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プレスリリース詳細

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2017年4月5日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)

第4回リサーチフロントアワード(トムソン・ロイター)を受賞した木村英雄
シグナル分子硫化水素(H2S)と一酸化窒素(NO)の相乗効果が
ポリサルファイド(H2Sn)生成によることを解明

  

 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:武田伸一)の神経薬理研究部 木村英雄らのグループは、明治薬科大学教授小笠原裕樹、東京大学教授浦野泰照、同准教授花岡健二郎との共同研究により、硫化水素(H2S)と一酸化窒素(NO)との相乗効果が、ポリサルファイド(H2Sn)生成によることを明らかにしました。これは、H2SとNOが反応して活性のより強いH2Snが生成したことを示すものです。H2Snのうち特に、n=2,3のH2S2とH2S3が生成したことを明治薬科大学との共同研究でLC-MS/MSを使って検出し、さらに、痛みの伝達を行う骨髄後根神経節細胞のtransient receptor potential ankyrin 1 (TRPA1)チャネル活性化を、東京大学薬学部と共同開発したH2Sn選択的蛍光プローブとCa2+イメージングリアルタイム計測によって示しました。このことにより、それぞれH2SあるいはNO単独により伝達されると考えられたTRPA1を介した痛みの伝搬が、H2Snにより行われている可能性が高くなりました。すなわち、H2SとNOの相互作用はシグナル分子H2Sn生成の新規経路である可能性を示唆します。
 今回使用した蛍光プローブは、H2Snに選択性を示す、初の可逆的プローブであり、従来開発されていた不可逆プローブが、H2Snと反応するとH2Snが消滅した後も蛍光を発しているのに対して、H2Snの消失とともに蛍光も消光することが可能になりました。このプローブを使って、H2Sn動態をリアルタイムで感知することができました。
 H2S2とH2S3がH2SとNOから生成される生理活性分子実態であることが明らかになったことで、これまでNO単独によると考えられていた血管平滑筋弛緩作用等が、H2Sと相互作用して生成されたH2S2とH2S3によるものである可能性が出てきました。
 今後、抗不安薬や抗疼痛薬開発への進展が期待されます。神経分化の促進作用もあるため、再生医療への応用も期待されました。
 本研究成果は、日本時間2017年4月5日午後6時(報道解禁日時:イギリス時間4月5日午前10時)に、Nature Publishing の英国オンライン科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ誌)」に掲載されました。   


■硫化水素(H2S)の研究経緯について
 木村英雄らは、これまでに人体内で生成される硫化水素H2Sが神経伝達調節因子として機能していることを1996年に世界で初めて報告し、その後、硫化水素が血管弛緩を誘導すること及び神経細胞を酸化ストレスから保護する機能を発見、続いて、脳と腎臓内でH2Sが効率よく生合成される経路を発見、硫化水素が結合したポリサルファイド(H2Sn)が脳内のシナプスによる神経伝達を活性化させる仕組みを発見、硫化水素からも生成される生理活性物質のトリサルファイド(H2S3)が主なポリサルファイドであることを発見するなど、生合成経路や仕組みを次々と明らかにしてきています。   


■研究の背景
 本研究グループは、血管平滑筋弛緩において、H2SとNOとが相乗効果を示すことを20年前に発見し(*1)、その発見はその後のH2S/NOクロストーク研究を拓くこととなりました。最近、H2SとNOとの相互作用により、HNO(ニトロキシル)、HSSNO(ニトロソパーサルファイド)、H2Snができることが報告されましたが、H2Snについてはほとんど考察がなされていませんでした。
 本研究グループは、H2Snが脳に存在し、記憶や痛みの伝達などに関わるTRPA1チャネルを活性化すること(*2)、そして、H2S3やH2S2が3-mercaptopyruvate (3MP)から3-mercaptopyruvate sulfurtransferase (3MST)によって生合成されること(*3)をそれぞれ2013年と2015年に報告しています。2013年の報告に続いて、H2Snによる神経分化促進、抗高血圧、抗酸化ストレス制御、癌抑制因子制御などが次々と報告されました。
*1(引用元)Hosoki, R., Matsuki, N. & Kimura, H. The possible role of hydrogen sulfide as an endogenous smooth muscle relaxant in synergy with nitric oxide. Biochem. Biophys. Res. Comm. 237, 527-531 (1997). PMID:9299397
*2(引用元)Kimura, Y., Mikami, Y., Osumi, K., Tsugane, M., Oka, J-I, and Kimura, H. Polysulfides are possible H2S-derived signaling molecules in rat brain. FASEB J. 27, 2451-2457, 2013. doi: 10.1096/fj.12-226415.
*3(引用元)Kimura, Y., Toyofuku, Y., Koike, S., Shibuya, N., Nagahara, N., Lefer, D., Ogasawara, Y., Kimura, H. Identification of H2S3 and H2S produced by 3-mercaptopyruvate sulfurtransferase in the brain. Sci. Rep. 5:14774, 2015. DOI: 10.1038/srep14774.
 

