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プレスリリース詳細


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2014年4月2日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
(NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)

多様な神経細胞が誕生する仕組み
神経幹細胞の「位置情報」を司るメカニズムを解明

 

 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 総長:樋口輝彦)神経研究所(所長:髙坂新一)病態生化学研究部部長 星野幹雄らのグループは、神経幹細胞が「位置情報」を獲得することによって多様な神経細胞を生み出す仕組みを、小脳の研究によって明らかにしました。

 星野らの研究グループは2014年2月に発表した「神経幹細胞の時間情報の制御メカニズム」で、小脳脳室帯の神経幹細胞が、細胞分裂を繰り返す時間的経過の中で様々な神経細胞を生み出すことを明らかにしました*1。本研究ではさらに、小脳においてPtf1aとAtoh1という二種類の転写因子(タンパク質)が「位置情報」を与えることによって、神経幹細胞が異なる種類の神経細胞を生み出すメカニズムを、遺伝子改変マウスを用いて明らかにしました。

 これら二つの研究成果は神経幹細胞が多様な神経細胞を生み分ける仕組みを理解する上で極めて有意義な研究であり、今後、小脳運動失調や小脳機能異常が原因となる運動失調や自閉症および認知症などの病態解明や治療法の開発につながるものと考えます。

 この研究成果は2014年4月2日(報道解禁日時:米国東部標準時4月1日午後5時)に、米国科学雑誌「Journal of Neuroscience」オンライン版に掲載されます。

 

■研究の背景

 人間の脳には、数千種類もの性質の異なる神経細胞が存在していると言われており、ほとんどの神経細胞が神経幹細胞から生み出されます。神経幹細胞は、発達途上の脳、すなわち神経管の最も内側に存在します。神経管は前後に長い構造物で、神経管の最前側(頭部側)からは大脳皮質の神経細胞が生み出され、中間部からは小脳や延髄の、そして後側(尾てい骨側)からは脊髄の神経細胞が生み出されます。すなわち、神経幹細胞はその細胞が存在する「位置情報」によって、生み出す神経細胞の種類が異なるように制御されているように見えます。しかしながら、神経幹細胞の位置情報を支配する遺伝子・分子メカニズムはまだあまり明らかにされていませんでした。このたび星野らの研究グループは、小脳において神経幹細胞が二種類の転写因子によって「位置情報」を与えられることを、遺伝子改変マウスを用いることによって証明しました。

 

■研究の概要

 数千種類もあると言われる神経細胞ですが、おおまかには興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の二種類に分けられます。2005年に星野らは、小脳の脳室帯に存在する神経幹細胞からは小脳の全ての抑制性神経細胞が生み出されることを明らかにしました(参考文献1)。また同年、米国の二つのグループが、小脳の菱脳唇と呼ばれる領域の神経幹細胞からは興奮性神経細胞が生み出されることを報告していました。さらに、脳室帯ではPtf1aという転写因子が、菱脳唇ではAtoh1という転写因子が発現しており、それぞれの転写因子が抑制性神経細胞や興奮性神経細胞の産生に必要であることが知られていました(図1)。

 このことから、星野らは「Ptf1aやAtoh1が神経幹細胞に固有の位置情報を与え、それがそれぞれのグループの神経細胞の産生に関与しているのではないか」という仮説を立てました。この仮説を証明するためには、それぞれの神経細胞グループの産生における転写因子の必要性だけでなく、「十分性」も示さなくてはなりません。

 そこで星野らは、「ノックイン」と呼ばれる遺伝子改変操作によって、「Ptf1a遺伝子の中にAtoh1遺伝子を組込んだマウス」と「Atoh1遺伝子の中にPtf1a遺伝子を組込んだマウス」を作製しました。この方法では、組込んだ遺伝子が組込まれた遺伝子と同じ場所で発現します。すなわち、前者のマウスでは「菱脳唇でもPtf1aが発現」し、後者では「脳室帯でもAtoh1が発現する」ことになります。これらのマウスを詳しく解析したところ、前者のマウスにおいては菱脳唇からも抑制性神経細胞が生み出され、後者のマウスにおいては脳室帯からも興奮性神経細胞が生み出されるということが観察されました(図2)。さらに、子宮内エレクトロポレーション法という遺伝子導入法によっても、同様な結果を得ることに成功しました。



 このことから、神経幹細胞に対して、Ptf1aは「脳室帯としての位置情報」を与えて「抑制性神経細胞を生み出す能力」を付与し、Atoh1は「菱脳唇としての位置情報」を与えて「興奮性神経細胞を生み出す能力」を付与していることが明らかになりました(図3)。またこれらの実験を進める過程で、Ptf1aおよびAtoh1が、お互いの発現を抑制し合っていることもわかり、このことが、小脳において脳室帯と菱脳唇という領域の境界をはっきりさせることに役立っていると考えられました。

