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プレスリリース詳細

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平成27年4月30日
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2711(広報係)

身体の初期位置に応じて、脳からの運動指令を脊髄神経回路が変換


■ポイント

  • サルの脊髄への電気刺激で引き起こされる運動が、身体の初期位置で異なることを発見した。
  • 脊髄神経細胞が脳の運動指令を変換し、多くの筋肉を制御することが判明した。
  • 脳梗塞や脊髄損傷で円滑に運動できない状態の新たなリハビリテーション法開発への貢献が期待できる。

JST 戦略的創造研究推進事業において、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の関 和彦 部長らは、霊長類における脊髄の神経細胞が脳からの運動指令を変換して、多くの手指の筋肉を制御しているメカニズムを世界で初めて明らかにしました。

同じ目的を持った運動でも、身体の初期位置(運動を始める前の身体の位置)によって使われる筋肉は異なります。例えば物体をつかむ時、右手の初期位置が物体の左にある場合は手首や肘の伸筋、右にある場合は屈筋という正反対の機能を持つ筋肉が使われています。この場合、「つかめ」という脳からの運動指令は、運動する前の手の位置に応じて適切な筋肉を使うプログラムに無意識のうちに変換されています。しかし、この無意識に行われている運動指令を変換する脳内メカニズムはこれまで不明でした。

関部長らは、脳からの運動指令の変換には、脊髄神経回路注1)が関連していると予想しました。脊髄神経回路では、身体の位置に関する感覚情報と運動指令が狭い領域に混在しています。サルの手の位置を変化させて脊髄を電気刺激する電極を開発し、初期位置に応じて異なった筋活動が引き起こされることを見いだしました。この現象は脳と脊髄の信号を切断した状態でも観察されました。

この研究成果は霊長類で共通するものであり、ヒトの無意識下の運動がこのような脊髄の運動指令の変換メカニズムを用いて制御されている可能性を示します。脊髄が持つ運動指令の変換メカニズムを再建注2)する新たなリハビリテーション法の開発につながり、脳梗塞や脊髄損傷などによる運動失調注3)の新たな治療法の確立に貢献することが期待されます。

本研究は、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の矢口 博彬 研究員と共同で行われました。

本研究成果は、2015年4月29日(米国東部時間)発行の米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業

研究領域 :「脳情報の解読と制御」
      (研究総括:川人 光男 (株)国際電気通信基礎技術研究所
      脳情報通信総合研究所 所長/ATR フェロー)
研究課題名:「感覚帰還信号が内包する運動指令成分の抽出と利用
研究者  :関 和彦(国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
      モデル動物開発部 部長/元 自然科学研究機構 生理学研究所 助教)
研究実施場所:国立精神・神経医療センター 神経研究所
研究期間  :平成21年10月~平成27年3月

■研究の背景と経緯

同じ目的を持った運動でも、運動を始める前の身体の位置によって異なった筋肉が使われています。例えば、私たちは目の前の物体をつかむという運動を日常生活でよく行います。手の初期位置が物体の左にある場合は手首や肘の伸筋、右にある場合は屈筋という正反対の機能を持つ筋肉が活動しています。この場合、「つかめ」という脳からの運動指令は、手の初期位置を基準に無意識に変換され、それによって適切な筋肉を活動させるプログラムが作られていると考えられてきました。図1は肘関節の運動についての例を示しています。しかし、どこで、どのように、無意識下の運動指令が変換されているのか、つまり具体的にどの筋肉をどのように活動させるかという情報に運動指令が置き換えられているのかは不明でした。

関部長らは身体の位置に関する感覚情報と運動指令が狭い領域に混在している脊髄神経回路に運動指令を変換する機能の一部が備わっていると予想しました。脊髄は反射や歩行などパターン化注4)された運動の中枢として古くから知られていますが、この身体の初期位置による運動指令もパターン化された形で、脊髄神経回路で変換されていると予想しました。

