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プレスリリース詳細

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平成24年8月6日
国立精神・神経医療研究センター
TEL:042-341-2711(広報係)

デュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデルマウスで
10個のエクソンを同時にスキップさせるエクソン45-55スキップ治療に成功
-研究成果を米国科学アカデミー紀要に発表-

独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所(樋口輝彦理事長、高坂新一所長)遺伝子疾患治療研究部の青木吉嗣研究員と武田伸一部長、並びにカナダ アルバータ大学医学部の横田俊文博士らの研究グループは、最も頻度の高い重篤な遺伝性筋疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)に対する「エクソン45-55スキップ治療」により、筋ジストロフィーモデルマウスの症状を改善させる事に世界で初めて成功しました。「エクソン・スキップ治療」はDMDに対する新たな治療法として期待されていますが、1つのエクソンを標的とした方法では、対象となる患者数に限界がありました。研究グループはアンチセンス人工核酸の組合せ(カクテル)により、エクソン45-55領域に遺伝子変異を持つ患者さん全てを治療できる可能性を示しました。本研究は、国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費および厚生労働科学研究費補助金などの支援によって行なわれたもので、研究成果は8月6日の週に米国科学アカデミー紀要『The Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)』オンライン版に掲載される予定です。

<研究の背景>
 デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、全世界の出生男児3500人のうち1人の割合で発症する最も頻度の高い重篤な遺伝性筋疾患であり、ジストロフィン遺伝子の変異により、筋細胞の膜を保護するジストロフィン・タンパク質が失われることで発症します。「エクソン・スキップ治療」は、従来の遺伝子治療とは異なり、アンチセンス人工核酸と呼ばれる短い合成核酸を用いて、遺伝子の転写産物(メッセンジャーRNA前駆体)の変異部分あるいは隣接した領域を人為的に取り除き(スキップさせて)、アミノ酸読み取り枠のずれを修正する治療法です。これにより正常なジストロフィンに比べると、タンパク質構造の一部が短縮するものの、機能を保ったジストロフィンが発現し、筋機能の改善が期待できます。現在、エクソン51スキップの国際共同治験が進行中ですが、遺伝子変異はジストロフィン遺伝子の79個のエクソンのいずれにも起こるため、しばしば同時に複数個のエクソンをスキップする必要が生じます。そのため1つのエクソンを標的としたエクソン・スキップ治療では、対象となる患者数に限界があり、しかも患者さんごとの遺伝子変異に応じてアンチセンス人工核酸を合成することが必要でした(いわゆるテーラーメイド治療)。

<研究の内容>
 「エクソン45-55スキップ治療」は、ジストロフィン遺伝子の欠失変異が集中するホットスポット領域(エクソン45-55)全体をまとめてスキップさせる新しい治療法です。これまでにエクソン45-55全てを欠失したDMD患者さんの骨格筋症状は軽症であることが報告されていますが、このことはホットスポット領域の一部に変異を有するDMD患者さんにエクソン45−55スキップを誘導すると、症状の改善が期待できることを示唆しています。そのためアンチセンス人工核酸を配合したカクテル剤を用いて、エクソン45-55領域全体を同時にスキップさせることで、変異のあるメッセンジャーRNA前駆体を修復させ、ジストロフィンの合成を回復できると考えられます。研究グループは、筋細胞膜の透過性を高めたVivo-Morpholino(図1)と呼ばれる新しい世代のアンチセンス人工核酸のカクテル剤を用い、エクソン52を欠失したmdx52マウス(図2)に対して10個のエクソンを同時にスキップさせるマルチ・エクソンスキップ治療を試みました(図3)。その結果、エクソン45−55がスキップされたメッセンジャーRNAが認められ、アミノ酸読み取り枠のずれが修正されたことが確認できました(図4)。また本来ジストロフィンが欠失している骨格筋において短縮したジストロフィンが発現し、一部の骨格筋では治療前よりも筋力が回復し、臨床症状も改善することが示されました(図5)。将来、本治療を臨床応用できれば、欠失変異を持つDMD患者さんの63%以上を、1種類の治療レシピで治療する事が可能になります。
 本研究の筆頭著者である青木吉嗣博士は、「DMDに対するエクソン・スキップ治療は非常に有望です。本研究は、1種類のカクテル剤によりエクソン45-55領域に遺伝子変異を持つDMD患者さん全てを治療できる可能性を示しました。今後は、本手法の安全性を十分に検証しつつ、治療効果の向上を図ることが大切です。」と述べています。アルバータ大学医学部の横田俊文博士は、「エクソン45-55をターゲットとした治療は、これまでもオランダのグループなどが試みていたものの、十分な効率が得られませんでした。本研究では、Vivo-Morpholinoと呼ばれる新しい人工核酸を用いることで、モデルマウスの治療に初めて成功しました。ヒトへの応用に向けては、導入効率や毒性の問題をクリアしなければなりませんが、新たな治療法の可能性を切り開いた点で画期的です。」と述べています。本研究の責任著者である武田伸一博士は、「この研究のアイデアは、エクソン45−55を欠失した DMD患者さんが非常に軽症であったという我々の経験に基づいています。さらにこの領域が変異のホットスポットとして、多くのDMD患者さんに関係することも重要な点でした。臨床で得られた知見を重視し、患者さんの声に耳を傾けることが、新たな治療法の開発につながりました。」と述べています。

