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プレスリリース詳細

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平成24年11月30日
  (独)国立精神・神経医療研究センター
 TEL:042-341-2711(広報係)

nNOS/TRPV1を介したCa2+シグナルによって筋肥大が生ずるメカニズム並びに
TRPV1アゴニストであるカプサイシンにより筋肥大が促進され、
筋萎縮を軽減できることを発見した
-研究成果をNature Medicine誌に発表-

 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所(樋口輝彦理事長、高坂新一所長)遺伝子疾患治療研究部の伊藤尚基研究生、鈴木友子室長および武田伸一部長、Geneve大学のUrs Ruegg教授、並びに東京工業大学生命情報専攻の工藤明教授らの研究グループは、神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)および陽イオンチャネルTRPV1を介したCa2+シグナルによって骨格筋肥大が生ずることを明らかにし、骨格筋肥大における新規メカニズムを提示しました。またTRPV1チャネルのアゴニストであり、トウガラシの辛み成分であるカプサイシンを投与することにより、筋肥大を促進し、筋萎縮を軽減できることを発見しました。この研究は運動負荷を必要としない新たな筋萎縮の治療ターゲットと治療法を明らかにし、TRPV1を介したCa2+シグナルの制御により、筋萎縮で苦しんでいる患者さんを治療できる可能性を示しています。本研究は、JSPS科研費基盤研究(B)および特別研究員奨励費の助成を受けたもので、研究成果は12月2日(ロンドン時間)に『Nature Medicine』オンライン版に掲載される予定です。

<研究の背景>
筋萎縮はガン、腎不全、エイズ、敗血症および糖尿病を含む様々な疾患により生じます。また近年、高齢化社会を迎えた日本では、加齢、寝たきりや骨折に伴う筋活動の低下により生じる筋萎縮は、深刻な問題となっています。
 筋重量はタンパク質合成と分解のバランスによって制御されており、タンパク質合成が勝る時は筋肥大を、逆にタンパク質分解が勝る時は筋萎縮を生じます。タンパク質合成や分解を制御する細胞内のシグナル因子・シグナル経路が明らかになりつつあり、特に、筋肥大の進行にはmammalian target of rapamycin(mTOR)の活性化によるタンパク質合成系の活性化が重要です。
 リハビリや筋力トレーニングなどの筋肉への負荷によって筋肥大が促進されることは経験的によく知られていることですが、なぜ筋肉に対する負荷に応じて、細胞内の筋肥大を促進するシグナル(mTOR)が活性化されるのかは明らかになっていませんでした。筋肉に対する負荷と細胞内シグナル分子の活性化を結び付ける分子メカニズムを明らかにすることは、新たな筋萎縮の予防/治療法の開発に繋がります。

<研究の内容>
 研究グループは骨格筋の細胞膜に局在し、細胞内骨格と細胞外基底膜を繋ぐジストロフィン複合体が、筋肉への負荷と細胞内シグナル分子の活性化を結び付ける役割を担っていると考え、ジストロフィン複合体の構成成分である一酸化窒素合成酵素(neuronal nitric oxide synthase: nNOS)に注目しました(図1)。nNOSは筋収縮に応じて一酸化窒素(nitric oxide: NO)を産生する酵素です。研究グループが行った実験の結果、nNOSは骨格筋への負荷に応じて急速に(負荷をかけて数分以内に)活性化されることがわかりました。nNOSは活性酸素産生酵素であるNADPH oxidase 4(NOX4)との協働作用によりパーオキシナイトライトを産生し、負荷依存的なmTORの活性化を促進したことから、負荷依存的なnNOSの活性化が筋肥大において非常に重要であることがわかりました。
 活性化されたnNOSおよび産生されたパーオキシナイトライトがどのようにしてmTORを活性化し、筋肥大を促進するのか明らかにするため、研究グループは細胞内のCa2+シグナルに注目しました。その結果、NOおよびパーオキシナイトライトの産生により細胞内Ca2+濃度が上昇し、また細胞内Ca2+濃度を薬理学的に上昇させることでmTORが活性化することがわかりました。
 最後に、nNOSおよびパーオキシナイトライトによる細胞内Ca2+濃度の上昇に関わるイオンチャネルを探索した結果、研究グループはTRPチャネルファミリーに属するTRPV1を同定しました。TRPV1はトウガラシの辛み成分として知られるカプサイシンにより活性化され、細胞内Ca2+濃度を上昇させます。マウスにカプサイシンを投与した結果、負荷をかけなくとも、mTORが活性化し、筋重量の増加および筋力の増強を伴う筋肥大が促進されることが分かりました(図2)。また、筋萎縮誘導モデルである後肢懸垂および除神経により生じる筋萎縮が、カプサイシンの投与により軽減されることを発見しました(図3)。
 これらの結果から、nNOSにより誘起されるTRPV1を介したCa2+シグナルがmTORを活性化し、筋肥大を促進することが明らかになり、また薬理学的にTRPV1を活性化させることにより、筋萎縮を軽減できることが分かりました(図4)。

 本研究の筆頭著者である伊藤尚基研究生は、「負荷依存的なmTORの活性化、またその後の筋肥大が細胞内のCa2+濃度によって制御されていることには驚きました。Ca2+シグナルは、細胞が機能する上で非常に重要であり、かつ複雑なものです。今後はより詳細なCa2+シグナルとmTOR、筋肥大との関係を明らかにすることが大切ですし、その結果が、より効果的な筋肥大誘導薬の開発に繋がると考えています。」と述べています。また本研究の責任著者である武田伸一部長は、「筋ジストロフィーの原因として見出されたジストロフィン複合体の生命現象における役割を一つ明らかにできたと考えています。今回見い出されたシグナル経路が将来的に筋萎縮の治療法の開発につながるよう今後も努力したいと思います。」と述べています。

