ホーム報道関係者の方プレスリリース > プレスリリース詳細

プレスリリース詳細

印刷用PDF(520KB)

2013年1月23日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
総務課広報係 TEL:042-341-2711

毒ガスとして有名な「硫化水素」の人体内での新たな生合成経路を発見
~臓器保護因子として腎疾患治療への応用が期待される~

 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市 総長:樋口輝彦)神経研究所(所長:髙坂新一)の神経薬理研究部部長 木村英雄と同部薬物動態研究室長 渋谷典広らのグループは、脳と腎臓内で硫化水素(H2S)が効率よく生成される新しい経路を発見し、英国の科学誌に発表しました。

 硫化水素(H2S)は卵の腐敗臭を持つ有毒ガスとして知られていますが、近年、微量なH2Sが体内で生成され、神経保護因子としての機能や心筋、腎臓などさまざまな組織保護機能を持つことが明らかになっています。さらに、H2Sには神経伝達調節機能があり、脳臓器間ネットワークを介した臓器恒常性維持にも関与していると考えられます。
 これまで、H2Sが体内で生合成される経路は3種類発見されていましたが、これらはすべてL‐システインから生成されるものでした。これに対し、今回の発見はL‐システインより毒性が少ないD‐システインからの生合成経路であり、脳と腎臓においてはL‐システインより効率よく合成されることが明らかになりました。特に腎臓内ではL-システインの80倍にも達します。
 マウスによる実験によれば、D‐システインの経口投与により、腎臓の虚血再灌流障害を顕著に軽減することも証明され、今後、日本国民の死因の第8位3)を占める腎不全(腎機能異常)の重症化を防止し、慢性腎不全による人工透析導入への進行を遅らせる治療薬や移植腎の保護薬への応用が期待されます。

 この研究結果は、2013年1月22日に英国科学誌Natureが発行する『Nature Communications』のオンラインジャーナルで公開されます。

【研究の背景】

 木村英雄(神経研究所神経薬理研究部部長)らは、毒ガスとしての印象が強い硫化水素(H2S)が、脳では神経伝達調節因子として機能していることを1996年に世界で初めて報告し、翌1997年にはH2Sが血管弛緩を誘導することを明らかにしました。さらに、2004年には、H2Sが神経細胞を酸化ストレスから保護する機能を発見し、発表しました。この発見は心筋や腎臓を虚血再灌流障害から保護する働きの発見へとつながっています。H2Sによる細胞保護機能は哺乳類にとどまりません。細菌が示す抗生物質抵抗性もH2Sによって調節されていることが明らかとなり、今日では生物種を超えたユニバーサルな防御機構であると認識されるに至っています。H2Sのこうした特性を応用した新たな抗生物質開発も期待されます。
 このような効果が明らかになっているH2Sの合成経路について、木村らは2009年までに3つの生産経路を報告していましたが、これら3経路はすべてL‐システインを基質として合成するものでした。今回発見した第4の経路はD‐システインを基質として合成することが特徴的であり、L‐システインを基質とする経路に比べ80倍効率よく生合成することが分かりました。

【研究の内容】

 生体内において、H2Sはシステインから生産されます。通常、生体内のアミノ酸はセリンやアスパラギン酸などの一部を除き、L型異性体のみが存在しています。これまでは、L‐システインを基質とするH2S生産酵素が探索されてきましたが、今回発見されたH2S生産経路は、D‐システインを基質とする経路として初めてのものです。
 第4のH2S産生経路では、D‐アミノ酸酸化酵素(DAO)によりD‐システインから3-メルカプトピルビン酸(MP)が合成され、これが3-メルカプトピルビン酸硫黄転移酵素(3MST)によって代謝されてH2Sが産生されます。L‐システインを基質とする産生経路は多くの組織に存在しますが、DAOと3MSTは小脳と腎臓のみに局在するため、D‐システインを基質とするH2Sは小脳と腎臓で多く合成されます。
 特に腎臓におけるD‐システインからのH2S産生は、L‐システイン経路の80倍にも達し、D‐システイン経路の特異な生産能力が明らかとなりました。
 一般にL‐システインは興奮毒性を示すため、大量に投与することは危険ですが、D‐システインは毒性が低いため、より安全なH2Sの供給源として投与が可能です。マウスへのD‐システインの経口投与により、腎臓の虚血再還流障害を顕著に軽減することも証明されました。

RNautophagyの仕組み(モデル図)

