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プレスリリース詳細

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2015年9月15日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)

神経難病「多発性硬化症」の腸内細菌の異常を世界で初めて報告

~再発寛解型の患者20名の腸内細菌のデータ解析から~

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:樋口輝彦)神経研究所 免疫研究部部長兼センター病院 多発性硬化症センター長 山村隆らは、神経難病である多発性硬化症(MS, Multiple sclerosis)患者の腸内細菌叢についての詳細な解析を行い、その細菌叢構造の異常、とくにクロストリジウム属細菌の著しい減少などの特徴を明らかにしました。これは、東京大学の服部正平教授、麻布大学の森田英利教授、順天堂大学の三宅幸子教授との共同研究チームによる成果です。MSは近年増加傾向にある自己免疫疾患ですが、食生活の欧米化などによる腸内細菌の異常が発症に関わる可能性が示されます。

この研究成果は、2015年9月15日午前3時(報道解禁日時:米国東部標準時9月14日午後2時)、PLOS ONEオンライン版に掲載されます。

■研究の背景

多発性硬化症(MS)は脳や脊髄、視神経に繰り返し炎症性の病変が生じる慢性疾患です。視力障害や手足の麻痺、感覚障害、高次脳機能障害などの神経症状を伴う再発を繰り返しながら、徐々に神経障害が進行していく神経難病で、患者は全国に約2万人いると推定されます。我が国では比較的まれな疾患ですが、特定疾患受給者数の推移をみると、過去30年間で患者数が約1000人から2万人近くまで10倍以上に増加しています。背景にはなんらかの環境の変化があると考えられていますが、まだ原因ははっきり分かっていません。

MSは自己免疫疾患の一つと考えられていますが、近年様々な自己免疫疾患の発症ならびに病態に腸内細菌叢などが関与する可能性が注目されています。このことから、患者数増加の背景には、日本人の食生活の変化などの環境因子の変化が腸内細菌に影響を及ぼし、発症しやすくなったのではないかという仮説を立て、MS患者の腸内細菌を構成する菌について詳細に検討する研究を開始しました。

山村らの研究グループは以前、MSの動物モデルであるEAEを用いた検討において、抗生物質の投与によって腸内細菌のみを変化させるだけで脳脊髄の炎症が軽症化することを見出しており(*1)、この研究が発端となって世界中で腸内細菌と脳内炎症の関連を解明しようという研究が始まりました。しかしこれまでMS患者の腸内細菌叢の特徴については、ほとんどわかっていませんでした。

*1 Yokote H, et al. Am J Pathol. 2008;173(6):1714-23.

■研究の内容

国立開発研究法人国立精神・神経医療研究センター病院に通院中の20名の再発寛解型を示すMS患者の寛解期(再発をおこしていない時期)の糞便から、細菌叢DNAを調製したのち(麻布大学 森田英利教授)、次世代シークエンサーを用いて腸内細菌の16SリボゾームRNAの遺伝子配列を決定して腸内細菌叢の構造を評価しました(東京大学 服部正平教授)。解析により糞便を構成する数百種類の菌種の同定、多様性の評価などを行いました。その結果と健常日本人40名の腸内細菌叢のデータを比較し、再発寛解型の日本人MS患者の腸内細菌叢について、以下のことが明らかになりました。

1)構成する細菌種の種数や多様性の度合いについては、MS患者は健常日本人にほぼ匹敵する種数・多様性をもっていました。(図1)

図1 図1.MS患者の腸内細菌叢を構成する細菌種の数
MS患者と健常者の腸内細菌叢を構成する細菌種の数(菌種の多様さ)は健常者と同程度で差は認めなかった。

2)細菌種の構成について調べたところ、MS患患者同士の構成のばらつきは、健常日本人同士の菌種の構成のばらつきよりも大きいことがわかりました。このことから、MS患者では中等度の細菌叢の構造異常(Dysbiosis)があると考えられました。(図2)