<今後の展開>
TRPV1は痛み受容体としても知られており、カプサイシンを直接人体に投薬することは簡単ではなく、今後は組織特異的にTRPV1を活性化させる方法の開発が必要だと考えられます。今回の研究結果はCa2+シグナルと筋肥大を結び付けたことが重要であり、より安全な筋肥大誘導薬、筋萎縮予防薬または軽減薬の開発には、筋肥大におけるより詳細なCa2+シグナルの研究が必須です。それにより、TRPV1以外のターゲットとなるCa2+チャネルを同定できる可能性があり、将来的には、ガンなどの慢性疾患に伴う筋萎縮(カケキシア)や加齢に伴う筋萎縮(サルコペニア)を含む様々な筋萎縮に応用可能な筋肥大誘導薬の開発を実現させたいと考えています。

 本研究は、JSPS科研費基盤研究(B)および特別研究員奨励費の助成を受けたものです。

原論文情報
Naoki Ito, Urs T. Ruegg, Akira Kudo, Yuko Miyagoe-Suzuki and Shin’ichi Takeda
"Activation of calcium signaling through Trpv1 by nNOS and peroxynitrite as a key trigger of skeletal muscle hypertrophy "
Nature Medicine 2012 ; Advance Online Publication December, 2012,
doi:10.1038/nm.3019

問い合わせ先:
武田伸一(たけだ しんいち)
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
遺伝子疾患治療研究部 部長
TEL: 042-346-1720
FAX: 042-346-1750
e-mail:

図1 神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)はジストロフィン複合体の構成成分である

ジストロフィン複合体は骨格筋細胞膜に局在し、筋の収縮によるダメージから細胞を守っています。nNOSは筋収縮等の刺激に対応してNOを産生し、血管拡張を含む様々な細胞現象を制御しています。また本研究では、NOと活性酸素の反応物であるパーオキシナイトライトが下流のシグナル経路を活性化します。

図2 カプサイシンによるTRPV1の活性化によりmTORが活性化し、筋重量・筋力が増加する

  • (a) マウスの筋肉にカプサイシンを局所投与し、同部位から採取したタンパク質についてウェスタンブロットを行いました。その結果、カプサイシン投与群ではmTORのターゲット分子であるp70S6Kのリン酸化が上昇していました。またその効果は筋の負荷や、運動によるmTORの活性化と同等もしくはそれ以上でした。
  • (b) マウスの筋肉にカプサイシンを局所投与し、一週間後の筋重量を計測しました。その結果、投与群は約15%程度、筋重量が増加しました。
  • (c) マウスの筋肉にカプサイシンを局所投与し、一週間後の筋張力(筋力)を計測しました。その結果、投与群は筋張力が増加していました。

図3 カプサイシンの投与により筋萎縮が軽減される

後肢懸垂(脱負荷)および除神経による筋萎縮誘導モデルを用いて、筋萎縮に対するカプサイシンの効果を検討しました。マウスの筋肉にカプサイシンを局所投与し、筋萎縮誘導二週間後の筋重量を計測しました。その結果、非投与群に比べ、カプサイシン投与群では筋重量の減少が抑制されました。

図4 本研究の概念図

nNOSは骨格筋への負荷により活性化され、NOを産生します。その後、活性酸素産生酵素であるNOX4との協働作用によりパーオキシナイトライトを産生し、TRPV1を活性化することで細胞内のCa2+濃度を上昇させます。この細胞内Ca2+濃度が上昇することがmTORの活性化を誘起し、筋肥大を促進します。またTRPV1アゴニストであるカプサイシンによりTRPV1を活性化することによって、筋肥大が促進され、筋萎縮が軽減されることが明らかになりました。

【用語の説明 】

mammalian target of rapamycin (mTOR)
mTORは成長因子、グルコースやアミノ酸によって活性化される細胞内シグナル因子です。運動などの骨格筋への負荷や刺激によって活性化され、下流分子であるp70S6Kのリン酸化を介してタンパク質の合成を促進し、筋肥大を促進します。これまで、筋肉への負荷によるmTOR活性化のメカニズムはよく分かっていませんでした。
神経型一酸化窒素合成酵素/一酸化窒素/パーオキシナイトライト
神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)は骨格筋への負荷に応じ、一酸化窒素(NO)を産生します。NOは骨格筋の幹細胞である筋衛星細胞の活性化や血管拡張等、幅広い生命現象を制御しています。またNOは活性酸素と反応することによりパーオキシナイトライトとなります。NOやパーオキシナイトライトを含む活性酸素種、活性窒素種によって細胞内Ca2+濃度が制御されることが数多く報告されています。
NADPH oxidase 4(NOX4)
活性酸素は細胞内の様々な分子により産生されます。NADPH oxidase (NOX)は活性酸素を産生する酵素の一つです。本研究ではnNOSにより産生されたNO、およびNOX4により産生された活性酸素が反応することにより、パーオキシナイトライトを介して下流のシグナル経路が活性化しました。
TRPV1チャネル
陽イオンチャネルであるTRPチャネルファミリーに属する分子の一つです。熱やpHの変動、またトウガラシの辛み成分であるカプサイシンによって活性化されます。TRPV1は痛み受容体としても知られており、主に神経細胞におけるTRPV1の研究が盛んに行われています。骨格筋では細胞内のCa2+の貯蔵庫である筋小胞体に局在することが報告されています。

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