■研究の内容

関部長らは、多極アレイ電極を脊髄に埋め込む方法を世界で初めて開発しました(図2はイメージ図)。脊髄は表層、中間層、深層にそれぞれ異なった機能があります。また、外側と内側、頭側と足側ではそれぞれ固有の機能を持っています。従来、これらを刺激し分けることは困難でした。それは、従来は太い電極を個々に、また正確な位置制御が不可能な状態で脊髄に埋め込んでいたためです。目的を達成するためには、等間隔で細い電極が並んでいるアレイ電極を用いる必要がありました。同電極はこれまで大脳皮質において用いられてきましたが、頭蓋骨の直下にある大脳皮質と異なり、脊髄は背筋の奥に存在するため、電極の埋め込みが困難とされてきました。そこで関部長らは、最新の光学技術などを併用して、このような深い部位にもアレイ電極を埋め込む方法を確立しました。この技術によって霊長類の脊髄の目的部位を長期間に渡って安定的に刺激することが可能になりました。

この電極を用いて、麻酔したサルの脊髄に電気刺激を行い、それにより引き起こされる手指の運動が、手の初期位置の移動によりどのように変化するか調べました。通常の運動は、脳で起こった運動指令が、脊髄に電気的に伝わり、それらが脊髄細胞を刺激して引き起こされます。麻酔した動物にとっては、脊髄への電気刺激が脳からの運動指令に当たります。従って、脊髄への電気刺激を行うことで、手の初期位置によって引き起こされる運動が変化すれば、脊髄に運動指令を筋活動に変換する機能が備わっていると考えられます。

手の運動は、サルの手指の筋肉(11種類)に電極を装着し、電気刺激により引き起こされる各筋肉の電気反応を定量化しました。その結果、筋肉の電気反応が、手の初期位置により大きく変化することを発見しました(図3)。図3の例では、7番(7)の位置に手首を固定すると筋肉の電気反応は最大になる一方、4番(4)や6番(6)の位置では顕著に小さくなります。この図は人差し指の筋の例ですが、記録した11種類全ての種類の筋に同じような変化が観察されました。3頭のサルで同様に実験した結果、テストした330電脊髄部位-筋ペアのうち、202ペアにおいて顕著な筋の電気的反応が見られ、全体の80%の脊髄位置-筋ペア(161/202ペア)で図3に示したような初期位置に依存した筋の電気的反応が確認されました。さらに、麻酔したサルの脊髄と脳の信号を切断して同様の実験を行っても、この初期位置に依存した筋の電気的反応の変化が起こる確率は変わりませんでした。これは、脊髄刺激による初期位置に依存した筋の電気的反応の違いが、脳ではなく脊髄の中でつくりだされていることを証明しています。

この結果から、運動指令(脊髄刺激)は脊髄において、身体の初期位置に応じた筋活動に変換されていることが強く示唆されました(図4)。同様の発見はカエルの足においては報告がありますが[文献1]、霊長類の手においては初めての発見です。

■今後の展開

今後は、このような脊髄神経回路における運動指令の変換を積極的に利用したリハビリテーション法の開発などへ研究が進展する可能性があります。例えば脊髄損傷を患った場合、大脳皮質から脊髄への連絡経路が絶たれることにより手足のまひが生じます。しかし、今回の実験で、このようなまひ患者にも、身体位置に応じて目的とする運動に必要な筋肉を選び活動させる機能が脊髄内に残っている可能性が高くなりました。この機能をうまく使えるようなリハビリや治療を行えば、損傷前と遜色ない運動を行うことができるようになるかもしれません。

<参考図>

図1 手の初期位置に応じて無意識下で行われる運動指令の変換

図1 手の初期位置に応じて無意識下で行われる運動指令の変換

目の前にあるカップの位置によって異なった肘関節の筋が使われるような運動指令の変換例。脳からの「カップをつかめ」という運動指令は脊髄の中で、手の初期位置に応じて異なって変換される。例えば、筋肉などの感覚受容器を介して「現在の姿勢は右手が膝の上に置かれた状態であり、カップは手の右にある」という位置情報が脊髄に伝えられると、運動指令は、「肘の伸筋を使え」と変換される。その結果、肘の伸筋が収縮し、肘を伸ばしながら腕を外側に回すような運動が起こって、カップに到達する(赤線)。一方、「現在の姿勢は右手が椅子の背もたれに置かれた状態であり、カップは手の左にある」という場合は、「肘の屈筋を使え」という信号に変換される。その結果、肘の屈筋が収縮し、腕を内側に回すような運動が起こって、やはりカップに到達する(青線)。このような仕組みにより、生体は身体の初期位置に関わらず、目的とする運動をできる。

