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2007.08.06
  前回までのコラムで、創造を生む上で私なりに重要だと思われる要素について書いてきました。要約すれば、教養を備えた総合的な力が望まれる、という文章になるかと思います。ですので、その総合的な力が引き出せるように、最近研究室のメンバーに意識的に「夢」を語ってもらうようにしています。 夢と言うよりも「風呂敷を広げる」という方がより近いかもしれませんが、こんなこと分かったらいいな〜、こんなことに研究が発展したらいいな〜ということです。
  一例ですが、自分が研究している遺伝子・蛋白質を主役にして、生体を念頭に、どのような(生物学的な)真理の探究が為されるのかについて例えば思うところを語ってもらうわけです。いわば夢物語を語るわけですが、視野が広くないと夢は語れませんし、逆に自分が行っている研究が如何に着実であっても何に貢献していくのかという方向性がうまく理解できていないと語れないと思います。
  大事なことは、最初はみんな研究の経験が少ないわけですからそれほど多くを語れないのは当たり前として、夢を語る訓練を行うことで知識が広がり視野も広くなり、総合的な力も付いてくるだろうということです。特にこのような訓練は難しいことではなく、これも一例ですが、グリア細胞特異的な発現を示す遺伝子があるとすると「何のためにこの遺伝子はグリア細胞にしか発現しないのか?」という素朴な疑問に思うところを考えてもらいます。
  方向性についての訓練は、やはり一例ですが、アウトプットとしてあなたの身近なところにある疑問を解くのにどのように役立つのか考えてもらいます。意外と自分が住んでいる回りには何となくそう思われているだけで実は根拠がはっきりしない疑問だらけのことも多いのです。
  このように、少し科学とは離れたところまで話を発展させながら、自分の研究はひょっとしたら思いがけずこういうところに役立つかもというところまで夢を引き出せたらしめたものです。まるで宝くじが当たったら何を買おうというような空想を張り巡らせるわけですが、やってみると楽しいですし、気がついたら夢を語れなかった自分が時期とともに成長していることに気づくのではないかと思います。
  また、このような訓練は論文を作成する力を身につけることにも役立つと思います。しっかりと方向性を見据えてより良い「美しい」論文を作り上げるのは楽しいですし、「夢」を語ってもらったら次は「どのような論文を作っていくの?」と尋ねるようにしています。夢を語らうことは論文を作成する第一歩でもあるのです。
  若い人たちに要求すると言うことは私たちの指導方針もしっかりしたものでなければならないと考えます。前回のコラムはそういうこともあり用意しました。私がまだ研究室を持って間もない頃、非常に尊敬している先生から研究室の運営の仕方についていろいろ貴重な示唆を頂きました。その中の一つに、「ボスは覚悟を示すこと」というのがありました。含蓄のある言葉ですので、いろいろなことが考えられるわけですが、まず自分が何事に対してもブレないことが大事、という意味も含まれていると思います。そうでないと若い人たちは付いてこないでしょう。
  最近その先生ではないですが別なところで漢語・禅語をいくつか教えていただくことがありました。松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)、青山元不動(せいざんもとよりふどう)などの言葉がなかでも気に入っています。
  研究室の運営にも通じる言葉と思うからです。(なおそれぞれの禅語にはいわゆる下の句に当たるようなものが対で良く併記されます。味わい深いですので興味のある人はそれぞれに続く言葉を探してみてください)。
  この先生に限らず、私の場合良き人に恵まれたと言うのが正直な感想です。ですので、人との出会い、人との交流の輪を大切にしなさいと以前のコラムにも書いた次第です。
  この点に関して、研究を志す人は意外と気づいていない事柄なのですが、研究者は例えば会社員の方と比べた場合、会社員の方が行使できないとっても貴重な切り札的カードを持っています。何かといいますと、普通会社員の方は直接の上司を選択できない場合がほとんどと思いますが、研究者の場合は、あそこの研究室で研究がしてみたいと思えば、タイミングさえ合致すれば希望の上司(指導者)を選択できるということです。
  私どもの研究室でもこのように希望に燃えて研究室に参加してもらう方が毎年のようにおられます。私自身がこれまで得てきた貴重な経験は私自身の生きる活力にもなっていますので、私どもの研究部に参加された方々には是非とも将来の人生の活力になる有意義な経験をしていただきたいと思っています。夢のある研究を行える華のある研究者に育っていって欲しいと思う次第です。また、そのように育てていかないと、とあらためて肝に銘じているところです。
  明歴歴露堂堂という言葉を最近教えていただきましたが、真理は常にそこにあり、歴然として明らかで堂々と顕在化している。もし見えないとしたら、見ようとしないだけか目が曇っているのだ、という意味だそうです。
  私どもの研究部に参加した人には、総合的な力で夢を見据えながら真理を見過ごすことなく時間がかかっても良いから真理を見つけだして欲しいと考えています。

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