注意・集中力に関係する脳の情報処理も障害されます。私たちは、電車の中で本を読んだり、周囲がうるさい喫茶店の中で会話ができたりしますが、これは不要な刺激を取り除いて、読書や会話に集中できるという能力をもっていることによります。ところが、統合失調症を発症すると、このような注意・集中力が低下します。統合失調症の患者さんは、刺激の多い場所(人ごみなど)を嫌がる方が多いですが、それは情報処理がうまくいかずに「刺激の洪水」になってしまうことが原因の一つと考えられます。このような情報処理に関与している「プレパルスインヒビション」という生理現象を測定すると、統合失調症患者さんは健常者やうつ病の患者さんと比較して情報処理がうまくいかないことがわかりました(図2)。この検査は、統合失調症の診断や早期発見に有用な検査として注目されています。
図2 - 統合失調症、うつ病、健常者における「プレパルスインヒビションテスト」
Kunugi et al: Neurosci Res, 2007 他

 

 統合失調症患者さんは動作のスピードが低下し、器用な動作も苦手である人が多いことも知られています。「線引きテスト」という簡単な運動テストを行うと、患者さんは器用さや運動スピードが低下しており、視覚と運動を協調させて働かせることも苦手であることがわかります(図3)。

図3 - 「線引きテスト」にみられる運動能力の障害
 
図形の縁にある線と線で囲まれた領域を鉛筆でなぞるのに要する時間は、健常者が平均16秒であったが、統合失調症患者さんでは平均27秒であった。鏡を見ながら同様に線を引いてもらうと、患者さんの50%以上が線の引き方がわからずにテストを放棄してしまった(図参照)。健常者でテストを放棄する人は殆どいなかった。(Midorikawa et al: Psychiatry Res 印刷中)

 

 以上のように、知的能力、記憶力、情報処理、運動など、統合失調症を発症することによって生じる障害は多岐にわたります。それはどのような脳の状態によるのでしょうか?MRIという装置で脳の画像を撮影しますと、いくつかの脳領域(記憶を司る側頭葉や判断力や短期記憶を司る前頭葉など)に軽度の萎縮がみられ、特殊な撮影法を行うと、神経のネットワークが減っていることがわかってきています(図4)。
図4 - MRI脳構造画像
 統合失調症患者では側頭葉や前頭葉に脳構造の萎縮がみらます(色つきの部分)。(Onishi et al: Brain, 2006)
 「拡散テンソル画像」という方法で撮影すると、脳の各領域をつなぐ神経線維束の障害がみられます。 (Mori et al: Psychiatry Res, 2007)

 

 このように多岐にわたる障害があるために、仕事を覚えたり、仕事に集中したりすることが困難になると考えられます。統合失調症の症状の中では、「幻聴」や「被害妄想」などの症状で悩まされることがよく知られていますが、このような症状は現在使われているお薬でも比較的よく改善します。ところが、現在ある薬は、認知機能や運動機能を改善させる効果は不十分であり、これらの機能を悪化させることもあります。

 そこで、脳の萎縮や神経ネットワークの障害を回復させ、認知機能や運動機能を改善させる治療法の開発が望まれます。われわれは、遺伝子研究などにより、「脳由来神経栄養因子」など、神経の発達や栄養に必要な脳内物質の異常が、統合失調症の発病にかかわっていることを突き止めています(図5)。このような物質の働きを調節するお薬の開発によって、統合失調症の発病の予防や、社会復帰を強力に促進する治療が可能になることを目指し、研究を続けています。

図5 - 統合失調症の発病スキーマ
 
統合失調症の発症は、遺伝的要因、人生早期(胎生期を含む)の環境要因、児童期以降の環境要因などが複雑に作用して段階的に発症すると考えられています。「脳由来神経栄養因子」などの神経の発達や栄養に必要な脳内物質の異常が重要な役割を果たしていると考えられます。