<今後の展開>
 エクソン45-55スキップ治療は、新世代のアンチセンス人工核酸であるVivo-Morpholinoを、カクテル剤として投与する新しい手法であるため、十分な安全性の検証とともに、骨格筋と心筋でジストロフィンが十分に発現する最適な投与量の決定が必要です。また、より高い筋機能の改善を達成するためには、より効果的なカクテル剤の配合も重要で、将来的にはカクテル剤を構成するアンチセンス人工核酸の種類を3-5種類程度まで大幅に減らしたうえで、エクソン45-55スキップ治療を成功させたいと研究グループは考えています。
 本研究は、国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費(22-5)、厚生労働科学研究費補助金(医療技術実用化総合研究事業:H21-トランス-一般-011、障害者対策総合研究事業:H23-神経・筋-一般-005)、米国デュシェンヌ克服基金、米国防総省(W81XWH-09-1-0599)、米国NIH (1P50AR060836、 5T32AR056993、U54HD071601、 R24HD050846、 K26OD011171)、フレンズ・オブ・ギャレット・カミング研究基金、カナダ筋ジストロフィー協会、およびHMトウピン神経内科学研究基金による研究資金により行われました。

原論文情報
Yoshitsugu Aoki, Toshifumi Yokota, Tetsuya Nagata, Akinori Nakamura, Jun Tanihata, Takashi Saito, Stephanie M. R. Duguez, Kanneboyina Nagaraju, Eric P. Hoffman, Terence Partridge, and Shin’ichi Takeda
"Bodywide skipping of exons 45–55 in dystrophic mdx52 mice by systemic antisense delivery"
PNAS 2012 ; published ahead of print August, 2012,
doi:10.1073/pnas. 1204638109

問い合わせ先:
武田伸一(たけだ しんいち)
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
遺伝子疾患治療研究部 部長
TEL: 042-346-1720
FAX: 042-346-1750
e-mail:

図1 Vivo-Morpholino

図1 Vivo-Morpholino

Vivo-Morpholinoは、代表的なアンチセンス人工核酸であるモルフォリノの3‘端に、8個のグアニジン構造(赤枠)を持つ新しい人工核酸です。モルフォリノに比べて細胞膜の透過性が高く、より効果的なエクソン・スキップを行うことが可能です。一方、骨格筋以外の組織に取り込まれて予期せぬ毒性が生じる可能性があり、治療用量の設定には、十分な安全性試験が必要です。

図2 mdx52マウス

図2 mdx52マウス

ジストロフィン遺伝子のエクソン52欠損マウス(mdx52マウス)は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデル動物です。臨床症状は、筋力低下と筋肥大を呈します。筋病理所見では、筋線維の壊死と再生像(筋ジストロフィー変化)を認めます。mdx52マウスは、エクソン・スキップ治療の効果や安全性の評価の際に非常に有用です。

図3 mdx52マウスを対象にしたエクソン45-55スキップ

図3 mdx52マウスを対象にしたエクソン45-55スキップ

mdx52マウスでは、ジストロフィン遺伝子のエクソン52が欠失するため、アミノ酸の読み枠のずれ(アウト・オブ・フレーム変異)により、ジストロフィンは発現しません。エクソン45-55のうち、エクソン52を除く10個のエクソンをVivo-Morpholinoによりスキップ(エクソン45−55スキップ)することで、mRNAの変異は修正(イン・フレーム化)され、正常より短縮したジストロフィンの発現が回復します。

