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プレスリリース詳細

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2016年5月20日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
総務課広報係 TEL:042-341-2711

神経難病「多発性硬化症」に伴う脳脊髄炎症を抑える新たなリンパ球を
動物モデルの腸上皮内で発見

 

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:武田 伸一)の門脇淳研究員、 三宅幸子元室長(現:順天堂大学免疫学講座教授)、山村隆部長らの研究グループは、 腸内環境からの刺激によって誘導される腸管粘膜組織のリンパ球(腸上皮内リンパ球)が、多発性硬化症(MS)に伴う脳脊髄の炎症を抑える効果があることを、動物モデルで発見しました。
 MSは、脳や脊髄神経の働きに重要なミエリンが、自分自身の免疫によって炎症性に障害されてしまう‘自己免疫疾患’の一つで、 手足が動かしにくい、見えにくい、しびれる、 物忘れなど様々な神経症状を呈します。 MSの特定疾患受給者数は近年日本で急増しており、重要な医学的問題となっています。 研究グループは、その原因として、腸内環境の変化が原因ではないかとの発表を行ってきました(文献1,2)。 しかし、その肝心の免疫学的な機序は、ほとんど分かっていませんでした。
 研究グループは、MSの動物モデルを駆使し、MSに伴う脳脊髄の炎症を抑えることができるリンパ球が腸の上皮内に存在することを発見しました。 このリンパ球をMS動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の血中に細胞移入すると脳脊髄炎症部位に遊走し、LAG-3という分子の発現が上昇し、特有の機序で炎症を抑えることが分かりました。 また、そのリンパ球が腸管粘膜でできるためには、腸内細菌や、アブラナ科の植物などに含まれるアリール炭化水素受容体リガンドと呼ばれる物質の働きが重要であることを見出しました。
 これらの結果より、腸内環境は、MSにとって‘良いリンパ球’の産生に重要であると考えられました。これは、食生活の変化に伴う腸内環境の異常により、研究グループが見出した腸の‘良いリンパ球’が減少してしまうことが、MS発症の原因である可能性が想定され、今後この研究成果を礎にした画期的なMS治療が期待されます。

この研究成果は、2016年5月20日午後6時(報道解禁日時:イギリス時間5月20日午前10時)Nature Communicationsオンライン版に掲載されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

日本学術振興会 科研費 基盤研究(S)「多発性硬化症と腸内細菌・腸管免疫の関連に関する研究」
厚生労働省 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等実用化研究事業「多発性硬化症の新規免疫修飾薬を検証する医師主導治験」
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 難治性疾患実用化研究事業 委託費「多発性硬化症に対する新規免疫修飾薬の実用化に関する研究」
特定非営利活動法人 日本多発性硬化症協会 平成26年度調査研究助成

■研究の背景
多発性硬化症の免疫病態と腸内環境

 多発性硬化症(MS) は、脳脊髄のミエリン(*1)に対して自分の免疫が炎症を惹起し、障害を起こしてしまう自己免疫疾患の一種であると考えられています。 MSの発症は、遺伝的素因と環境因子が複合的に関与すると考えられています。 MSは、かつては西欧と比べて日本では非常に少ない疾患でしたが、近年日本のMS特定疾患受給者数は急増しています。 同様に日本で急増している免疫疾患として、炎症性腸疾患があり、日本人の食習慣の欧米化による腸内環境の変化が原因と推定されています。 私達は日本のMS増加も同様に腸内環境の変化が重要であると推定し、研究を行ってきました(文献1,2)。 世界的にも、腸内環境と免疫疾患の関連について関心が高まってきています。 しかし、腸内環境がどのような免疫学的機序でMSなどの自己免疫疾患に影響を与えているか、ほとんど分かっていません。
 MSでは、リンパ球(*2)の一種であるT細胞が炎症病巣を形成する中心的役割を担うと考えられています。 T細胞は胸腺で作られた直後は、機能を持っていないナイーブT細胞と呼ばれる状態ですが、T細胞受容体を介して免疫の標的となる物質である‘抗原’を認識し、サブセット(亜型)に分化・増殖すると、その種類によって異なる免疫反応を惹起します(図1)。 MSでは、脳脊髄ミエリンを標的抗原とした、炎症性T細胞サブセットが、脳脊髄ミエリンに炎症を惹起してしまうことが病気の原因として重要と考えられています。 炎症性T細胞は、通常制御性T細胞によって抑えられているため、病気になりにくいようになっていますが、炎症性T細胞がなんらかのきっかけで、制御性T細胞の働きをうわまってしまうと、MSを発症してしまうと考えられます。
腸の内腔には、100兆個とも言われる腸内細菌や食事成分によって、巨大で多様性に富んだ腸内環境が形成されており、それによって腸には多種多様のリンパ球が誘導されています。 故に、腸は人体最大の免疫系を形成していると言われます。 さらに最近ではその巨大な腸管免疫系のリンパ球の中のT細胞サブセットが、MSなどの腸管外の自己免疫疾患に影響を与えている可能性が示唆されています。 腸には、腸内細菌などに由来する様々な種類の抗原が存在します。 そのため、あらゆる抗原に反応性を持つT細胞が存在します。 しかし、腸にMSで重要なミエリン抗原に反応するT細胞(以下、ミエリン抗原反応性T細胞)が存在し得るのか、また存在したとして、それらがMSに対して実際にどのような機能を発揮するか、よく分かっていません。 これは腸内環境とMSのつながりを考える上で重要なことです。

