国立研究開発法人国立神経・精神医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部

エクソン・スキップ療法

遺伝子治療技術開発室

連絡先 :室長 青木吉嗣 tsugu56△ncnp.go.jp
(お手数ですがE-mailを送る時△を@に直して下さい。)

若手研究者へのメッセージ

我々の研究グループは、国産初のアンチセンス核酸医薬品の開発を目指して、難治性の筋ジストロフィーおよび神経変性疾患を対象にしたエクソン・スキップ治療などの、画期的な遺伝子治療法開発を行っています。アルバータ大、オックスフォード大、カロリンスカ研究所、メルボルン大などとの国際共同研究を軸に、世界レベルの研究を発信します。医学系のみならず、理学・生物学・薬学系や化学系の研究者を含め、幅広いバックグランドからの博士研究員の参加を求めます。意欲的な方であれば、連携大学院のシステム(東京医科歯科大学、早稲田大学、東京農工大学、山梨大学等)を活用して、博士号の取得を支援します。

研究の概要

動物モデルを対象にした、エクソン・スキップ治療法の開発デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、全世界の出生男児3500人のうち1人の割合で発症する重篤な遺伝性筋疾患です。現在、これまでステロイド剤以外の治療法がほとんど無かった同疾患を対象に、モルフォリノ・アンチセンス核酸を用いた“エクソン・スキップ治療”の開発が大変有望視されています。当研究室では、筋ジストロフィーの発症メカニズムの研究で明らかになった知見を基に、同疾患のマウスおよび犬モデルを用いて、画期的なエクソン・スキップ治療の開発を行ってきました(Annals of Neurology 2009, Molecular Therapy 2010, PLoS One 2010, PNAS 2012, Human Molecular Genetics 2013,Mol Ther Nucleic Acids. 2015, Nano Letters. 2015)。

並行して、筋ジストロフィーを対象に、新しいバイオマーカの探索(PLoS One. 2011、Nucleic Acids Res. 2013)や、病態解明を目指した筋のプロテオーム解析(Mol Cell Proteomics. 2013)等を行っています。

さらに、筋ジストロフィー研究で得られた知見を神経変性疾患に応用することを目指して、筋萎縮性側索硬化症等を対象に、細胞内輸送系やエクソソーム分泌異常の修復に着目した、新規遺伝子治療法の開発にも取り組んでいます(Neurodegener Dis Manag. 2015,J Nucleic Acids. 2013)。

関連するプレスリリース

上記の成果を受けて、DMD患者さんを対象にしたエクソン53スキップの早期探索的臨床試験が、世界に先駆け国立精神・神経医療研究センター病院で実施され、DMD患者さんにおいて本剤の治療効果を予測するジストロフィンタンパク質の発現を確認することに成功しました。この有望な結果を受けて、2016年にエクソン53スキップの第Ⅰ/Ⅱ相 臨床試験が日本新薬株式会社の企業治験として開始される予定です。このような取り組みの下、本薬の開発はさらに加速することが期待されます。

関連するプレスリリース

研究内容の追加説明

エクソン・スキップ治療

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)患者さんの多くは、ジストロフィン遺伝子のアミノ酸の読み枠がずれるアウト・オブ・フレーム変異により発症します。遺伝子の転写の過程では、RNA-タンパク質複合体であるスプライソゾームの働きで、ゲノムDNAから転写されたメッセンジャーRNA (mRNA)前駆体からイントロンが取り除かれて、成熟mRNAが合成されます。「エクソン・スキップ」は、 配列特異的に設計したモルフォリノや2’O-メチルなどのアンチセンス人工核酸を用いて、スプライソゾームがmRNA前駆体の特定領域を認識することを阻害して、スプライシングを調整し、特定のエクソンをスキップすることで、成熟mRNAをイン・フレーム化することを狙っています。この結果、正常よりもやや短いジストロフィンの発現を誘導することができ、筋機能の改善が期待されます。ジストロフィン遺伝子変異は、特にエクソン3-8領域および45-55領域の2ヵ所に欠失や挿入変異が集中するホット・スポット領域が存在します。エクソン・スキップ治療は、欠失変異や重複変異などを含め理論上はDMDの約80%を治療対象とします。

