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プレスリリース詳細

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2015年10月16日
国立研究開発法人
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2712 (広報係)
公立大学法人 奈良県立医科大学
Tel:0744-22-3051 (内2552) (研究推進課)
国立大学法人 東北大学
Tel:022-717-7891 (医学系研究科・医学部広報室)

人工赤血球により低酸素ストレス下の胎児の発育不良を予防することに成功

~妊娠高血圧症候群の新治療に道~

文部科学省研究助成事業の一環として、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市 理事長:樋口輝彦)、精神保健研究所(所長:冨澤 一郎)知的障害研究部 太田英伸室長、神経研究所(所長:武田伸一)疾病第二部 李コウ研究員、および公立大学法人 奈良県立医科大学(奈良県橿原市 学長:細井裕司)化学講座 酒井宏水教授は、東北大学・早稲田大学・崇城大学・理化学研究所と共同で、低酸素ストレスにさらされたラット胎児の発育不良を人工赤血球で予防することに成功した。

本研究では、妊娠高血圧症候群注1)で低酸素ストレスが加わる胎児への治療法を動物モデル(ラット)で開発した。妊娠高血圧症候群は約5%の妊婦に発症し、重症例では母体死亡、胎児発育不全、胎児・新生児死亡を引き起し、母体・新生児の予後を低下させる重篤かつ高率な疾患である。特に高齢出産が進む日本では、妊娠高血圧症候群の発症は増加傾向にある。これまで妊娠高血圧症候群の原因物質としてsFlt-1 (エス・エフエルティ・ワン:soluble VEGF receptor 1)等が発見され、これらの物質が胎盤血管(らせん動脈)を狭小化し血行不全を引き起こす。そのため、胎盤の血液循環が妨げられ、母子間のガス交換、栄養物質の運搬、老廃物の代謝が低下し、胎児が低酸素状態・子宮内発育不全になることが知られていた。

そこで研究グループは、狭小化した胎盤血管でも容易に通過できる小粒径(250 nm, ナノスケール・サイズ)で、かつ高い酸素運搬機能をもつ人工赤血球 (ヘモグロビン小胞体)を用いて、母体胎盤および胎児の低酸素状態を改善した。その結果、妊娠高血圧症候群の原因物質である母体血中のsFlt-1が低下し、胎児発育も促されることを確認した。加えて、低酸素ストレスが与えた胎児の脳へのダメージも人工赤血球の投与で抑えられることが明らかになった。

この成果は、妊娠高血圧症候群の発症を引き起こす原因物質を低下させるだけでなく、胎児発育不全を予防する新しい治療法として、周産期医学に貢献することが期待される。なお、人工赤血球注2)は輸血代替として実用化を目指す研究開発が進められている。

本研究成果は日本時間2015年10 月16日午後6時(報道解禁日時:イギリス時間10月16日午前10時)に、Nature Publishing の英国オンライン科学雑誌「Scientific Reports」で公開された。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題の共同研究によって得られた。

1.文部科学省研究助成事業
研究領域:基盤研究B
研究課題名:「ヘモグロビン型人工赤血球を用いた妊娠高血圧症に伴う胎児低酸素へのナノマイクロ治療」

2.文部科学省研究助成事業
研究領域:基盤研究C
研究課題名:「環境センサー遺伝子を用いた胎児発育を促進する子宮環境メカニズムの解明」

3.文部科学省研究助成事業
研究領域:基盤研究C
研究課題名:「人工血液カクテルによる胎児慢性低酸素症の治療法開発」

<研究の背景と経緯>

近年、妊娠高血圧症候群のメカニズムとして、胎盤由来の可溶型VEGF受容体-1 (sFlt-1)注3)と可溶型エンドグリン(sEng)注4)の過剰分泌が血管新生を抑え、胎盤血管(らせん動脈)を狭小化し血行不全を引き起こすことが明らかになっている。加えて、母体の自己抗体・免疫因子・ 酸化ストレスが胎盤機能を障害し、更にsFlt1, sEngの過剰分泌を促すことにより、妊娠高血圧症候群の症状を悪化させること、また、妊娠高血圧症群において胎盤の低酸素状態が胎盤からのsFlt-1の過剰分泌を誘導する可能性もわかっている。しかし残念ながら明確な関連因子および病態の全体像を特定するには至っていない。今後も関連因子の探索が長期に継続することが予想され、「妊娠高血圧症候群」に対する根本的な治療法は現在確立していない。

<研究の内容>

そこで私達は視点を変え、「妊娠高血圧症候群」の関連因子を特定し胎盤血管の狭小化を止めようとする従来の「予防治療」ではなく、胎盤形成過程で既に狭小化した胎盤血管に対する「対処治療」を開発する戦略を選択した。具体的には狭小化した胎盤血管においても効率よく通過できる小型(ナノスケール・サイズ)で、かつ高い酸素運搬能をもつ「人工赤血球」(図1)を用い、ラット妊娠高血圧症候群モデルにて胎盤組織の低酸素状態を改善することを試みた(毛細血管の直径サイズは動物種によらず、約8マイクロ・メートルであることが知られている)。本研究では、妊娠後期のラット妊娠母体に「人工赤血球」の点滴を連日行うことにより胎盤の低酸素ストレスを直接解除した(図2)。その結果、妊娠高血圧症候群の原因物質である母体血中のsFlt-1を低下させると同時に、胎児の発育不全を改善し、胎児の脳に対するダメージも抑制することができた。また人工赤血球には胎盤通過性がなく、人工赤血球から放出された酸素が母体から胎児に効率よく供給されることは以前の研究で確認されている。