図4 mdx52マウスを対象にしたVivo-Morpholinoカクテルの筋肉内局所投与

>図4 mdx52マウスを対象にしたVivo-Morpholinoカクテルの筋肉内局所投与

mdx52マウスの前脛骨筋にVivo-Morpholinoカクテルを局所投与し、同部位から採取したmRNAについてRT-PCRを行ないました。治療後のmdx52マウスでは、未治療マウスよりも1752塩基分短いサイズのバンドを認めました(赤丸点線)。同バンドを直接シーケンスし、エクソン45-55がスキップされていることを確認しました。

図5 mdx52マウスを対象にしたVivo-Morpholinoカクテルの反復全身投与

図5 mdx52マウスを対象にしたVivo-Morpholinoカクテルの反復全身投与

mdx52マウスを対象に、Vivo-Morpholinoを2週間ごとに計5回経静脈全身投与し、最終投与から2週間後に解析を行いました。ジストロフィンの免疫組織化学染色では、全身の骨格筋で短縮型ジストロフィンの発現が回復しているの確認しました。前肢握力は、治療後mdx52マウスでは未治療mdx52マウスと比べて有意に回復しました。

【用語の説明】

デュシェンヌ型筋ジストロフィー
ジストロフィン遺伝子の異常によりジストロフィンが欠損するX連鎖性の遺伝性疾患。筋ジストロフィ ーの中でも最も頻度が高く、2-5歳で発症する。筋萎縮、筋力低下は進行性であり、11-13 歳まで に自立歩行不能となって車椅子生活を余儀なくされ、30 歳以前に呼吸不全あるいは拡張型心筋 症による心不全で死亡する。現在、進行の経過を遅らせるステロイド剤以外に、有力な治療法は存 在しておらず、新たな治療法の開発が期待されている。
エクソンの欠失とアミノ酸の読み枠
ジストロフィン遺伝子のエクソン(最終的に機能する転写産物に残る塩基配列)の一部が欠失する タイプのデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、メッセンジャーRNA からアミノ酸への翻訳過程にお いて、正常なアミノ酸への読み枠のずれ(フレームシフト)が生じ停止コドンが出現する。そのため ジストロフィンは産生されない。一方、変異があってもアミノ酸の読み枠が保たれている場合は、不 完全ながらも小型のジストロフィンが産生される。
筋ジストロフィーマウス (m d x 5 2 マウス)
ジストロフィン遺伝子のエクソン52 を、遺伝子標的法を用いて人為的に欠失させたデュシェンヌ型 筋ジストロフィーのモデルマウスであり、エクソン52 の欠失により、エクソン53 に停止コドンが生じて ジストロフィンが欠失する。デュシェンヌ型筋ジストロフィーと類似した進行性の筋萎縮・筋力低下 や心筋障害を呈する。ジストロフィン遺伝子の欠失変異が集中するホットスポット領域(エクソン 45-55)に変異を持つため、エクソン・スキップ治療の開発に有用なモデルとして注目されている。
アンチセンス人工核酸
メッセンジャーRNA 前駆体の標的配列に相補的な約20〜30 塩基対の短い一本鎖の合成核酸の 配列であり、相補的な配列と結合することによりスプライシングを制御することができる。一般的に 生体内での抗分解性、メッセンジャーRNA 前駆体との親和性などを向上させるために修飾が施さ れている。V i v o -M or p h o l i n o は、高い水溶性とメッセンジャーRNA 前駆体結合力を有するモルフ ォリノに8 個のグアニジン側鎖を付加した構造を持ち、細胞膜透過性が非常に高い特徴がある。
エクソン・スキップ治療
メッセンジャーRNA 前駆体からイントロンを切り出すスプライシングは、エクソン/イントロンの境界部 の配列、あるいはエクソン内のスプライシング促進配列で制御される。これらの配列をアンチセンス 人工核酸でブロックすると、そのエクソンはスプライシングの過程でスキップされ、成熟メッセンジャ ーRNA には含まれない。エクソン・スキップによりアミノ酸の読み枠のずれが修正されると、スキップ したエクソンに相当する部分は欠如するが、正常に近い機能を有するジストロフィンが産生される。

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