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プレスリリース詳細

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2013年2月14日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター

国立精神・神経医療研究センター・三島和夫部長らの研究グループが、
睡眠不足で不安・抑うつが強まる神経基盤を解明

■ 本成果のポイント

  • ウィークデイに相当するわずか5日間の睡眠不足により、ネガティブな情動刺激(他人の恐怖表情)に対する左扁桃体*1の活動が亢進することが分かりました。一方、ポジティブな情動刺激(幸せ表情)に対する扁桃体の活動性は変化しませんでした。
  • ネガティブな刺激に対する扁桃体の過剰反応は、左扁桃体-腹側前帯状皮質*2間の機能的結合が減弱していることに由来していました。
  • 睡眠不足が強いほど左扁桃体-腹側前帯状皮質間の機能的結合はより減弱し、機能的結合が弱くなるほど不安・抑うつ傾向がより強まることが分かりました。

*1:扁桃体は情動と記憶を司る神経核です。*2:前帯状皮質は扁桃体の活動を抑える役割をします。

 国立精神・神経医療研究センター・三島和夫部長、元村祐貴研究員らの研究グループが、睡眠不足時に不安や抑うつが生じやすくなる神経基盤を明らかにしました。睡眠不足は眠気を強め、精神運動機能(作業能力)を低下させることは広く知られています。一方、睡眠不足が不安感や混乱、抑うつなど情動的不安定を引き起こすことも明らかになりつつありますが、その神経メカニズムについては不明でした。
 本研究では、14名の健康成人男性に5日間の充足睡眠セッション (平均睡眠時間:8時間5分)および5日間の睡眠不足セッション(同4時間36分)の両方に参加してもらい、睡眠不足が睡眠構造、不安や抑うつの強さ、さまざまな感情を表す表情写真を見た際の脳活動(機能的MRIで測定)に及ぼす影響とそのメカニズムを検討しました。
 睡眠不足時には恐怖表情を見た時の左扁桃体の活動が有意に増大しました。一方、幸せ表情ではそのような変化は生じませんでした。睡眠不足度の指標である徐波睡眠比率(全睡眠中に占める深睡眠の比率)および徐波(δ波)パワーが高まるのに比例して左扁桃体-腹側前帯状皮質間の機能的結合が有意に減弱していました。また、機能的結合が減弱するほど左扁桃体の活動が亢進し、不安と混乱が有意に強まり、また抑うつが強まる傾向がみられました。
 本研究の結果、日常生活で経験し得る程度の睡眠不足により、扁桃体の過活動を腹側前帯状皮質が抑止するフィードバック機能が低下することが明らかになりました。そのため睡眠不足時に不快な情動刺激(感情ストレス)を受けると熟眠時よりも扁桃体の活動が亢進し、不安や抑うつが高じやすくなるものと推定されました。このような情動制御系の機能変化は睡眠不足時に情動不安定が生じやすくなる神経基盤の一部を構成していると考えられます。
 本研究の成果は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム、および国立精神・神経医療研究センター精神・神経研究開発費事業の一環として行われ、2013 年2月14日に科学雑誌「PLOS ONE」のオンライン速報版に掲載されます。

■研究の背景

 現代人の多くは、24時間型社会、夜型のライフスタイルの増加、長時間労働の常態化などにより、慢性的な睡眠不足に陥っています。総務省の社会生活基本調査やNHKの国民生活時間調査でも、1960年では8時間超であった日本人の平均睡眠時間が、近年では7時間半程度と1時間近く短縮しています。特に日本の有職女性の睡眠時間の短さは国際的にも群を抜いています。
 人間の必要睡眠時間がこのような短期間で変化するはずもなく、睡眠不足のため現代人の約10%が慢性的な眠気を自覚しています。通勤電車内で眠り込んでいるサラリーマンの姿はもはや見慣れた現代の一風景です。これまで、睡眠不足が精神運動機能の低下を引き起こし、事故やヒューマンエラーの原因となることが多くの研究で示されてきました。

 さらに近年の研究から、睡眠が不十分だと不安障害や気分障害(うつ病)のリスクが高まるのではないかと指摘されています。これまでは主に、不眠症とうつ病の関係や、一晩の全断眠(徹夜)後の気分に関する研究が行われてきました。例えば、徹夜後には通常睡眠後と比較して、刺激を受けた際に瞳孔散大や血圧・心拍数の上昇などの交感神経緊張が強くみられ、弱い心理的ストレスに対しても気分の悪化を起こしやすく、不安や混乱などの情動不安定が強まることが報告されています。一方で、一般生活では、一晩の徹夜よりも日々蓄積した睡眠不足によって心身の不調が生じることが多いのが実情です。しかし、睡眠不足時の情動反応を検討した研究はごく限られており、その神経基盤は不明でした。
 そこで本研究では、実生活で体験し得るレベルの睡眠不足(5日間の短時間睡眠)の状態をシミュレーションし、睡眠不足が睡眠構造、不安や抑うつの強さ、さまざまな感情を呈する表情写真を見た際の脳活動(機能的MRIで測定)に及ぼす影響とそのメカニズムを検討しました。