図2

図2.MS患者の腸内細菌叢の構造的違い(UniFrac距離の解析)
(a)MS患者(赤)と健常者(青)のUniFrac距離に基づく、PCoAプロット。各プロットが近ければ菌叢構造が類似していることを示す。MS患者と健常者はそれぞれ異なるクラスターを形成する傾向が見られた。
(b)健常者間(HC-HC)、健常者ーMS患者間(HC-MS)、MS患者間(MS-MS)のUniFrac距離。 MS患者内のUniFrac距離は、健常者内よりも有意に大きい。このことは、MS患者群の菌叢構造が健常群と比較し、ばらつきが大きいことを示している。

3)健常日本人と比較し、MS患者において減少している細菌種が19種、増加している細菌種が2種見いだされました。この結果は健常者の継時的に繰り返し採取された細菌叢のデータと比較した場合も再現性が確認されました。

4)MS患者において減少している菌種の大部分(15種)はFirmicutes門の菌で、なかでもクロストリジウム属のClostridia Cluster group ⅩⅣaとgroup Ⅳに属する菌がほとんどを占めました。(図3)

図3

図3. MS患者で減少していたクロストリジウム属の腸内細菌の系統樹
MS患者で減少していた細菌の多くはクロストリジウム属の二つのグループに属する細菌(赤字)であった。免疫抑制能をもつ制御性T細胞を誘導する細菌(青字)とは異なる菌種であった。

■研究の意義

今回の研究の意義は以下のとおりです。
1)MSの腸内細菌叢が健常者と異なり、構造異常をもつ(Dysbiosisをもつ)ことが初めて明らかとなりました。
2)炎症性腸疾患や関節リウマチなど他の自己免疫疾患の患者の腸内細菌叢のデータと比較した場合の、共通点や相違点が明らかになりました。
3) 今回MSで減少していた細菌の多くはClostridia Cluster group ⅩⅣaとgroup Ⅳに属していました。同じグループに属する他の細菌が、炎症性のリンパ球に対して抑制的に機能するリンパ球(制御性T細胞)を効率よく誘導することが、Atarashiらによって報告されています(*2)。今回同定された細菌種も同様の機能を持つ可能性が考えられますが、機能的な役割については今後の検討課題です。
4)MSの腸内細菌叢の異常が発症の危険因子になっている可能性が考えられます。その異常を是正することにより、予後が改善したり、発症を予防したりできる可能性が考えられます。

*2 Atarashi K, et al. Nature. 2013;500(7461):232-6.

■今後期待される展開

1)今回判明したMSにより減少あるいは増加している細菌種の機能についてはまだ明らかではありません。これらの細菌をマウスに移植する実験、細菌叢のもつ機能の総体を調べることができるメタゲノム解析、腸内の代謝産物を調べるメタボローム解析などを追加することにより、細菌叢の変化の機能的な意義に迫ることができると考えられます。
2)腸内細菌叢は個人間の多様性や国や地域、人種による多様性が大きいことが知られています。今回得られたデータは20名の日本人の患者から得られたものであることから、より多様な地域や人種に解析対象を広げることにより、疾患そのものに特徴的な変化と地域や人種による変化が明らかになると考えられます。
3)今回の解析では寛解期にある再発寛解型のMS患者を対象に解析を行いました。再発時や進行型の患者での解析は今後の課題です。またMSはさまざまな点で個人差が大きい疾患です。すなわち再発頻度、再発症状の重症度、症状の回復の程度、神経障害の進み方、免疫治療に対する効果などに多様性が認められますが、その原因についてはまだよくわかっていません。今後、より多数の多様な背景をもった患者の腸内細菌叢の解析を進めることにより、多様性を説明する因子が発見できる可能性が考えられます。
4)MSの類縁疾患である視神経脊髄炎など、他の自己免疫疾患と比較を進めることにより、自己免疫病態と腸内細菌叢の関係についての理解が深まり、病態解明や診断、治療の開発に結び付く可能性が考えられます。

