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プレスリリース詳細


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2014年3月6日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
(NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)

多様な神経細胞を生み分ける
神経幹細胞の新たなメカニズムが明らかに

 

独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 総長:樋口輝彦)神経研究所(所長:髙坂新一)病態生化学研究部部長 星野幹雄らのグループは、神経幹細胞の「時間形質」を制御することによって、多様な神経細胞を生み分ける新たな仕組みを、小脳の研究によって明らかにしました。

神経細胞は神経幹細胞から生み出されます。小脳においては、菱脳唇と呼ばれる場所の神経幹細胞からは興奮性神経細胞というグループの神経細胞が生み出され、また脳室帯と呼ばれる場所の神経幹細胞からは抑制性神経細胞というグループの神経細胞が生み出されることが知られていました。しかしながら、抑制性神経細胞グループには、プルキンエ細胞やインターニューロンという異なる種類の神経細胞が属するのですが、それらがいかなるしくみで生み分けられるのかはこれまで知られていませんでした。

本研究では、脳室帯の神経幹細胞が、最初はプルキンエ細胞を生み出す性質を持っているのに、時間的経過の中で細胞分裂を繰り返すうちに、インターニューロンを生み出す性質を持つものに変化することがわかりました。このように、神経幹細胞がその時間経過において変化させる性質のことを、「時間形質」と名付けました。

また、神経幹細胞の「プルキンエ細胞産生型」から「インターニューロン産生型」への時間形質の変化のスピードコントロールに「Gsx1」と「Olig2」という二つの遺伝子が関与していることも明らかになりました(図1)。

今回の研究は、多彩な神経細胞を生み出す神経幹細胞が時間によって異なる「時間形質」を持つことを明らかにし、さらにその制御の仕組みを解明した極めて有意義な研究となります。神経幹細胞の時間形質の制御の仕組みが分かれば、多様な神経細胞を産み分ける仕組みも理解できることとなり、小脳運動失調や、小脳機能異常が原因となる一部の運動失調や自閉症および認知障害などの、小脳疾患の病態解明や治療法の開発につながる社会的意義の高い研究成果です。

この研究結果は、2014年2月18日に英科学雑誌『Nature Communications』のオンライン版に発表されました。

図1.小脳における抑制性神経細胞を生み出すタイプの神経幹細胞は、最初は「プルキンエ細胞産生型」となりプルキンエ細胞を産生するが、時間的経過の中で細胞分裂を繰り返すうちに「インターニューロン産生型」に変化し、インターニューロンを生み出すようになる。

また、「プルキンエ細胞産生型」から「インターニューロン産生型」への時間形質の変化のスピードは「Gsx1転写因子」によって加速され、「Olig2転写因子」によって 減速される。

 

■研究の背景

人間の脳には、数千種類もの性質の異なる神経細胞が存在していると言われており、ほとんどの神経細胞が神経幹細胞から生み出されます。我々は神経幹細胞が特定の神経細胞を生み出す性質を「形質」と呼んでいます。神経幹細胞の位置する場所が違うと生み出す神経細胞の種類も異なるため、神経幹細胞は場所によって異なる「形質」を持っていると考えられます。この、場所によって異なる形質のことを、我々は「空間形質」と呼んでいます。

しかしながら、同じ場所の神経幹細胞からも異なる種類の神経細胞が生み出されることが知られています。このことは、神経幹細胞の空間形質の違いでは説明できません。そこで、星野らの研究グループは、神経幹細胞がその時間経過と共にその「形質」を変化させるということ、つまり神経幹細胞が空間形質の他に「時間形質」を持つということを明らかにしました。この研究によって、二種類の神経幹細胞の形質の組み合わせによって多様な神経細胞が生み分けられるという、神経細胞発生おける新たな仕組みを提唱することができました。

■研究の概要

小脳には二つの空間形質をもつ神経幹細胞があります。一つは菱脳唇という場所に存在する神経幹細胞であり、それらは顆粒細胞や小脳核神経細胞などの「興奮性神経細胞」を生み出します。もう一つは脳室帯という場所の神経幹細胞であり、それらはプルキンエ細胞や抑制性インターニューロンなどの「抑制性神経細胞」を生み出します。

星野らは2005年に、全ての種類の抑制性神経細胞がPtf1aという転写因子(遺伝子)を発現する脳室帯の神経幹細胞から生み出されることを報告しました(参考文献1)。今回の研究では、脳室帯の神経幹細胞の中に「Olig2」または「Gsx1」という転写因子を発現する異なる細胞群が存在するということが分かりました。また、特殊な遺伝子改変マウスを作製してそれぞれの群から生み出される神経細胞を調べたところ、「Olig2」を発現するものが「プルキンエ細胞」を生み出す神経幹細胞(プルキンエ細胞産生型)であり、「Gsx1」を発現するものが「インターニューロン」を生み出す神経幹細胞(インターニューロン産生型)であることがわかりました。

さらに、脳発達の初期段階には大部分の神経幹細胞が「プルキンエ細胞産生型」であるのに、その後、細胞分裂を繰り返す時間的経過に伴って次第に「インターニューロン産生型」に変化するということがわかりました(図1)。これは言葉を変えて言えば、神経幹細胞の「時間形質」が、「プルキンエ細胞産生型」から「インターニューロン産生型」へと変化したということです。