1. 筋ジストロフィー犬を用いたエクソン6/8スキップ

DMDのモデル動物である筋ジストロフィー犬を対象に、アンチセンス人工核酸を繰り返し経静脈投与して、エクソン6と8を同時にスキップさせる「マルチ・エクソン・スキップ」を行い、筋ジストロフィー犬の症状の改善に成功しました (Annals of Neurology. 2009)。この成果により、理論上はDMD患者さんの83%がエクソン・スキップの治療対象となりました。更に、筋ジストロフィー犬で見出したエクソン6と8を標的に設計したアンチセンス人工核酸は、エクソン7欠失を持つDMD患者さん由来の細胞でもエクソン6/8スキップを誘導できることを実証しました(PLoS One. 2010)。その過程で、筋分化制御因子であるMyoD遺伝子の導入により、線維芽細胞を筋芽細胞に分化誘導させる手法を確立しました。

2. エクソン51スキップのDMD患者さんへの臨床応用

ジストロフィン遺伝子のエクソン52欠損マウス(mdx52マウス)に対して、配列を最適化させたアンチセンス人工核酸を繰り返し経静脈投与して、エクソン51スキップを誘導しました。その結果、明らかな毒性なく、全身の骨格筋で短縮型ジストロフィンが発現回復し、筋機能が改善することを示しました。DMD患者さんに対する新しい治療法として、エクソン51スキップ治療を行うことの意義を初めて実証しました(Molecular Therapy. 2010)。この成果を受けて、DMD患者さんを対象にしたエクソン51スキップ治療の国際共同治験が、当センター病院でおこわなれました。

3.エクソン53スキップの早期探索的臨床試験

DMD患者を対象としたエクソン53スキップの早期探索臨床試験(first-in-human試験)を、NCNP病院で2013年から2015年3月まで実施しました。本治験を通じて重篤な有害事象の発生や投与注意例はありませんでした。また、いずれの群(低/中/高用量)においても、エクソン53がスキップしてアミノ酸読み取り枠のずれが修正されたジストロフィンのmRNAが検出され、高容量群の一部の被験者では、筋細胞膜にジストロフィン蛋白質の発現が確認されました。この結果を受け、2016年に第Ⅰ/Ⅱ相試験を実施するための準備が現在進められています。

4.エクソン45-55マルチ・エクソン・スキップ治療の開発

遺伝子変異はジストロフィン遺伝子の79個のエクソンのいずれにも起こるため、しばしば同時に複数個のエクソンをスキップする必要が生じます。そのため1つのエクソンを標的としたエクソン・スキップ治療では、対象となる患者数に限界があり、しかも患者さんごとの遺伝子変異に応じてアンチセンス人工核酸を合成することが必要でした。私たちはデュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデルマウスで、新しいアンチセンス人工核酸の組合せ(カクテル)により10個のエクソンを同時にスキップさせるエクソン45-55スキップを行い、症状を改善することに世界で初めて成功しました(PNAS. 2010)。これにより、ジストロフィン遺伝子の欠失変異が集中するホット・スポット領域(エクソン45-55)に遺伝子変異を持つ患者さん全てを治療できる可能性を示しました。

5.新世代ペプチド付加モルフォリノ核酸の開発

モルフォリノ核酸を用いたエクソン・スキップ治療の現在の課題の一つに、優れた核酸デリバリー法がないために、心筋の治療効果が乏しいことが挙げられます。私たちは、両親媒性 (amphiphilic) の新世代ペプチド付加モルフォリノ核酸がミセル化粒子を形成することにより、マクロファージ・クラスAスカベンジャー受容体を介して筋細胞に取り込まれることを解明しました(Nano Letters.2015)。本成果は、細胞膜透過性に優れた核酸医薬品を設計する際には、アンチセンス核酸の自発的なミセル化ナノ粒子形成能を考慮する(パーティクル・ラッピングモデル)ことが重要であることを示唆しています。本成果は、両親媒性アンチセンス核酸の設計法に画期的な変化をもたらすものであり、将来的に薬物デリバリー能を大幅に改善させた核酸医薬品の開発につながる可能性があります。

6.エクソン・スキップの今後

エクソン・スキップはDMD患者さんにとって大変有望な新しい治療法と考えられます。しかしながらこれまで述べたように、1. 治療対象となる患者さんが限られる、2. 骨格筋へのアンチセンス人工核酸の効果が長続きしない、3. 心筋にはアンチセンス人工核酸がほとんど取り込まれない等の、今後解決すべき課題がたくさんあります。私たちは引き続き、より多くのDMD患者さんを対象としたエクソン・スキップ治療が、有効かつ安全に行えるよう研究を行って参ります。

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