【共同研究者】
服部正平教授 東京大学新領域創成科学研究科(現所属 早稲田大学理工学術院)
森田英利教授  麻布大学獣医学部(現所属 岡山大学農学部)
三宅幸子教授  国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部
                         (現所属 順天堂大学医学部)

【用語の説明】
MS(多発性硬化症)
多発性硬化症(multiple sclerosis, MS)は中枢神経系の慢性炎症性疾患で、自己免疫疾患の一つと考えられている。病変が中枢神経内に多発し、その場所により、運動麻痺、感覚麻痺、視力障害など様々な症状が出現する。また再発を繰り返すことにより、徐々に神経障害が蓄積していくことが多い。MSのもっとも一般的な経過は、再発と寛解を繰り返す再発寛解型ではじまり、発症後5-20年程度の年数を経て、再発はないものの神経障害が徐々に進行していく二次進行型に移行するパターンである。そのほか、病初期から神経障害が徐々にする一次進行型がある。現在再発を抑制し予後を改善する免疫治療は数種類あるが、進行を抑制する治療は確立していない。

腸内細菌叢
腸管の粘膜面に恒常的に生息している微生物の集合体。一人のヒトがもつ腸内細菌は数百種類におよび、その総数は100兆個に及ぶ。また腸内細菌叢のもつ総遺伝子数はヒトの遺伝子数の100倍以上にあたる数百万個といわれている。

16SリボソームRNA(16S)遺伝子解析
リボソームを構成する小サブユニットである16SリボソームRNA(16S)遺伝子の塩基配列を基に微生物の種類や系統関係を明らかにする方法。PCRとシークエンス技術を用いて、細菌叢を構成する個々の細菌の16S遺伝子を網羅的に収集し、それら配列データをコンピュータ解析することで、細菌叢にどんな菌種が、どれだけ、どんな割合で存在するかを分析することができる。

【多発性硬化症センターのご紹介】
NCNPでは、最先端の治療技術や患者個々の特性を考慮した医療を確立し広く普及させるために、多発性硬化症センター(MSセンター)を開設しております。MSに関連の深い視神経脊髄炎(NMO)や慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の診療にも力を入れています。
MSセンター(MSセンター長 山村隆)では、神経内科、精神科、放射線科、内科、小児科の医師と、免疫学や神経科学の研究者が連携し、最新・最善の医療を提供できるように努めるとともに、画期的な治療法や診断技術を開発するために研究を進めています。
治療としてはインターフェロンβ療法、患者さんのQOLを高める外来通院ステロイドパルス療法、免疫吸着療法、精神症状や痛み・しびれなどの治療などに実績があります。また、通常の治療でコントロールできない難治例に対して、倫理委員会の承認と患者の皆さんの同意を得た上で、免疫標的医薬(例えばトシリズマブ)の適応外使用等も行っています。

【原論文情報】

論文名: Dysbiosis in the Gut Microbiota of Patients with Multiple Sclerosis, with a Striking Depletion of Species Belonging to Clostridia XIVa and IV Clusters

著 者: Sachiko Miyake, Sangwan Kim, Wataru Suda, Kenshiro Oshima, Masakazu Nakamura, Takako Matsuoka, Norio Chihara, Atsuko Tomita, Wakiro Sato, Seok-Won Kim, Hidetoshi Morita, Masahira Hattori, Takashi Yamamura

掲載誌: PLOS ONE
DOI: 10.1371/journal.pone.0137429
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0137429

 

■国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)

〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
理事長       樋口輝彦
神経研究所長   武田伸一
センター病院長  水澤英洋

本研究は、日本学術振興会 基盤S(多発性硬化症と腸内細菌・腸管免疫の関連に関する研究:代表 山村 隆)および基盤B(腸内細菌依存性制御細胞による自己免疫制御に関する研究:代表 三宅 幸子), 厚生労働科学研究費(代表 山村 隆)によって行われています。

■お問い合わせ先

【研究に関すること】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 免疫研究部長
山村 隆
TEL:042-341-2711(代表)  FAX:042-346-1753

【報道に関すること】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係
TEL:042-341-2711(代表)

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