TOP部長の一言コラム > 視野の広さと創造性

2007.06.04
  データを見せに来る人の中で、「良くないデータが出てしまったんです・・・」と言いながら見せに来る人が結構います。 私はこういうとき敢えて、というよりも当然に涼しい顔をして「良かったじゃない」と言います。理由は簡単です。 「良くないデータ」というのはその人の頭の中に「こう出るはずだ」という思いこみがある訳で、その思いこみに反した結果が出たから「良くない」という表現になったわけです。
  よく言われるように、研究とは予想通りの結果ばかり出てしまったらこれほど退屈なものはないという世界だと思います。 予想外なことがあるから発展も有ると考えます。自分の思っていなかった結果が出たときこそ、陽性を期待したのに陰性の結果に終わってしまったときこそ、創造の大きなチャンスだと捉えることが必要でしょう。 災い転じて福となすにはその人の精神的なたくましさが要求されますが、研究面で言えば、予想と違った結果が出たとき「つぎに自分は何をするべきか」と今後の展開を考えることが大事なのです。 それにはどれだけ多くのことを知っているか、どれだけ多くの視点から考えられるか、言い換えればどれだけ論理的な展開力を持っているかが重要と思います。
  前回のコラムにも書きましたように、遊び心を持って周辺知識を蓄えなさいと言うのは自分のロジックの力を向上させるのに貢献するものでもあるのです。 ショーウインドウをお店の外から眺めただけでは単に飾りのないコップとしか見えなかったものが、お店の中に入ってみたら実は取っ手の付いたコーヒーカップであったということもあるのです。 周辺知識がないと画一的にいつも同じ角度からしか物は見えませんが、いろんな角度から見ることで新たな展開が生まれてきます。
  多角的に見る力は今後の展開を決めていく重要な要素でもあると思いますが、それはその人の考え方に柔軟性があって、一見離れたこと同士を結びつけてしまう興味力とそれを仮説として構築していく構成力(遊び心)がそなわっていることと同義でもあるのです。
  論理展開のたくましさはいろんな面で重要です。たとえば、論文を投稿した際に審査員から批判され落ち込む人がよくいますが、こういうときこそ相手のコメントに対して論理の戦いを挑むのです。 たくましく多角的に考え、時には審査員が見えなかったコップの取っ手を見せればよいのです。審査員のコメントは自分への批判と捉えずに、自分を伸ばすための絶好のチャンスと捉えるくらいの気持ちでいるのがよいと思います。

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