National Center of Neurology and Psychiatry

研究室の目指すもの

現代社会が直面する大きな問題のひとつに、精神と行動の異常の急増があります。その原因を遺伝的要因だけに求めることは困難であり、脳を取り巻く情報環境の異常が、健全な神経活動に障害をもたらしている可能性を無視することはできません。実際に、環境情報を高度に制限することによって精神疾患と類似の症状を呈することが知られており、環境情報と脳の仕組みとの不整合が、人間の心身の健康に重大な影響を及ぼすことを示唆しています。私たちは、人間と情報環境との不整合によって生じているさまざまなストレス性病理に対して、人間の側に手を加える従来の治療法に加えて、情報環境の側を適正化することによって、病気の治療や予防に寄与する新しい統合医療の創出をめざしています。これを「情報医療」と名付け、基礎研究から臨床研究にいたる幅広い研究を行っています。

↑上に戻る

ハイパーソニックを応用した情報医療の開発

私たちは、国際科学振興財団の大橋力先生を中心とする共同研究プロジェクトとして、人間の遺伝子が進化的に形成された有力な候補地である熱帯雨林の自然環境音や、さまざまな文化圏の楽器演奏音の中には、人間の可聴域上限をこえ耳に聞こえない超高周波成分が豊富に含まれるのに対して、人工的な都市環境音の中にはほとんど含まれないことを見出しました。しかも、超高周波を豊富に含む音情報は、脳幹、視床、視床下部を含む深部脳とそこから帯状回や前頭前野に拡がる神経ネットワークを活性化して、さまざまな生理・心理・行動反応を導くことを明らかにし、この現象をハイパーソニック・エフェクトと名付けました。深部脳とそこから拡がる神経ネットワークの異常は、気分障害をはじめとするさまざまな精神・神経疾患の発症と密接な関係があることが知られています。そこで私たちは、現代都市の情報環境の中に失われた超高周波成分を電子的に補完することによって、気分障害など情報ストレスが原因となるさまざまな病気の治療や予防をおこなう新しい統合医療として「情報医療」の開発に取り組んでいます。

↑上に戻る

質感情報処理に関わる脳機能の解明

ハイパーソニック・エフェクトの心理反応のひとつとして、人間に聞こえない高い周波数をもった超高周波音が豊富に含まれることにより、音の質感が歴然と高まります。一方、人間の鼓膜を介した(気導)聴覚神経系は、その機械的特性により、20kHz以上の空気振動を伝えることができないことが広く知られています。私たちは、聴こえない超高周波成分を耳だけに呈示したときにはハイパーソニックは出現せず、体表面に呈示したときにはじめて効果が現れることを明らかにしました。こうした知見をふまえて、超高周波音がどのように身体で受容・伝達され、脳の報酬系と呼ばれる感性・情動神経系を活性化し、快さや美しさの高まりといった感性的な質感認知の向上を産み出すのか、その生体メカニズムを明らかにするとともに、感覚情報の物理的な信号構造と質感情報処理との関連を明らかにする研究に取り組んでいます。

↑上に戻る

新しい脳構造機能診断法と装置の開発

精神疾患に対する治療効果を客観的に評価するためには、本人の主観的な評価だけでなく、脳の活動を客観的に計測する必要があります。しかし、PETやMRIのような大型画像機器は、ストレスフルな計測環境が患者に強い拘束感を与え、検査自体が症状に悪影響を及ぼす可能性が濃厚です。また、近赤外線光トポグラフィは簡便な計測手法ですが、脳幹など脳深部の活動を捉えることができません。そこで、ストレスや拘束感を与えず簡便に計測できる脳波を利用して脳深部の活性を評価する手法と、それを応用した深部脳機能計測装置の開発にとりくんでいます。また、座ったままで計測が可能なPET-Hatを開発し、その実用化に取り組んでいます。巨大な装置に頭を固定するのではなく、頭の動きに合わせて装置が動くため、拘束感が少なく開放的なPET装置として期待を集めています。

↑上に戻る

脳の計算理論をもちいた神経・精神疾患の研究(計算論的精神医学)

脳が外界といかに相互作用し情報を処理しているのか、という情報処理機構としての神経システムの計算原理を探求する研究手法を計算論的アプローチといい、この研究手法を、神経システムの失調としての精神疾患の病態理解・診断・治療法の開発に応用しようとする試みを計算論的精神医学といいます。研究グループでは、脳の計算原理の仮説を具現化した神経回路モデルを用いて様々な機能的障害をシミュレートし、結果的に起こる神経活動の変化や神経回路に駆動されるロボットの行動変化と、実際の神経・精神疾患で観察される症状との対応を定性的・定量的に考察し、神経・精神疾患の病態メカニズムの理解を試みています。

↑上に戻る