【今後期待される展開】

 H2Sは細胞保護因子・神経伝達調節因子として脳腎臓間をはじめとした脳臓器間ネットワークにより、臓器恒常性維持に関わっていると考えられます。今回明らかになったD‐システインから生合成されたH2Sは、現在国家的課題となっている腎疾患対策に光をあてるものです。腎疾患患者数は年々増加しており、腎不全による死亡は日本国民の死因の第8位1)を占めています。これら慢性腎不全の原因の43%が糖尿病性腎症によるものです。腎機能障害は生命を脅かす危険性があるため、重症化した場合には透析療法を導入することが少なくありません。しかし、一度導入すると長期間の透析を強いられ、透析患者のQOLを向上することが大きな課題となってきました。
 このような腎不全の原因となる腎臓虚血再還流障害には、フリーラジカルや活性酸素による生体膜脂質の過酸化障害が関与すると考えられています。
 これまでの研究で、H2Sには酸化ストレスで低下した細胞内のグルタチオン(GSH)の生産を上昇させ抗酸化作用を回復させることを明らかにしてきました。また、H2Sのインスリン分泌調整機能、膵島ベータ細胞の保護作用も報告されています。L‐システインよりも効果的にH2Sを生成し、副作用の少ないD‐システインあるいはその誘導体が、慢性および急性腎障害、糖尿病性腎症の予防や重篤化を防止する治療薬、移植腎の保護薬として適用されることが期待されます。

  • ※ 本研究は、独立行政法人国立精神・神経医療研究センター研究補助金、日本学術振興会科学研究費補助金、JSPS科研費23659089(挑戦的萌芽研究、木村英雄)、日本学術振興会科学研究費補助金、JSPS科研費23700434(若手研究(B)渋谷典広)、平成23年度厚生労働省科学研究費補助金(H23-認知症-若手-006渋谷典広)、日本学術振興会科学研究費補助金、JSPS科研費22590258(基盤研究(C)木村由佳)の助成を受けて行われました。

【用語の説明】

■虚血再灌流障害
虚血状態にある臓器や組織に血液再灌流が起きた際に、その臓器や組織内の微小循環において種々の毒性物質の産生が引きおこされる障害をいう。虚血の時間と程度、臓器の種類などにより障害の程度は異なる。再灌流によって、血管内皮細胞が傷害されたり、微小循環 障害をきたし、その結果、臓器が障害されると考えられている。

局所だけでなく二次的に全身の主要臓器にも障害をきたす(遠隔臓器障害)。とくに脳・肺・肝臓・腎臓などが標的臓器となり、多臓器不全をきたす。心筋梗塞、脳梗塞、腸間膜血管閉塞症などに対する再灌流療法後や臓器移植後に みられることが多い。
■H2Sによる疾患治療の可能性
パーキンソン病治療薬としてのL-ドーパのH2S徐放誘導体が開発され、親化合物にはない効果があり、医療応用への期待もかかっている。モノアミンオキシダーゼ阻害により、神経シナプスにおける神経伝達物質ドーパミン量を増大して神経細胞を保護するグルタチオン合成を促進し、神経障害性の炎症性サイトカイン放出を抑制する。

心臓、肝臓、腎臓、肺における虚血性再還流障害が減弱し、血管新生作用もあることとから、心筋梗塞、腎障害や臓器移植への応用が期待されている。

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は副作用として消化管潰瘍を起こすが、H2Sはこれを阻止することがわかっており、H2Sを徐放するNSAID誘導体が開発されている。
RNautophagyの仕組み(モデル図)
また、インスリン分泌調節作用と膵島ベータ細胞保護作用があり、糖尿病治療を目指した研究が進んでいるほか、H2Sの抗がん作用も報告されている。H2Sは正常細胞にはほとんど影響を与えず、前立腺がん、胃がん、乳がん、結腸がん、肺腺がん、大腸がん、グリア芽腫のそれぞれの細胞株の、細胞死、細胞周期停止を誘導し、細胞毒性を示すことが確認されている。

原論文情報

論文名:
A novel pathway for the production of hydrogen sulfide from D-cysteine in mammalian cells
著 者:
Norihiro Shibuya, Shin Koike, Makiko Tanaka, Mari Ishigami-Yuasa, Yuka Kimura, Yuki Ogasawara, Kiyoshi Fukui, Noriyuki Nagahama & Hideo Kimura
掲載誌:
Nature Communications(Nature Publishing Group)オンラインジャーナル/2013.1.22

【研究に関するお問い合わせ】

独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所、神経薬理研究部
木村英雄(きむら ひでお)
TEL:042-346-1725
e-mail:

[ TOPへ戻る ]

当センター敷地内は禁煙です