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プレスリリース詳細

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2016年10月26日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
総務課広報係 TEL:042-341-2711

『潜在的睡眠不足』の解消が内分泌機能改善につながることを明らかに


■本成果のポイント

  • 1. 健康成人の必要睡眠時間を精密に測定した結果、平均約1時間の自覚していない睡眠不足(潜在的睡眠不足)が存在することが明らかになりました。
  • 2. 潜在的睡眠不足の解消により、眠気のみならず、糖代謝、細胞代謝、ストレス応答などに関わる内分泌機能の改善が認められました。
  • 3. 潜在的睡眠不足は自覚していないがゆえに長期間にわたり持続する危険性があり、中長期的な健康リスクに留意する必要があると考えられます。

 

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)精神保健研究所(所長:中込和幸) 精神生理研究部の北村真吾室長、三島和夫部長らのグループは、現代人の多くが自覚できない睡眠不足(潜在的睡眠負債)を抱えている危険性を明らかにしました。
 睡眠不足は生活習慣病やうつ病などさまざまな健康リスクを高めることは広く知られていますが、個人の睡眠不足度を定量評価して健康への影響を見た実証研究は測定技術上の困難さからこれまでほとんど行われていませんでした。本研究では健康な成人男性15名(平均年齢23.4 歳)を対象として、特殊な実験室内で9日間にわたり就床時間を12時間に延長して睡眠を充足(飽和)させる試験に参加してもらいました。試験期間中の睡眠時間の変動曲線から各被験者の必要睡眠時間を個別に算出したところ平均8.41時間(8時間25分)と試算されました。一方、自宅での習慣的睡眠時間はそれより1日当たり平均1時間短いことが明らかになりました。さらに、睡眠延長後には眠気の解消だけではなく、空腹時血糖値の低下、基礎インシュリン分泌能の増大、甲状腺刺激ホルモンや遊離サイロキシン濃度の上昇、副腎皮質刺激ホルモンやコルチゾール濃度の低下など、糖代謝、細胞代謝、ストレス応答などに関わる内分泌機能が有意に改善しました。これらの結果から、試算された1日当たり1時間の睡眠不足は被験者の心身機能に負担となっているにもかかわらず、眠気などの症状が乏しいために本人はその存在を自覚できない潜在的睡眠不足(potential sleep debt)と命名し、臨床上および公衆衛生学上留意すべき危険な睡眠習慣として注意を喚起したいと思います。
 本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム、文部科学省科学研究費、および国立精神・神経医療研究センター精神・神経研究開発費事業の一環として行われ、2016 年10月24日に科学雑誌「SCIENTIFIC REPORTS」に掲載されました。

  

■研究の背景
 睡眠は我々の生活の約3分の1を占める必要不可欠な生活習慣ですが、十分な睡眠時間を確保できない現代人が増加しています。日本人は世界的に見てもとりわけ睡眠時間が短いことで知られ、NHKの生活時間調査によれば日本人の睡眠時間は過去40年間にわたり一貫して減少を続けています。その結果、経済協力開発機構(OECD)の調査でも日本は加盟国中で最も睡眠時間が短い国の一つとなってしまいました。
 睡眠不足は眠気やパフォーマンスの低下をはじめ、記憶・学習、代謝、免疫などさまざまな精神・身体機能を阻害することが明らかになっています。糖尿病やうつ病など種々の健康リスクと睡眠時間との関係を調べた疫学研究の結果では、日本人の睡眠時間は4時間以下から10時間以上まで幅広く、7-8時間を底としたU字型の関係(長くても短くてもリスクが高まる)が報告されています。
 しかしこれはあくまでも大規模調査での平均値です。必要睡眠時間には大きな個人差が存在すると考えられており、特定の睡眠時間を個々の指導目標値として外挿することはできません。ところが、測定技術上の困難さからこれまで心身機能を適切に維持するために必要な睡眠時間やその個人差についての知見はごく限られていました。


■研究の内容
 本研究では、健康な成人男性15名(平均年齢23.4 歳)に、実験室内で9日間にわたり就床時間を12時間に延長して睡眠を充足(飽和)させる試験に参加してもらいました。一般的にこのような条件下では、試験開始当初は日頃の睡眠不足の反動で長時間眠りますが、日ごとに充足されて睡眠時間は減少していきます。睡眠時間の減少曲線の漸近線を個人の必要睡眠時間とみなしました。また、この必要睡眠時間と、試験に先立って2週間にわたり自宅で測定した習慣的睡眠時間との差を、自覚していない睡眠不足(潜在的睡眠不足)として算出しました。
 本研究の結果、被験者の自宅での習慣的睡眠時間は平均7.37時間(7時間22分)で全国調査の同年代の睡眠時間とおおむね同じ睡眠時間を確保していました。過去に世界中で行われた睡眠ポリグラフ試験の結果をメタ解析した研究(Ohayon, et al., 2004)においても、健康な23歳の睡眠時間は平均約7.3時間と見積もられており、実際、参加した被験者は普段の生活で睡眠不足を全く自覚していませんでした。
 それにも関わらず睡眠延長試験に入ると、初日の睡眠時間は10時間以上に達し、その後漸減したものの在宅での習慣的睡眠時間を上回る水準で定常化しました(図を参照)。数学的に推定された必要睡眠時間は平均8.41時間(8時間25分)であり、習慣的睡眠時間との差は平均1時間と試算されました。
 9日間かけた睡眠不足の解消によって、眠気だけでなく生活習慣病やストレスに関わる内分泌機能にも改善がみられました。具体的には、空腹時血糖値が低下し、基礎インシュリン分泌能(HOMA-β)が増大しました。また、細胞代謝に関わる甲状腺刺激ホルモンや遊離サイロキシン(T4)濃度が上昇し、逆にストレスホルモンである副腎皮質刺激ホルモンやコルチゾール濃度は低下しました。
 