また、様々な遺伝子改変マウスの解析から、この神経幹細胞の時間形質の変化が「Olig2」によって減速され、「Gsx1」によって加速されるということも明らかになりました。

これらの遺伝子機能の増大・減少により、「プルキンエ細胞」および「インターニューロン」の産生比率に大きな異常をきたしたことから、2種類の遺伝子による神経幹細胞の時間形質変化の制御機構が、小脳の適切な発達に重要であることが示されました。

■本研究の意義と今後期待できる成果

これまでにもほ乳類の脳形成について、場所によって神経幹細胞の形質が異なるという研究はいくつかなされてきましたが、本研究は時間の経過によって神経幹細胞の形質が変化するということ、そしてその制御機構を明らかにしたという点で極めて有意義な研究であり、脳形成および神経幹細胞研究に大きく貢献すると考えられます。

さらに、本研究は小脳の各種神経細胞の数のコントロール機構も明らかにしているため、小脳運動失調や小脳機能異常が原因となる一部の自閉症および認知障害などの病態の理解にもつながるであろうと期待されています。また、本研究の成果を取り入れれば、培養皿で増殖させた神経幹細胞をそれぞれ個別の小脳神経細胞へと分化誘導することが可能となるかもしれず、将来の小脳変成疾患、小脳梗塞などに対する細胞移植治療へも応用されることが期待できます。

※本研究は、株式会社カン研究所神経分化・発生グループの尾野雄一主幹研究員との共同研究として行われました。また、文部科学省科学研究費補助金新学術領域「シナプス病態」および「メゾ神経回路」の支援を受けて行われました。

 

【用語の説明】

■神経幹細胞

神経幹細胞が細胞分裂して生み出す二つの細胞は、一つが再び神経幹細胞に留まるのに対し、もう一つは神経細胞となる。神経細胞はそれ以上細胞分裂をしないが、神経幹細胞は複数回の細胞分裂を繰り返すことによって、次々と新たな神経細胞を生み出す。本研究では、神経幹細胞が細胞分裂を繰り返す過程で、最初はプルキンエ細胞という神経細胞を生み出す性質を持っていたのに、次第にインターニューロンという神経細胞を生み出す性質に変化するということを見いだしている。

■転写因子

遺伝子DNAに結合し、特定の遺伝子の活動を制御する蛋白質。一つの転写因子が複数の遺伝子の働きを活性化したり不活性化したりする。一つの転写因子によって、その細胞の性質などが決められてしまうこともある。

■Ptf1a、Olig2、Gsx1

Ptf1a: 転写因子の一種。もともとは膵臓を作るのに必要な蛋白質として知られていたが、2005年に星野らが小脳を作るためにも重要な働きをしているということを明らかにした(参考文献1)。小脳の抑制性神経細胞と呼ばれるグループの一群の神経細胞の運命決定因子である。
Olig2: 転写因子の一種。もともとはオリゴデンドロサイトと呼ばれるグリア細胞の一種の産生に関わることが報告されていたが、ある種類の運動神経細胞の産生に関与することがその後報告された。
Gsx1: 転写因子の一種。脳のいくつかの領域において、特定の神経細胞の発生に関与していることが知られていた。

■プルキンエ細胞

小脳において身体内外の様々な情報が統合・処理されることによって、我々の高度な運動機能が可能となる。この過程では、小脳皮質の神経細胞ネットワークによる情報処理が必要であるが、その最終的なアウトプットを担う神経細胞がプルキンエ細胞である。プルキンエ細胞は抑制性神経細胞に属する。複雑な樹状突起と非常に長い軸索を持つ、大きな神経細胞である。その長く伸ばした軸索は、小脳皮質から小脳核へと投射されている。

■インターニューロン

プルキンエ細胞と比べて小型でなおかつ短い突起を持つ神経細胞。脳の異なる部位をつなぐというよりも、その局所における神経回路連絡を担っている。小脳の抑制性インターニューロンは、さらにゴルジ細胞、バスケット細胞、籠状細胞などに細かく分類することができる。

発表論文

Temporal identity transition from Purkinje cell progenitors to GABAergic interneuron progenitors in the cerebellum.
Seto Y, Nakatani T, Masuyama N, Taya S, Mumai M, Minaki Y, Hamaguchi A, Inoue YU, Miyashita S, Fujiyama T, Yamada M, Chapman H, Campbell KJ, Magnuson MA, Wright VW, Kawaguchi Y, Ikenaka K, Takebayashi H, Ishiwata S, Ono Y, Hoshino M:
Nature Communications, DOI; 10.1038/ncomms4337
http://www.nature.com/ncomms/2014/140218/ncomms4337/full/ncomms4337.html

参考文献1(原著)

Ptf1a, a bHLH transcriptional gene, defines GABAergic neuronal fates in cerebellum.
Hoshino M, Nakamura S, Mori K, Kawauchi T, Terao M, Nishimura YV, Fukuda A, Fuse T, Matsuo N, Sone M, Watanabe M, Bito H, Terashima T, Wright CVE, Kawaguchi Y, Nakao K, Nabeshima Y:  

Neuron 47, 201-213, 2005


■お問い合わせ先

【研究に関すること】
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 病態生化学研究部 部長
星野 幹雄
TEL:042-341-2711(代表)


【報道に関すること】
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係
TEL:042-341-2711(代表)

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