NMNAT(Nicotinamide mononucleotide adenylyltransferase)のミトコンドリアにおける過剰発現による神経軸索変性遅延効果について

(Nicotinamide mononucleotide adenylyltransferase expression in mitochondrial matrix delays Wallerian degeneration.)

脳梗塞などの脳血管障害、あるいはアルツハイマー病やパーキンソン病のようないわゆる神経変性疾患を含め、多様な神経疾患において、神経細胞が死滅する前段階で神経軸索の変性(一旦形成された神経突起の破壊)が起こることが知られています。この軸索変性の過程が著しく遅くなる自然発症変異マウス(wldsマウス)が存在することが1980年代に報告されていました。遺伝的変異で軸索変性がこのように著しく遅れることから、軸索変性が単に神経細胞に「元気がなくなった」ことによる副次的変化ではなく、特定の遺伝子の転写翻訳によって制御された破壊メカニズムであることが明らかになり、この変異に見られるような軸索破壊メカニズムの阻止によって、神経疾患の進行抑制を実現できる可能性が考えられていました。

私たちは、wldsマウスにおける遺伝子変異が、ビタミンB3からNAD(Nicotinamide adenine dinucleotide)を合成する反応に関与する酵素(NMNAT)を過剰に産生することにつながることに着目し、NMNATを神経細胞内の異なる部位に発現させたモデルマウスを作成して、神経軸索の変性の起こり方の違いを検討しました。その結果、NMNATがミトコンドリアの内部(マトリックス)に存在する場合に軸索破壊メカニズムが著しく遅くなることがわかりました。

ミトコンドリアは細胞における主要なエネルギー産生器官であり(図1)、NADはミトコンドリアにおけるエネルギー産生酵素反応の補酵素として作用しています。今回の研究において、我々は、NMNAT活性を過剰発現するミトコンドリアにおいてはATP産生能力が向上していることを見出しました。この研究はミトコンドリアの機能と神経保護作用を初めて関連付け、またこれまで未開拓であった軸索保護による難治性神経疾患治療法開発に道を開くことが期待されます。今後更にミトコンドリアのどのような変化が神経保護作用をもたらすのかを分子レベルで明らかにしていく必要があります。

この研究は実用性が高い研究として下記でも紹介されました。
http://www.nature.com/scibx/journal/v2/n19/full/scibx.2009.802.html


図1 細胞のエネルギー産生を担うミトコンドリアの電子伝達系酵素複合体模式図
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NMNATはミトコンドリアのマトリックス(最も内側・図では最下部)に運ばれてミトコンドリアの機能に影響を与えていると考えられた。