図2 新たに開発した霊長類への脊髄刺激法

図2 新たに開発した霊長類への脊髄刺激法

右:サルの頚髄(脊髄の一番上、すなわち脳から一番近い部位)には手指の感覚や運動を司る神経が混在している。今回は第6頚髄をターゲットに電気刺激を行った。
左:実験に用いた多極アレイ電極。決まった深さの脊髄部位を多点で刺激できるのが特徴。このような電極を脊髄に埋め込み、長期間定点の刺激を可能にした。

図3 手の初期位置に応じて、脊髄刺激による筋反応は変化する

図3 手の初期位置に応じて、脊髄刺激による筋反応は変化する

左:麻酔したサルの手の初期位置を変化させた。サルをうつぶせに寝かせ、サルの左側に設置した8cm間隔のグリッド上の7点でそれぞれサルの手首を固定した(カッコ内は位置番号)。
右:それぞれの手首位置で脊髄の同じ部位を電気刺激すると、手首固定位置(1~7番)によって異なった大きさの筋の電気的反応が第一背側骨間筋(人指し指を曲げるために用いられる筋肉)で認められた。例えば、手を7番に固定するとこの第一背側骨間筋の反応は最大になり、一方4番に固定すると最小になった。このような刺激効果の初期位置依存性は、観察した脊髄部位-筋ペアの80%で観察された。

図4 運動指令から運動が行われるまでの概念図

図4 運動指令から運動が行われるまでの概念図

脳からの運動指令は、直接筋肉には届かず、脊髄で中継される。今回の研究結果は、脊髄の細胞にはさまざまなグループがあり、手の初期位置に応じて異なったグループが活動して、異なった運動を引き起こしている可能性を示唆している。

■用語解説

注1)脊髄神経回路
 脊髄は厚さ約4mm程度であるが、背中側には手や腕などの感覚情報を司る神経が、お腹側には手腕の筋肉を支配する神経が、またそれらの中間には両者をさまざまなパターンでつなぐ介在神経が多く存在する。この脊髄神経回路は反射や歩行の際のリズミックな筋活動を作り出す中枢であることがこれまで知られていた。

注2)再建
 疾患、損傷などで失われた生体機能を再び元に近い状態に戻すこと。外部の機器にその機能を行わせる機能代行とは異なる。リハビリテーションはこの機能再建の具体的な方法である。

注3)運動失調
 意図した運動を思い通りに行うことができない症状の総称。運動の計画や意図は大脳皮質で行われているが、大脳皮質と筋肉の中継地点である運動皮質(脳梗塞)や脊髄(脊髄損傷)の損傷によって、運動失調が生ずる。パーキンソン病などの疾患でも不随意運動を始めとした運動失調を呈する。

注4)パターン化
 歩行や反射など、生物にとって基本的な運動では、そこで使われる筋肉は決まったパターンで働いている。その筋肉の使い方のパターンは脊髄の神経回路に埋め込まれていることが分かっている。

■参考論文

[文献1] Bizzi E, Mussa-Ivaldi FA, Giszter S (1991) Computations underlying the execution of movement: a biological perspective. Science 253:287-291.

■論文タイトル

“Modulation of spinal motor output by initial arm postures in anesthetized monkeys”
(腕の初期位置は脊髄からの運動出力に影響を与える)

お問い合わせ先

〈研究に関すること〉
関 和彦(セキ カズヒコ)
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部 部長
〒187-8502 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel:042-346-1724 Fax:042-346-1754
Email:

〈JSTの事業に関すること〉
松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 哲(カワグチ テツ)、稲田 栄顕(イナダ ヒデアキ)
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〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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