 

■今後期待できる成果

 本論文と参考文献2「神経幹細胞の時間情報の制御メカニズム」の研究成果*1からは、多様な神経細胞を生み出すための以下のような仮説が導かれます。すなわち、神経幹細胞は、付与される位置情報と時間情報の組み合わせによって様々な種類の神経細胞を生みわけられるようになります。また、その過程には転写因子というタンパク質が関与しています。これらの研究成果は小脳において示されたわけですが、同様な原理が脳の他の領域にも適用できるのではないかと考えます。

 また、本研究の成果を活かせば、培養皿で増殖させた神経幹細胞の位置情報や時間情報を操作することによって、様々な種類の小脳神経細胞を作り出すことが可能となるかもしれず、将来の小脳変成疾患、小脳梗塞などに対する細胞移植治療への応用も期待されます。

※本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域「シナプス病態」および「メゾ神経回路」の支援を受けて行われました。

 

【用語の説明】

■情報と形質

我々は神経幹細胞が特定の神経細胞を生み出す性質を「形質」と呼んでおり、論文中でもそれに相当する"Identity"という用語を用いている。しかし、難解な用語であるために、このプレスリリースでは「形質」のことを「情報」と表記している。すなわち、論文中での「空間形質」をここでは「位置情報」に、論文中での「時間形質」をここでは「時間情報」と表現している。

■神経幹細胞

神経幹細胞が細胞分裂して生み出す二つの細胞は、一つが再び神経幹細胞に留まるのに対し、もう一つは神経細胞となる。神経細胞はそれ以上細胞分裂をしないが、神経幹細胞は複数回の細胞分裂を繰り返すことによって、次々と新たな神経細胞を生み出す。

■転写因子

遺伝子DNAに結合し、特定の遺伝子の活動を制御するたんぱく質。一つの転写因子が複数の遺伝子の働きを活性化したり不活性化したりする。一つの転写因子によって、その細胞の性質などが決められてしまうこともある。

■Ptf1a、Atoh1

Ptf1a: 転写因子の一種。もともとは膵臓を作るのに必要な蛋白質として知られていたが、2005年に星野らが小脳を作るためにも重要な働きをしているということを明らかにした(参考文献1)。小脳の抑制性神経細胞と呼ばれるグループの一群の神経細胞の運命決定因子である。
Atoh1: 転写因子の一種。Math1とも呼ばれる。小脳の興奮性神経細胞と呼ばれるグループの一群の神経細胞の運命決定因子である。

 

【発表論文】

Specification of spatial identities of cerebellar neuronal progenitors by Ptf1a and Atoh1 for proper production of GABAergic and glutamatergic neurons. Yamada Y, Seto Y, Taya S, Owa T, Inoue YU, Inoue T, Kawaguchi Y,Nabeshima Y, Hoshino M. Journal of Neuroscience, in press DOI;10.1523/JNEUROSCI.2722-13.2014
http://www.jneurosci.org/content/34/14/4786.short

参考文献1
Ptf1a, a bHLH transcriptional gene, defines GABAergic neuronal fates in cerebellum. Hoshino M, Nakamura S, Mori K, Kawauchi T, Terao M, Nishimura YV, Fukuda A, Fuse T, Matsuo N, Sone M, Watanabe M, Bito H, Terashima T, Wright CVE, Kawaguchi Y, Nakao K, Nabeshima Y:   Neuron 47, 201-213, 2005

参考文献2
Temporal identity transition from Purkinje cell progenitors to GABAergic interneuron progenitors in the cerebellum. Seto Y, Nakatani T, Masuyama N, Taya S, Mumai M, Minaki Y, Hamaguchi A, Inoue YU, Miyashita S, Fujiyama T, Yamada M, Chapman H, Campbell KJ, Magnuson MA, Wright VW, Kawaguchi Y, Ikenaka K, Takebayashi H, Ishiwata S, Ono Y, Hoshino M: Nature Communications, 5, 3337, 2014

*1:プレスリリース
「多様な神経細胞を生み分ける 神経幹細胞の新たなメカニズムが明らかに」
http://www.ncnp.go.jp/press/press_release140306.html


■お問い合わせ先

【研究に関すること】
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 病態生化学研究部 部長
星野 幹雄
TEL:042-341-2711(代表)


【報道に関すること】
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係
TEL:042-341-2711(代表)

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