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プレスリリース詳細


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2014年3月13日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)

脂肪酸の摂取バランスが恐怖記憶に影響

 

独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市 総長:樋口輝彦)神経研究所(所長:髙坂新一)疾病研究第四部(部長:和田圭司)の関口正幸室長、山田大輔研究員らの研究チームは、日本水産株式会社(東京都千代田区 代表:細見典男、中央研究所 竹尾仁良主任研究員)との共同研究により、マウスにおいて、食餌に含まれる多価不飽和脂肪酸(PUFA)の摂取バランスが、恐怖体験に基づいて形成される記憶の強さをコントロールすることを見出し、さらにその脳内メカニズムを明らかにしました。PUFAの摂取バランスは個体による恐怖記憶の強さの違いに関係する因子のひとつであると考えられます。将来的に、恐怖症・社交不安障害等の精神疾患の総称である「不安症」予防に向けた食事療法への応用が期待されます。

多価不飽和脂肪酸PUFAは脳の発達や機能にかかわる重要な物質で、大きく分類すると「オメガ3系」と「オメガ6系」の2種類に分かれます。イワシやサバといった青魚に多く含まれるDHAをはじめとする「オメガ3系」は脳が正常に働くために必要な栄養素であり、豊富に摂取すると弱いながらも高齢者の認知機能低下を改善するなどの効果が報告されています※1、2。しかし、その作用がどのような脳内メカニズムによって実現されているのかについては明らかになっておらず、また「オメガ6系(マーガリンや豚レバーなどに多く含まれる)」との関連についてもよくわかっていませんでした。

本研究では、マウスにオメガ3系を豊富に含む食事を習慣的に食べさせると、恐怖体験について思い出したときの怖いという感覚(これを恐怖記憶と呼びます)が和らぐことを見出しました。しかし、オメガ3系を豊富に摂取しても、オメガ6系を同時に多量に摂取したマウスでは恐怖記憶は弱まりませんでした。これは、恐怖記憶を弱めるためには単にオメガ3系をたくさん食べるだけでなく、オメガ6系の摂取量を抑える必要があることを示しており、摂取する多価不飽和脂肪酸のバランスが恐怖記憶を調節する鍵であることを意味しています。

また、オメガ6系に対するオメガ3系の比率が高い餌を摂取することで恐怖記憶が弱まる背景には、カンナビノイドCB1受容体の機能変化が関与していること、すなわちCB1受容体の活性が増強することによって、扁桃体の過剰活動を抑制するという神経生理学的機能制御が関与している可能性も突きとめました。

一般人を対象とした疫学調査(H14-18年度厚労省研究班による、厚労省HPより)では、何らかの不安障害を有するものの数は生涯有病率で9.2%(12ヶ月有病率では5.5%)といわれており、現在も増加傾向にあるといわれています。近年では、その原因のひとつとして恐怖体験に基づいて形成される記憶が関与していると考えられるようになりました。また、これまでの臨床研究では、社交不安障害※3や様々な不安症の患者さんの混合群※4で、健常者に比べてオメガ3系の血中濃度が低く、オメガ6系が高い場合が多いと報告されています。本研究の結果は、今後の臨床検討が進めば、不安症の予防等へ応用される可能性が期待されます。

この研究結果は、2014年3月12日に米国精神・神経薬理学学会誌『Neuropsychopharmacology』のオンライン版(http://www.nature.com/doifinder/10.1038/npp.2014.32)に発表されました。

 

【研究の内容】

本研究では、食物から摂取するオメガ3系とオメガ6系の量比に比例して恐怖記憶の強さが変化することを見出し、更にその脳内メカニズムを明らかにしました。

■オメガ3系とオメガ6系の摂取バランスが恐怖記憶の強弱に影響

研究チームは、オメガ3系と6系を様々な比率(3/6比)で含む数種類のエサを作製し、それぞれの餌を与えてマウスを6週間飼育しました。その後、文脈性恐怖条件づけ試験と呼ばれる行動実験手法を用いて、マウスが示す恐怖記憶の強さを調べました。

その結果、マウスにオメガ3系を豊富に含む食餌を習慣的に食べさせると、脳内に含まれるオメガ3系の量が増加し、恐怖体験について思い出したときの怖いという感覚(恐怖記憶)が弱まることを見出しました。しかし、オメガ3系を豊富に摂取しても、オメガ6系を同時に多量に摂取したマウスでは恐怖記憶は弱まりませんでした(図1)。

