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プレスリリース詳細

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平成26年10月21日
独立行政法人
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2711(広報係)

ヒトの脳卒中を再現した新たな実験動物(サル)の開発に成功
—新規治療法やリハビリ開発に期待—


■ポイント

  • 小型霊長類であるマーモセットにおいてヒトの脳卒中モデル確立に成功
  • 脳深部の特定領域に限定した脳損傷の作出技術をサルにおいて初めて確立
  • このモデル動物を用いた運動障害などの新たなリハビリ法開発につながる可能性が期待

国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部のサンドラ プエンテス 研究員と関 和彦 部長らの研究グループは、ヒトの脳深部の脳卒中を再現した、新たな霊長類モデルを世界で初めて確立しました。

脳卒中の患者は全国で130万人以上いますが、根本的な治療法はありません。治療法確立のためには、動物モデルを対象としてヒトと同様な薬やリハビリテーション技術を試す事が必要でした。ところが、従来のモデルのほとんどはげっ歯類(マウス、ラット)であるため治療法確立が困難だった点に着目し、研究グループは霊長類における脳卒中モデルの確立を目指しました。

そのため、研究グループはげっ歯類に比べてヒトにより近似した脳構造を持つ小型霊長類(コモンマーモセット)を対象に、脳深部の内包と呼ばれる四肢の運動制御に必須の領域のみにヒトの脳卒中メカニズムを模擬した方法で損傷を作る方法を確立しました。つまり、内包に血液を送るとても細い動脈である前脈絡叢動脈の閉塞を外科的に引き起こし、それによって運動機能に限定した障害が引き起こされる事を確認しました。

今回の研究成果は、コモンマーモセットという小型で取り扱いやすい霊長類を対象に、ヒトの脳深部(白質)の脳卒中を再現できる事を示したものです。今回作出された内包損傷モデルは他の脳機能は維持されたまま、運動障害のみを引き起こすサルモデルです。従って、脳卒中に伴う運動障害に対する治療薬やリハビリテーション方法の開発に有効です。また、同じ方法を応用する事によって、様々な深部の脳卒中のヒト疾患モデルを作出する事が可能になり、より多様な症状に対する治療法開発に有用であると期待されます。

本研究成果は、国際脳研究機構発行の学会誌「Neuroscience」に掲載されます。

本成果の一部は、精神神経疾患研究開発費(26-11)、JSPS科研費新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御」(課題番号261200xx)及び、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「脳情報の解読と制御」領域の助成を受けて行われたものです。

■研究の背景と経緯

大脳皮質はヒトやサルなど一部の高度に進化した動物において発達している脳部位です。そのうち、運動野と呼ばれる領域からの運動意図は、内包(注1)と呼ばれる脳深部の核を通過して筋肉に到達し、それによって私たちは自在に手足の運動をあやつることができています(図1)。ところが、ヒトにおいて「血管が詰まる」と呼ばれる閉塞が前脈絡叢動脈に起こると、この内包が損傷を受け手足の運動が障害を受けます。つまり、大脳皮質で生まれる運動の意図は、この内包に伝わった段階で遮断されてしまい、その結果運動命令が筋肉に伝達されず、運動麻痺になってしまいます。そして、この症状が長期化すると、肘の屈曲姿勢などが特徴的である痙性麻痺や筋萎縮などを併発し、症状が慢性化してしまいます。

このような脳卒中に対する根本的な治療法は存在せず、また有効なリハビリも開発途上にあります。本研究グループは、その理由の一部が有効な動物モデルが確立していないからだと考えました。つまり、現在の脳卒中モデル動物のほとんどはマウスやラットなどのげっ歯類などを対象としていますが、これらの動物の大脳皮質やそこから筋肉への経路(下降路)はヒトとは大きく異なります。従って、脳卒中が運動麻痺を引き起こすメカニズムも、ヒトとは異なる事が予想され、霊長類を用いたモデルの確立が有効だと考えました。そこで、小型霊長類であるコモンマーモセット(注2)において、ヒトの脳卒中メカニズムを模擬した方法で脳卒中を引き起こす事を目的とした実験を行いました。