■研究の内容

 健康な成人男性14名(平均年齢24.1±3.3歳)が、充足睡眠セッションおよび睡眠不足セッション(各5日間)に参加しました。充足睡眠セッションでは床上時間を8時間(11P.M.-2A.M.就寝、7A.M.-10A.M.起床)に設定し、睡眠不足セッションでは床上時間を4時間(3A.M.-6A.M.就寝、7A.M.-10A.M.起床)に制限しました。セッションの順番は被験者ごとにランダムに割り付け、相互に2週間のインターバルを設けました。その結果、充足睡眠セッションでの睡眠時間は平均8時間5分±21分、睡眠不足セッションでの睡眠時間は平均4時間36分±32分でした(離床できず寝過ごした被験者がおり、平均で4時間を超えています)。したがって、被験者は一日あたり3時間29分±32分、計5日間の睡眠不足に陥った計算になります。

 各セッションの第4夜および第5夜に睡眠ポリグラフ試験を行い、睡眠の特徴を調べました。その結果、睡眠不足セッションにおける総睡眠時間、浅い睡眠時間(Stage1、Stage2)、レム睡眠時間は、充足睡眠時に比較して有意に短縮していましたが、深い睡眠(Stage3、4)は保たれていました。また、徐波パワー(深い睡眠をもたらす周波数の遅い脳波)も増大していました。
 各セッションの第5日目に、感情を伴う表情画像を見た時の脳活動の変化を機能的MRIで測定しました。その結果、充足睡眠時に比較して睡眠不足時には恐怖表情を見た際の左扁桃体の活動量が有意に増大していました。扁桃体は情動と記憶の制御を司る重要な神経核です。右扁桃体の活動も増大する傾向がありましたが、左右差の意義については現時点では不明です。一方で、寝不足時でも幸福表情に対する扁桃体の反応増強は見られませんでした。すなわち、残念なことに、睡眠不足時にはネガティブな情動刺激に対してだけ反応しやすくなることを意味しています。
 睡眠不足時にネガティブな情動刺激に対して扁桃体が過剰反応するメカニズムも明らかになりました。通常、腹側前帯状皮質を含む内側前頭前野は扁桃体と機能的、解剖学的に強く接続しており、扁桃体の過剰な活動を抑止することで情動制御に寄与していることが分かっています。以前の研究では、社会不安障害、うつ病、統合失調症の患者では、扁桃体と腹側前帯状皮質や内側前頭前野との機能的結合が減弱していることが報告されています。今回の研究から、平日に相当するわずか5日間の睡眠不足によって、健康成人でも扁桃体と腹側前帯状皮質間の機能的接続性が減弱してしまうことが明らかになりました。
 実際、fMRI検査を受ける直前に行った心理検査によって、睡眠不足の度合いが強いほど(深い睡眠が多い、徐波パワーが大きいほど)機能的結合が減弱し、機能的結合が減弱するほど左扁桃体の活動が亢進し、左扁桃体の活動が亢進するほど不安と混乱が高じ、抑うつが強まる傾向が確認されました。

■今後の展開

 本研究の知見は短期間の睡眠不足でも、情動的な不安定や抑うつのリスクが増大することを示唆しています。現代人にみられる抑うつ傾向や“キレやすさ”の一部は睡眠不足が関与しているのかも知れません。また、より長期間にわたり睡眠不足を続けることでうつ病や不安障害の発症につながる危険性すら危惧されます。
 「寝る間を惜しんで」「不眠不休で」「4当5落」・・・、睡眠を犠牲にして勤勉であることが日本人の美徳であると考えられてきました。このようなライフスタイルが真に効率的で持続可能なのか考え直すべき時期にきていると思います。私どもは、睡眠不足や不規則な睡眠習慣が心身に及ぼす影響について研究を進めています。必要とする睡眠時間には大きな個人差があります。個々の必要睡眠時間、睡眠不足度を知るための診断技術、睡眠不足からの回復スキルの開発にも取り組んでいます。

■論文名

 原著名:Sleep debt elicits negative emotional reaction through diminished amygdala-anterior cingulate functional connectivity

和訳:睡眠負債は扁桃体-前帯状皮質間の機能的結合の減弱を介して,ネガティブな情動反応を惹起する

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氏名:三島和夫
機関・所属名:独)国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所・精神生理研究部
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<本リリースの発信元>
機関名:独)国立精神・神経医療研究センター
担当者:上野広報係長
住所:〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
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<文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラムに関するお問い合わせ>
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担当:大塩
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