図1 T細胞サブセットとMS

免疫の標的である‘抗原’に出会っていないT細胞(ナイーブ T細胞)がT細胞受容体を介して抗原を認識し、 さらにその他の刺激を受けると、特有の機能を持ったT細胞サブセット(亜型)に分化する。 例えば、ナイーブ T細胞が、抗原とともにサイトカイン(*3)であるIL-6、TGF-βといった刺激を受けると、 RORγtというサブセット特有の‘転写因子’を発現し、 IL-17Aという炎症を惹起するサイトカインを産生するTH17という‘炎症性T細胞’サブセットになる。 また異なる刺激で、Treg、Tr1といった炎症を抑制する‘制御性T細胞’も誘導される。 これら炎症性T細胞と制御性T細胞のバランスが崩れると、MSをはじめとする自己免疫疾患を発症すると考えることができる。


■研究の内容
MS動物モデルである’2D2マウス’を使用し、腸のミエリン反応性T細胞の機能を研究

 私達は、腸におけるミエリン抗原反応性T細胞の存在及びその機能を見ることを実験的に可能にするために、全身のT細胞がミエリン抗原を認識するT細胞受容体を持つ、2D2マウス(*4)を使用しました。2D2マウスの腸には、驚いたことに、ミエリン抗原に反応する受容体を持ったT細胞が多数存在し、さらに腸の免疫の最前線で、腸内環境の影響を受けやすい腸上皮内に存在するリンパ球(上皮内リンパ球:IEL)が多く見られることが分かりました。これは、腸にはミエリン抗原反応性T細胞サブセットの増殖・維持を支持する仕組みがあることを示唆します。次に2D2マウス腸で多く見られたIELを、MSの動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)(*5)に細胞を移入すると、脳脊髄の炎症部位に遊走し、EAEが軽症化することが分かりました。この炎症を抑える機能を発揮するIEL(以下、制御性IEL)は特殊な性質を持っており、炎症制御能を持っているにもかかわらず‘TH17’と呼ばれる炎症性T細胞サブセットに性質が似ており、制御性T細胞に発現する転写因子であるFoxp3を発現していませんでした。さらに‘制御性IEL’の炎症抑制の分子機序を研究したところ、炎症部位でLAG3(*6)という分子を高く発現し、この分子が炎症を抑える重要な役割を果たすことが分かりました。引き続き私達は、腸内環境の中で何がこの‘制御性IEL’の誘導に重要かを研究しました。そして、IELの腸への誘導には、腸内細菌やブロッコリー、キャベツや白菜といったアブラナ科の植物に多く含まれるアリール炭化水素受容体リガンド(*7)と呼ばれる物質が重要であることを突き止めました。またミエリン抗原反応性の’制御性IEL‘が腸内環境に由来する抗原に反応することが示唆されました。これらの結果より、腸内環境がMSに伴う脳脊髄の炎症を抑えることのできる、特有の機能を持ったT細胞である’制御性IEL’の産生の場であることが分かり、MSの発症抑制・病気の軽減に重要な役割を果たすことが考えられました(図2)。
 