■研究の内容

研究グループは、コモンマーモセットの前脈絡叢動脈を外科的手術によって閉塞させる技術の開発に世界で初めて成功しました。前脈絡叢動脈は内包の血流の大部分を供給しており、ヒトではこの血管の閉塞によって、重篤な運動麻痺が引き起こされます。研究グループはまず、マーモセットの前脈絡叢動脈の解剖学的特徴を世界で初めて明らかにし(図2)、それにあわせた手術方法を開発しました。そして、この技術を用いて前脈絡叢動脈を閉塞させたコモンマーモセットの脳構造をMRIで調べてみると、確かに内包に相当する部分に脳卒中が確認できました。さらに、手術後のコモンマーモセットには2週間に渡って運動麻痺が確認されました。これらの結果は、研究グループが開発したサルモデルがヒトの脳卒中による運動麻痺を忠実に再現したモデルである事を示しています。この研究成果は、脳深部(白質)に限定した脳卒中を霊長類において引き起こす事に成功した初めての報告となりました。

■今後の展開

今後は、研究グループが開発した霊長類の脳卒中モデルを用いた治療薬の開発やリハビリテーションの確立のための研究が進展する可能性があります。例えば、現在iPS細胞などの移植による脳機能再生の研究が始まっていますが、ヒトに近似した代謝機能を持つ霊長類でその効果を試す事はヒトへの前段階として有効です。また、本モデルは運動機能の評価によって容易に細胞治療効果の有無が判定できます。一方、特にサルの手指構造はヒトに近似しています。従って、げっ歯類では不可能であった手指の麻痺に対する治療やリハビリ開発に有効であると考えられます。さらに、ヒトでは内包だけでなく多様な白質の脳卒中が報告されています。本研究で確立した技術を応用すれば、ヒトにおける様々なタイプの脳卒中をマーモセットにおいて再現し、それぞれに対する治療方法の確立に貢献する事が期待されます。

<参考図>

図1 内包の脳卒中による運動麻痺の仕組み

図1 内包の脳卒中による運動麻痺の仕組み

健常時は「動きたい」という運動の意図は大脳皮質の運動野から脳深部の内包を経由して筋肉に運ばれ、運動が引き起こされる(左)。内包の脳卒中によってこの信号伝達が遮断されるため麻痺が起こる(中)。この麻痺の長期化によって、頚性麻痺などの典型的な症状が誘発される(右)。これらの症状の一部を再現する動物モデルを、霊長類を用いてはじめて開発した。

図2 マーモセットにおける内包脳卒中モデル

図2 マーモセットにおける内包脳卒中モデル

マーモセットにおける前脈絡叢動脈の特徴を解剖学的手法で明らかにし(左)、電気凝固法によって閉塞を人工的に引き起こす技術を開発した(中)。この方法で脳卒中を引き起こした動物の脳画像(左)。内包に相当する部分に限局して、脳卒中が確認できる。

■用語解説

注1)内包
 脳白質にあり、全ての皮質脊髄路細胞の軸索が経由する部位。従って、内包の損傷によって皮質脊髄路の信号伝達が遮断され、顕著な運動麻痺が引き起こされる。

注2)コモンマーモセット
 ヒトと同じ真猿類に属する南米ブラジル北部原産の小型霊長類。体重3-400gと小型であり飼育しやすく、また高い繁殖能力を有する事から脳科学に有用な実験動物として注目されている。

■論文タイトル

“Internal capsule stroke in the common marmoset”
(コモンマーモセットにおける内包脳卒中モデルの確立)

お問い合わせ先
≪研究に関すること≫
関 和彦(セキ カズヒコ)
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部
〒187-8502 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel : 042-346-1724  Fax : 042-346-1754
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