<今後の展開>

今後、人工赤血球をベースとした新しいタイプの輸液(人工血液カクテル)を作製することにより、妊娠高血圧症候群の治療法として妊娠の終了(帝王切開・早産)だけでなく、その症状を軽減させる輸液療法も選択肢の1つとなる可能性が期待される。妊娠高血圧症候群のメカニズム解明・母体への安全性を考慮した更なる研究が求められる。また、この人工血液カクテルは酸素負荷処理により、低酸素ストレスに暴露される臓器だけでなく胎児・早産児注5)といった生体のレスキューにも直接利用可能である。なお人工赤血球については、今年度より日本医療研究開発機構AMEDの支援を受けて輸血代替としての臨床応用を目指した開発が進められている(代表研究者:酒井宏水教授)。

<参考図>

図1 人工赤血球(ヘモグロビン小胞体)

使われずに廃棄される赤血球製剤(期限切れ、検査落ち)から、酸素を結合するタンパク質(ヘモグロビン)だけを精製単離し、これを人工の脂質膜で包んだ微粒子を人工赤血球(ヘモグロビン小体)とよぶ。廃棄血の有効利用ができ、更に血液型がない、感染源がない、室温で2年以上保存できるなどの利点を有する。輸血代替としての有効性・安全性が動物実験で実証されている。

図1

図2 人工赤血球投与により胎児が低酸素ストレスから解除され、胎盤・胎児からの生物発光が上昇(Rosa26-lucラットを用いて胎盤・胎児への酸素供給状態を可視化)

  • (a)投与前:ラット母体の子宮(点線で囲まれた部分)には複数の胎児が存在する(通常10~15匹)。妊娠高血圧症候群に由来する低酸素ストレスが加わる胎盤・胎児が子宮内で青色に光っている。
  • (b)投与後:人工赤血球の投与により胎盤の低酸素ストレスが解除され、胎盤・胎児からの生物発光が上昇し、酸素供給が増加したことを示す(緑・黄・赤色の部分)。
図2

<用語解説>

注1)妊娠高血圧症候群
 妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、これらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないものをいう。 重症度が高い場合、母体に腎症・子癇(けいれんと昏睡)等を引き起こし、胎児の発育不全や健康状態の悪化をまねきやすい。母体または胎児に重篤な症状が現れた場合には、すみやかに妊娠を終了させることが母体・胎児の生命保護のために重要である。

注2)人工赤血球(ヘモグロビン小胞体)
 人工赤血球は、ヒト赤血球由来のヘモグロビンを脂質二分子層の人工膜で被覆した、粒子径約250nmの分子カプセルである。出血性ショックの蘇生液としても、十分な酸素供給能が確認されている。

注3)可溶型VEGF受容体-1 (sFlt-1)
 血管新生で重要なVEGFに結合するタンパク質。血中で過剰なsFlt1がVEGFに結合する結果、細胞膜上のVEGF受容体と結合するのに必要なVEGFが減少し、血管新生が妨げられる。母体血中のsFlt-1測定による妊娠高血圧症候群の早期発見が期待されている。

注4)可溶型エンドグリン(sENG)
 sENGは妊娠高血圧症候群の母体血中で増加し、sFlt-1と同様に血管新生を妨げる作用をもつ。

注5)早産児
 在胎37週未満で産まれた児のこと。在胎37~42週未満で産まれた児を正期産児とよぶ。

 

<原論文情報>

論文名:Artificial oxygen carriers rescue placental hypoxia and improve fetal development in the rat pre-eclampsia model
(人工赤血球は妊娠高血圧症候群ラット・モデルで胎盤の低酸素状態を解除し、胎児発育を促す)

著者:Heng Li, Hidenobu Ohta, Yu Tahara, Sakiko Nakamura, Kazuaki Taguchi, Machiko Nakagawa, Yoshihisa Oishi, Yu-ichi Goto, Keiji Wada, Makiko Kaga, Masumi Inagaki, Masaki Otagiri, Hideo Yokota, Shigenobu Shibata, Hiromi Sakai, Kunihiro Okamura, Nobuo Yaegashi

掲載誌:Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ誌)

URL:http://www.nature.com/articles/srep15271

 

<研究グループ一覧>

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所・神経研究所

奈良県立医科大学 化学講座

東北大学病院 産婦人科

早稲田大学 先進理工学部 生理・薬理研究室

崇城大学 薬学部 薬学科 薬物動態学研究室

理化学研究所 光量子工学研究領域 画像情報処理研究チーム

本リリースは、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、文科省科学記者会、科学記者会、奈良県政・経済記者クラブ、奈良県文化教育記者クラブ、宮城県政記者会に配布しております。

 

■お問い合わせ先

【研究に関すること】

太田 英伸(オオタ ヒデノブ)
国立開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 知的障害研究部 室長
〒187-8511 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel:042-341-2712(内線6274) Fax:042-346-2158
E-mail:

酒井 宏水(サカイ ヒロミ)
公立大学法人 奈良県立医科大学
医学部 化学講座・教授
〒634-8521 奈良県橿原市四条町84
Tel & Fax: 0744-29-8810
E-mail:

【報道に関すること】

国立開発法人 国立精神・神経医療研究センター 広報係
Tel:042-341-2711(代表)
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公立大学法人 奈良県立医科大学 研究推進課 産学連携推進係 井村 恵
Tel:0744-22-3051 (内2552)
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