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プレスリリース詳細

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2016年9月1日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
総務課広報係 TEL:042-341-2711

自閉症スペクトラムのリスク因子として
アンチセンスRNAの発現調節が関わることを発見

 

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:武田伸一)疾病研究第六部 井上-上野 由紀子研究員、井上高良室長らの研究グループは、 多くの自閉症スペクトラム患者が共通して持っているものの機能が不明であったDNA配列を、独自の技術を用いて染色体に組込んだ遺伝子改変マウスを作製し、そのDNA配列の中に脳神経系の発達に重要な遺伝子の調節活性があることを初めて明らかにしました。 これは、着目したDNA配列の個人差が自閉症スペクトラムのリスク因子のひとつとなりうることを示す結果です。 この成果は、極めて複雑な自閉症スペクトラムの遺伝的原因の中でも特に、発症への影響が小さく、技術的にも検証が難しかったため研究が進んでいなかったリスク因子の機能を明らかにした点で非常に意義深いものです。
 

2009年に史上最多の自閉症スペクトラム患者を対象として行われた全ゲノム関連解析により、 多くの患者が共通して持っている遺伝的多型(スニップ)は遠く離れた二つの遺伝子の間にあることが見出され、 2012年にはそのゲノム領域からアンチセンスRNAが発現することが報告されていました。 研究グループは、細菌人工染色体と呼ばれる遺伝子操作ツールをマウス受精卵へ注入する方法により、 この自閉症スペクトラムリスク領域をマウスの染色体へ組み込み、RNA発現の時期や場所を調節する活性(エンハンサー活性)を調べました。 それにより、脳の発生・発達に重要な時期に、患者で異常があることが度々報告されている脳部位(大脳皮質、線条体、小脳)において、そのリスク領域にはRNA発現をコントロールする活性があることを初めて見出しました。 エンハンサーの配列が変わってしまうと、RNA発現の時期や場所を正しくコントロール出来なくなるため、病気のリスクとなることが知られていますが、今回研究グループが着目した遺伝的多型もまさにその例の一つであり、 アンチセンスRNAの発現調節が自閉症スペクトラムのリスク因子となりうることが明らかになりました。 また、スニップ情報は薬に対する反応性を予測するオーダーメイド医療において利用されるため、 この研究で着目した塩基配列の個人差がマーカースニップの一つとなることも期待されます。

この研究成果は、日本時間2016年8月9日にNature Publishing の英国オンライン科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ誌)」に掲載されました。
www.nature.com/articles/srep31227


本成果は、以下の研究助成金によって得られました。
JSPS科研費24510280(井上由紀子)
JSPS科研費24300130, 16H06528(井上高良)
精神・神経疾患研究開発費24-12, 26-9, 27-7

■研究の背景
 自閉症スペクトラムは、社会的相互干渉の質的異常、コミュニケーションの質的異常、および興味の限局と反復行動を特徴とする発達障害のひとつです。研究グループでは、この疾患に関わる遺伝子の発現調節について、細菌人工染色体を利用した独自の技術により解析を進めてきました。

図1

 
 病気の原因となる遺伝子の異常は、大きく二つに分けられます(図1-(1))。一つの遺伝子の働きに異常が起こっただけで病気を発症する場合(決定因子と呼ばれる)と、複数の遺伝子の小さな異常が積み重なることによって病気を発症する場合(リスク因子と呼ばれる)です。現在、自閉症スペクトラムの原因となる遺伝的変化を明らかにする研究が世界中で精力的に進められていますが、これまでに見つかった原因遺伝子のほとんどが前者で、全患者のわずか25%程度しか説明することができず、それ以外の多くの自閉症スペクトラム患者は複数の遺伝的リスク因子を持っていると考えられています。患者群と健常者群の塩基配列を比べることによって、病気の発症には小さな影響しか持たないが、多くの患者が共通して持っている塩基配列の違い(スニップ:図1-(3))をゲノム全体から見つけ出す方法は「全ゲノム関連解析」と呼ばれています。2009年に見つかった多くの自閉症スペクトラム患者が共通して持っているスニップは、遠く離れた二つの遺伝子の間に位置し、 蛋白質のコード情報を持たない遺伝子砂漠のような場所にありました(図2)。2012年には、このゲノム領域からアンチセンスRNAと呼ばれる長いRNAが発現していることが報告され、神経細胞の発達に影響を与えるMoesin(モエシン)という蛋白質の量を減らす可能性があることが示唆されていました。しかしながら、脳の発生・発達に重要な時期にそのアンチセンスRNAが発現している証拠はつかめていませんでした。