図2 腸上皮内リンパ球によるMSの制御

腸内環境を構成する、腸内細菌やアブラナ科の植物に含まれるAhRリガンドなどによって、MSに伴う脳脊髄炎症を抑えることのできる腸上皮内リンパ球(IEL)が誘導されている。


■研究の意義と今後の展開
腸内環境で誘導される‘制御性IEL’のMS治療への応用

 MSや他の自己免疫疾患の予防・治療に関して腸内環境の重要性が盛んに唱えられてきていますが、それに対して一定の免疫学的根拠を示した研究成果です。今後は、MS制御能を持つIELを増やすような腸内環境(腸内細菌・食事成分)の形成によって実際にMSが良くなるかをまず動物モデルで検討することが考えられます。また、近年腸のリンパ球は腸管外に出て、脳脊髄など腸管外臓器に直接作用しているとの報告が相次いでおり、腸由来の‘制御性IEL’が健常人やMS患者の末梢血・髄液で検出される可能性が充分あります。これらを研究することで、腸内環境の自己免疫疾患への影響の科学的理解が深まり、どのような腸内環境がMS発症予防、治療につながるか、明らかになってくると考えられます。今回の研究成果はその礎となる、まさに常識を超えた、新たな治療に結びつく可能性のある研究成果と考えらえます。


■用語解説
*1) ミエリン
 脳脊髄に存在するグリア細胞であるオリゴデンドロサイトが産生し、神経の軸索の鞘を形成している。 神経の伝導に非常に重要な役割をはたす。主にリン脂質と蛋白から構成される。

*2) リンパ球
 体内で免疫を担当する細胞。T細胞、B細胞、NK細胞、NKT細胞などがある。リンパ球は骨髄で作られる。T細胞は胸腺でその後成熟し、胸腺から出た大部分がナイーブT細胞として全身を循環する。

*3) サイトカイン
 標的細胞の挙動や性質を変化させる可溶性タンパク。

*4) 2D2マウス
 ミエリン蛋白の一つである、myelin oligodendrocyte glycoprotein (MOG)を認識するT細胞受容体(2D2-TCR)を遺伝子導入したマウス。このマウスのT細胞の大多数が2D2-TCRを発現している。 一部は、視神経炎、麻痺などMS様の症状を自然発症する。(Bettelli et al. J. Exp. Med. 2003)

*5) 実験的自己免疫性脳脊髄炎(Experimental Autoimmune Encephalomyelitis ; EAE)
 実験動物のマウスに、ミエリン蛋白とアジュバント(補助剤)で免疫すると、ミエリンに対する自己免疫疾患の状態を人為的に誘導できる。MSの動物モデルとして広く使用されている、

*6) LAG-3 (lymphocyte activation gene-3:CD223)
 T細胞の共receptorであるCD4に類似した構造を持っている様々なリンパ球に発現する細胞表面蛋白で、MHCクラスⅡ分子というT細胞の抗原認識の際に重要な分子と強く結合する。Foxp3陽性の制御性T細胞の制御能の一部を担う分子との報告がある。

*7) アリール炭化水素受容体リガンド (AhRリガンド)
 アリール炭化水素受容体(AhR)は、bHLH-PAS(Basic HelixLoop-Helix-Per-Arnt-Sim)ファミリーに属する、遺伝子の発現を調整する転写因子。‘リガンド’となる物質が結合すると、転写因子として機能を発揮するようになる。AhRはリンパ球を含め、体内の様々な細胞に発現するが、特に腸や皮膚、肺など外界との境界部位に高発現している。アブラナ科の植物に多く含まれるAhRリガンドとして、indole-3-carbinolと呼ばれる物質が知られている。  


■原論文情報
論文名:”Gut environment-induced intraepithelial autoreactive CD4+ T cells suppress central nervous system autoimmunity via LAG-3”
著者:門脇淳、三宅幸子、佐賀亮子、千葉麻子、望月秀樹、山村隆
掲載誌:Nature Communications オンライン版 2016.5.
DOI:10.1038/ncomms11639
URL: http://www.nature.com/naturecommunications
 

お問い合わせ先

【研究に関すること】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 免疫研究部
門脇 淳(研究員)、山村 隆(部長)
TEL:042-341-2711 (代表) FAX:042-346-1753

 

【報道に関すること】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係
TEL:042-341-2711(代表)

 

本リリースは、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブに配布しております。

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