研究内容

1、新規ガス性神経伝達物質としての硫化水素

 硫化水素は卵の腐敗臭を発する強力な毒ガスです。その毒性については300年前から良く研究されていますが、生理活性物質としては考えられていませんでした。硫化水素はNMDA受容体を活性化し、記憶のモデルとして知られているLTPの誘導を促進することを1996年に報告しましたが、硫化水素がグリア細胞にカルシウムウェーブを誘起する事を見出し、シナプス調節への関与の研究を続けています。また、今年度は、硫化水素が神経細胞内のグルタチオン濃度を上昇させてグルタミン酸毒性から神経細胞を保護することを見い出しました。
 硫化水素研究の展開について Scieuce 320,1155〜1157,2008

2、ホモシステイン代謝異常と精神・神経疾患

 システイン生合成経路の中間体として知られるホモシステインは、酸化ストレスによるDNA傷害や神経細胞死の引き金のみならず、神経管形成不全やアルツハイマー病、パーキンソン病といった神経疾患の主要なリスクファクターとなることが知られていますが、その作用機序は未だ明らかではありません。現在まで、ホモシステイン代謝の鍵酵素であるシスタチオニンβーシンターゼ(CBS)の脳内局在を詳細に解析した結果、CBSがラジアルグリア/アストロサイトならびに活性化アストロサイトに特異的に発現していることを明らかにしました。
 これらの結果は、CBSが脳神経系の分化・発達ならびに機能修復にとって重要な役割を演じていることを示唆すると共に、ラジアルグリア/アストロサイト系譜細胞がホモシステイン代謝異常と関わる精神・神経疾患治療の標的細胞となる可能性を示した点で極めて興味深いものです。


3、ミレニアムプロジェクト

 国立がんセンターとの共同研究により、アルツハイマー病DNAサンプル752検体と同数のコントロールサンプルを使って、ホールゲノム10万SNPについてスクリーニングを行い、アルツハイマー病関連SNPを同定しました。ジーンチップや定量PCRの新しい技術を駆使して脳での発現解析を行い、アルツハイマー病脳で特異的に発現が亢進している1遺伝子を同定しました。これらはアルツハイマー病の早期診断に応用することが可能です。また、てんかん薬の代謝に関わるSNPについて国立医薬品食品衛生研究所との共同研究を行い、7遺伝子に薬物動態異常にかかわる19SNPを同定しました。


4、RNAi研究

 新技術であるRNA interference(RNAi;RNA干渉)を用いて神経変性疾患を始めとする神経疾患の病態解明、そしてRNAiを用いた新しい治療法・予防法の開発を目指して研究を行っています。また、これらのRNAi応用のために哺乳動物RNAiに関する基礎的研究も行っています。
 現在までに、哺乳動物神経細胞におけるRNAiの特徴として、細胞分裂を停止した神経細胞の長期RNAi活性を見出しました。また、RNAi活性を高めるsmall interfering RNA duplex(siRNA 二重体;RNAiを誘導する小さな二本鎖RNA分子)の改良法を発見しました(特許出願中)。さらに、RNAiを用いた対立遺伝子特異的ノックダウン(アリル特異的RNAi)を簡便に評価するシステムを構築し(特許出願中)、次世代のRNAi応用として期待されるアリル特異的ノックダウンの実現に貢献しています。我々は、これらの技術を基盤にプリオン病、ポリグルタミン病、アルツハイマー病そして精神疾患を対象とした病態の解明、治療法の開発に取り組んでいます。
 RNAi研究と並行して、エピジェネティクなゲノム変化と神経疾患との関連研究も進めています。特にDNAメチレーションとの関連に注目し、遺伝子内のメチル化感受性制限酵素部位に対するメチル化レベルを相対的に調べるシステムを開発し(特許出願中)、DNAメチル化量と疾患との関連を調べています。