これは、恐怖記憶を弱めるためには単にオメガ3系をたくさん食べるだけでなく、オメガ6系の摂取量を抑える必要があることを示しており、摂取するオメガ3系とオメガ6系のバランスが恐怖記憶を調節する鍵であることを示しています。

(図1)脳内のオメガ3系が多く、オメガ6系が少ないマウスほど、恐怖の程度が低い。値は平均値±標準誤差、それぞれの点で6匹のマウスについてのデータを解析した。

 

■脳内3/6比の変化により恐怖記憶が修飾される脳内メカニズムの一端が明らかに
カンナビノイドCB1受容体の関与

恐怖記憶の形成や想起には、脳の扁桃体と呼ばれる部位の活動が重要であることが知られています。そこで、恐怖記憶が弱まったマウスの脳内で何が起きているかを調べるために、扁桃体神経細胞の電気的活動を調べました。

すると、恐怖記憶が弱まったマウスでは、扁桃体神経細胞の興奮を抑制する「カンナビノイドCB1受容体」の働きが強まっていることが分かりました。

そこで、恐怖記憶が弱まったマウスにカンナビノイドCB1受容体の作用を阻害する薬剤を投与したところ、恐怖記憶の弱まりは消失しました。以上の結果は、PUFAの3/6比が高い餌の摂取がカンナビノイドCB1受容体の活性を高めて扁桃体の過剰な活動を抑えることにより、恐怖記憶が軽減したことを示しています(図2)。

 

■3/6比が高い餌を食べるとカンナビノイドの作用が強まるメカニズム

オメガ3系PUFAは経口摂取後、脳の神経細胞膜にその構成脂肪酸として取り込まれると考えられています。そして、膜の流動性を高め、結果として細胞膜中に存在するコレステロールを膜から追い出す作用を持つことが知られています。この作用は、特にオメガ3系のDHAで強いことが知られています※5。膜にあるコレステロールはCB1受容体に結合して、その働きを弱める作用を持つことが知られていますので、3/6比が高い餌を食べたマウス(恐怖記憶は低い)では、扁桃体神経細胞膜中のコレステロールが減少し、結果的にCB1受容体の働きが高まっている可能性が考えられました(図3)。実際研究チームは、コレステロールを膜から追い出す作用がある別の薬剤を作用させると、3/6比が低い餌を食べたマウス(恐怖記憶は高い)の扁桃体神経細胞でもやはりCB1受容体の働きが強まることを確認しました。このことが、3/6比が高い餌を食べるとカンナビノイドの作用が強まるメカニズムと考えることが出来ます。

 

【今後期待される展開】

■恐怖記憶の個人差理解への応用

同じような恐怖体験をしても、その体験の感覚を長く覚えている人とそうでもない人がいます。今後の基礎研究の発展は、このような個人差を生み出す物質的基盤の理解につながる可能性があります。

■不安症の予防等への応用

本研究の結果は、食習慣を適切にコントロールすることで恐怖記憶をコントロールできる可能性を示しており、今後の臨床検討が進めば、不安症の予防等へ応用される可能性が期待されます。

 

【用語の説明】

■恐怖記憶

恐怖体験によって形成される記憶のうち、その出来事についての記憶ではなく、言葉で言い表すことができない恐怖の感覚の記憶のこと。本研究では恐怖条件づけ試験により形成される条件性恐怖記憶について扱っている。

■オメガ3系

多価不飽和脂肪酸の一種で、DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)やαリノレン酸など。青魚(イワシ、サバ、ニシン、ブリ、カツオ、マグロ、サケなど)やキャノーラオイル、クルミ、フラックスシード(亜麻の実)などに含まれる。

■オメガ6系

多価不飽和脂肪酸の一種で、リノール酸、ガンマ・リノレン酸やアラキドン酸など。大豆油、コーン油、ゴマ油、マーガリン、豚レバーなどに含まれる。

■文脈性恐怖条件づけ試験

パブロフの古典的条件づけを利用した恐怖記憶の評価試験。動物を新規環境(経験したことのない実験箱など)におき、例えば電気ショックなどの嫌悪刺激を与えると、その環境(実験箱内の色や床の手触りなど、文脈と呼ぶ)と電気ショックが関連づけられ、条件性恐怖記憶が形成される。すると動物は再び同じ実験箱におかれた時、嫌悪刺激が与えられなくてもすくみ行動(不動状態)と呼ばれる恐怖反応を示すようになる。すくみ行動の時間を計測することで恐怖記憶の程度を評価できる。