図2 自閉症スペクトラム患者群が共通して持っているスニップを含む
ゲノム領域を対象とした研究方法と結果

図2


■研究の内容
 このゲノム領域の塩基配列の違いが自閉症スペクトラムのリスク因子となる理由をさらに詳しく調べるため、研究グループでは、細菌人工染色体と呼ばれる遺伝子操作ツールを使って、マウスの染色体にヒトの自閉症スペクトラムリスク領域を組み込み、RNA発現に影響を与えている時期や場所を調べました(図2)。まず、ヒトの自閉症スペクトラムのリスク領域をふくむ細菌人工染色体に、RNA発現をコントロールする活性があった場合にのみ組織を青色で可視化することができる標識を付け、マウス受精卵へ注入して染色体に取り込ませました。このマウスの脳を調べたところ、脳の発生・発達に重要な時期に、自閉症スペクトラムの患者で異常があることが度々報告されているような脳部位(大脳皮質、線条体、小脳)において、青色標識が観察されました。その一方で、このリスク領域を含まない隣接ゲノム領域に対応する細菌人工染色体で同様の実験を行っても、青色標識は全く観察されませんでした。つまり、多くの自閉症スペクトラム患者が共通して持っている遺伝的多型を含むゲノム領域にのみRNA発現の時期と場所をコンロトールする活性があることがわかりました。RNAを定量することによって、それは神経細胞の発達に影響を与えるMoesinという蛋白質の量を減らす可能性があることが報告されているアンチセンスRNAだという結果が得られました(図3)。
 さらに、マウスやラットはヒトの自閉症スペクトラムのリスク因子となる塩基配列を持っておらず、アンチセンスRNAはヒトを含む霊長類のみで発現していることも明らかにしました(図3)。この結果は、極めて複雑な自閉症スペクトラムの遺伝的原因の中でも特に、発症への影響が小さいため研究が進んでいないリスク因子の機能を明らかにした点で意義深いと言えます。
 

図3 アンチセンスRNAはヒトを含む霊長類のみで発現しており、
神経細胞の発達に関与するMoesin蛋白量に影響を与える可能性がある

図3


■研究の意義と今後の展開
 私たちのゲノム配列の中で、特定の働きを持つ蛋白質をコードする部分(遺伝子)はわずか数%だけで、それ以外の配列のなかに遺伝子の発現をコントロールする配列(エンハンサー)が含まれています(図1-(2))。遺伝子配列に変異が起こり、蛋白質の構造や機能が変わってしまうと病気の原因になりますが、エンハンサーの配列が変わってしまう場合にも、蛋白質発現の時期や場所を正しくコントロール出来なくなり、病気の原因となることが知られています。今回、研究グループが着目した自閉症スペクトラムの遺伝的多型も、まさにこの例のひとつであり、この疾患の遺伝的原因が非常に複雑であることを再認識する結果となりました。現在、自閉症スペクトラム以外の疾患に関しても全ゲノム関連解析が盛んに行われ、数多くのリスク因子が見出されていますが、それらのほとんどは蛋白質をコードしないゲノム領域に含まれているため、今回のように細菌人工染色体を利用してヒトのゲノム配列をマウス染色体に組み込み、遺伝子発現への影響を調べる方法は今後も有用だと考えられます。
 また、各人のスニップ情報を用いて予め薬の効きやすさや副作用を予測して投与量を決める方法はオーダーメイド医療と呼ばれており、より効果的に安全な医療を提供するための研究が進められています。自閉症スペクトラムに関しても、現在オキシトシンなどの治療薬としての試験が進む中で、反応性を予測するスニップの研究が進められており、この点から本研究で着目した塩基配列の個人差がマーカースニップとなる可能性も考えられます。


■用語解説
・ ゲノム
 生物にとって必要な遺伝情報の1セット。生殖細胞がもつ1組(ヒトでは23本)の染色体のDNAに含まれるすべての塩基配列情報。

・ 遺伝的多型
 同一種に属する生物であっても、個々のゲノムの塩基配列は多種多様であり、個体差がある。代表例として、ひとつの塩基が別の塩基に置き換わっている「一塩基多型(SNP;スニップ)」があり、病気にかかりやすさや薬の効きやすさと関連することがわかってきている(図1-(3))。

・ アンチセンスRNA
 蛋白質に翻訳されるRNAをmRNAと呼び、特定のmRNA配列に相補的な配列を持つRNAをアンチセンスRNAと呼んでいる。アンチセンスRNAは、mRNA に直接結合してmRNAを分解させたり逆に安定化したり、あるいは間接的にmRNAの転写量に影響を与えることによって、そのmRNAから翻訳される蛋白質の量に影響を与えていると考えられている。

・ 全ゲノム関連解析
 ゲノム全体をほぼカバーするような、50万個以上の一塩基多型(スニップ)の遺伝子型を決定し、患者群と健常者群でスニップの頻度と疾患との関連を統計的に調べる方法。

・ 細菌人工染色体
 遺伝子操作に広く用いられるプラスミドベクターは、およそ10,000塩基のDNA配列しか運ぶことができないが、細菌人工染色体はその10〜20倍もの長さの塩基配列を扱えるようにプラスミドベクターに工夫を施したものである。本研究では、ヒトの塩基配列を持つ細菌人工染色体を利用して、マウスの染色体にヒト配列を組み込み、その活性を調べた。

・ エンハンサー
 遺伝子とは別の場所にあって(遺伝子から近い場合も遠い場合もある)、遺伝子を発現させる時期や場所をコントロールしている塩基配列。その塩基配列に転写因子(遺伝子発現を調節する蛋白質)が結合することによって、遺伝子発現がコントロールされる。  


■原論文情報
論文名:Brain enhancer activities at the gene-poor 5p.14.1 Autism associated locus. Yukiko U. Inoue & Takayoshi Inoue
著者:Yukiko U. Inoue & Takayoshi Inoue
掲載誌:Scientific Reports, 6, 31227
DOI: 10.1038/srep31227
URL: http://www.nature.com/articles/srep31227
 

お問い合わせ先

【研究に関すること】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第六部
井上-上野 由紀子(研究員)、井上高良(室長)
TEL:042-341-2711 (代表) FAX:042-342-7521 (代表)
E-mail:

【報道に関すること】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係
TEL:042-341-2711(代表)


本リリースは、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブに配布しております。

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