図1

図2
 

 試験中に延長した睡眠の大部分は浅いノンレム睡眠(睡眠段階1+2)およびレム睡眠でした。逆に、深いノンレム睡眠(徐波睡眠、睡眠段階3+4)は睡眠延長に入る前から終了時まで一貫してほぼ同じ量が保たれていました。これは睡眠不足時には深い睡眠が最優先で保たれ、浅い睡眠やレム睡眠から削ぎ落とされることを示しています。しかし本研究から、浅い睡眠やレム睡眠もまた代謝やストレス応答機能の維持にとって重要であることが明らかになりました。巷で広まっている「短時間睡眠法」の問題点を浮き彫りにした結果と言えるでしょう。
 これらの結果から、習慣的睡眠時間から試算された1日当たり1時間の睡眠不足は被験者の心身機能に負担となっている臨床上問題のある睡眠不足でありながら、眠気などの症状に乏しいため本人は睡眠不足の存在を自覚できない潜在的睡眠不足(potential sleep debt)と命名しました。今回参加した被験者15名中実に13名、すなわち大部分の被験者が潜在的睡眠不足に陥っていました。
 算出された必要睡眠時間には個人差がみられ、もっとも短い人で7.29時間(7時間17分)、長い人で9.26時間(9時間15分)と、約2時間の違いがみられました。したがって習慣的睡眠時間からシンプルに潜在的睡眠不足度を推定することはできません。しかし本研究の結果、「休日の寝だめ」の長さが潜在的睡眠不足度を推測する一つの目安になることが分かりました。休日の寝だめに相当する「睡眠延長初日の睡眠時間と習慣的睡眠時間との差(睡眠リバウンド)」が潜在的睡眠不足と強く相関していたからです(r=0.769)。例えば、本試験の被験者では睡眠延長初日に自宅よりも3時間ほど長く眠りました。休日に長時間の寝だめを行わないで済む睡眠時間の確保が、潜在的睡眠不足を予防する目標となるでしょう。(睡眠リバウンドを自宅で概算するには、個室で、目覚ましをかけず、遮光カーテンを引いて自然に覚醒し、それ以上2度寝ができなくなるまで眠ってください。実質的に眠った時間を合計します)
 本研究では、9日間にわたって潜在的睡眠不足を解消(睡眠を充足)した後に、一晩完全に断眠(徹夜)をしてもらいました。その翌晩に12時間就床したところ再び睡眠リバウンド(長時間睡眠)が認められましたが、驚いたことに睡眠延長初日の睡眠時間よりも短く済みました。このことからも、潜在的睡眠不足が心身に与える悪影響を軽視してはならないことが分かります。


■今後の展開
 私たちは眠気をバロメータにして睡眠不足の有無を判断しがちです。しかし本研究から自覚症状のない睡眠不足でも私たちの心身に無視し得ない負担を生じている危険性が明らかになりました。
 潜在的睡眠不足が中長期的に持続した場合にどのような健康被害が生じるか、現時点では明らかになっていません。しかし、自覚できないがゆえに何ら対処もせず、若年時から潜在的睡眠不足を長期間にわたり抱え込んでしまう可能性が高く、その影響は決して無視できないのではないかと危惧されます。潜在的睡眠不足は私たちの健康を害する恐れのある従来知られていなかった生活習慣の盲点として今後も広く注意を喚起したいと思います。


■論文名
原著名:Estimating individual optimal sleep duration and potential sleep debt
http://www.nature.com/articles/srep35812
http://rdcu.be/lOP2
和訳:個人の最適睡眠時間と潜在的睡眠負債の評価
 

<本発表資料のお問い合わせ先>
氏名:三島和夫
機関・所属名:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・精神生理研究部
住所:〒187-8553 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel & Fax: 042-346-2071 & 042-346-2072
E-mail:E-mail

<本リリースの発信元>
機関名:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
担当:総務課広報係
住所:〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel & Fax:042-341-2711(代表) & 042-344-6745
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