■扁桃体

情動反応の処理と記憶において主要な役割を果たす脳部位。大脳辺縁系に含まれる。恐怖体験により扁桃体内の神経細胞が興奮することで恐怖記憶が形成され、これを思い出す際にも扁桃体神経細胞が活動することが必要である。

■カンナビノイドCB1受容体

Gタンパク質共役型受容体。内因性アゴニスト(活性化物質)と外因性アゴニストがある。前者は脳内で合成されるもので神経細胞が興奮した際、過剰な興奮を抑制する作用をもつことが知られている。後者は大麻の成分(カンナビノイド)であり、鎮痛作用などの他に幻覚作用を示す。内因性アゴニストは幻覚作用を持たない。

■脂肪酸と細胞膜およびその流動性

細胞膜の主要構成成分はリン脂質である。リン脂質は親水性の頭部と疎水性の尾部からなるが、尾部は脂肪酸の炭化水素鎖である。生理的条件下で、リン脂質は尾部を内側に、頭部を外側にするように二層構造の膜を形成し(脂質二重層)これが細胞膜の基本骨格となる。この脂質二重層膜に様々なタンパク質等が埋め込まれて細胞膜が構成されている。細胞膜は流動性を持ち、脂質や膜タンパクは固定されておらずある程度の自由度で動いている。流動性は膜の構成物質で決まる。たとえば、リン脂質を構成する炭化水素鎖の不飽和度(二重結合の数)は重要な因子で、二重結合が多いほどリン脂質の相互作用が低くなり流動性は増す。DHAは6つの、アラキドン酸は4つの二重結合を有する。

 

参考文献:

1. Dangour AD, Allen E, Elbourne D, Fasey N, Fletcher AE, Hardy P, Holder GE, Knight R, Letley L, Richards M, Uauy R (2010). Effect of 2-y n-3 long-chain polyunsaturated fatty acid supplementation on cognitive function in older people: a randomized, double-blind, controlled trial. Am J Clin Nutr 91: 1725–1732.
2. Yurko-Mauro K, McCarthy D, Rom D, Nelson EB, Ryan AS, Blackwell A, Salem N Jr, Stedman M, MIDAS Investigators (2010). Beneficial effects of docosahexaenoic acid on cognition in age-related cognitive decline. Alzheimers Dement 6: 456–464.
3.

Green P, Hermesh H, Monselise A, Marom S, Presburger G, Weizman A (2006). Red cell
membrane omega-3 fatty acids are decreased in nondepressed patients with social anxiety

disorder. Eur Neuropsychopharmcol 16: 107–113.
4.

Jacka FN, Pasco JA, Williams LJ, Meyer BJ, Digger R, Berk M (2013). Dietary intake of fish

and PUFA, and clinical depressive and anxiety disorders in women. Br J Nutr 109: 2059–2066.
5.

Shaikh SR, Cherezov V, Caffrey M, Soni SP, LoCascio D, Stillwell W, Wassall SR (2006).

Molecular organization of cholesterol in unsaturated phosphatidylethanolamines: X-ray diffraction and solid state 2H NMR reveal differences with phosphatidylcholines. J Am Chem Soc 128: 5375–5383.

 

原論文情報

論文名 “Daisuke Yamada, Jiro Takeo, Peter Koppensteiner, Keiji Wada, Masayuki Sekiguchi (2014). Modulation of fear memory by dietary polyunsaturated fatty acids via cannabinoid receptors. Neuropsychopharmacology doi: 10.1038/npp.2014.32.”
著    者 山田大輔、竹尾仁良、ピーター・コッペンスタイナー、和田圭司、関口正幸
掲 載 誌 Neuropsychopharmacolog
URL:http://www.nature.com/doifinder/10.1038/npp.2014.32


■お問い合わせ先

【研究に関すること】
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第四部室長 関口正幸

TEL:042-341-2711(代表)

【報道に関すること】
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総務課 広報係
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