■研究内容
 H2SとNOとの相乗効果について、ドイツのEbenhardtらは、両者の相互作用によりHNOとH2Snができることを報告し、HNOがTRPA1チャネル活性化の分子実態であることを結論付けました(*4)。一方、イギリスのCortese-Krottらは、相互作用によりHSSNOとH2Snができることを報告し、HSSNOがNOのキャリアとして働くことを報告しています(*5)。両グループ間で、HNOとHSSNOについては論争中ですが、残念ながら、H2Snについての実験と考察がほとんどなされていませんでした。日本のMoustafa&Habaraは、H2SあるいはNO放出剤投与により、細胞内の対応分子との相互作用によりH2Snができることを報告しています(*6)。
 本研究部グループは、H2SとNOとの相互作用により、H2S2とH2S3とが生成されることをLC-MS/MSで確認し、H2Sn選択的蛍光プローブにより、H2SとNOの投与時に細胞内・外にH2Snが上昇し、脊髄後根神経節細胞のTRPA1チャネルが活性化されCa2+流入が惹起されることを示しました。H2Snがシアンにより分解され、一方HNOは耐性であることを利用し、H2SとNOとの相乗効果がシアンにより消失することから、HNOではないことを示しました。また、H2Snが還元性物質によって分解され、一方HSSNOは耐性であることを利用して、同様にHSSNOではないことを示しました。これらの結果から、H2SとNOとの相乗効果の分子実態は、H2Snであると結論付けました。

*4.Eberhardt, M. Dux, M., Namer, B., Miljkovic, J., Cordasic, N., Will, C., Kichko, T.I., Roche, J. d. l., Fischer, M., Suarez, S. A., Bikiel, D., Dorsch, K., Leffler, A., Babes, A., Lampert, A., Lennerz, J.K., Jacobi, J., Marti, M.A., Doctorovich, F., Hogestatt, E.D., Ygmunt, P.M., Ivanovic-Burmazovic, I., Messlinger, K., Reeh, P., & Filipovic, M.R.H2S and NO cooperatively regulate vascular tone by activating a neuroendocrine HNO-TRPA1-CGRP signaling pathway. Nat. Commun. 5: 4381 (2014).
*5.Cortese-Krott, M.M. Kuhnle, G.G.C., Dyson, A., Fernandez, B.O., Grman, M., DuMond, J.F., Barrow, M.P., McLeod, G., Nakagawa, H., Ondrias, K., Nagy, P., King, S.B., Saavedra, J.E., Keefer, L.K., Singer, M., Kelm, M., Butler, A.R., & Feelisch, M. Key bioactive reaction products of the NO/H2S interaction are S/N-hybrid species, polysulfides, and nitroxyl. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 112, E4651-4660 (2015)
*6.Moustafa, A., & Habara, Y. Cross talk between polysulfide and nitric oxide in rat peritoneal mast cells. Am. J. Physiol. Cell Physiol. 310, C894-C902 (2016).  
 

■今後の展望
 本研究によって、H2SとNOとの相互作用によって生成される分子実態がH2S3、H2S2であることが明らかになりました。中枢神経系では、H2S3、H2S2の生産酵素である3MSTの欠損マウスが不安症状を示し、H2S3やH2S2によって活性化されるTRPA1チャネル欠損マウスでは、抗不安作用が報告されています。一方、末梢神経系においては、TRPA1チャネルは痛みを伝搬することが分かっています。これらのことから、本研究成果は抗不安薬や抗疼痛薬開発への進展が期待されます。神経分化の促進作用もあり、再生医療への応用も視野に入ります。
 そのほか、H2Snの効果として、抗酸化遺伝子群転写因子Nrf2の核内移行を促し、細胞の抗酸化ストレス作用を誘導することから、虚血性疾患における再還流時酸化ストレス軽減にも応用できます。また、癌抑制因子PTEN活性制御作用の癌治療に向けての研究にも期待がかかります。


■用語解説
・ポリサルファイド(H2Sn):
H2SよりもSの数が多い化合物。常温ではH2Sのようなガスとしては存在しない。ポリサルファイドが脳内でも微量に生成されていることが分かっている。ポリサルファイドはH2Sが酸素によって酸化されても生成される(2nH2S + 1/2(2n-1)O2 → H2S2n + (2n-1)H2O )。この経路も3MSTによって触媒される。また、ニューロンを取り囲むアストロサイトのカルシウムイオンチャネルを活性化して、カルシウム流入を促進させ、神経伝達物質を生成することで神経伝達活性化を調整している。
アストロサイトを活性化するポリサルファイドはSが2個から7個まで直鎖状に繋がったもの。この状態で水溶性であるが、8個つながると環状になり不溶性になり機能しないと考えられる。
HS- ↔ HSS- ↔ HSSS- ↔…..↔ HS7- → S8

・ヒドロキシル(HNO):
H2SとNOとが反応してできる物質で、NOの還元型物質である。H2SとNOから同様にできるH2Snがシアンによって分解されるのに対して、HNOはシアンに対して抵抗性を示し、安定である。

・ニトロソパーサルファイド(HSSNO):
H2SとNOとが反応してできる物質で、NOのキャリアとして働く。H2Snが還元性物質によって分解されるのに対して、HSSNOは勧化性物質に対して分解されず安定である。

・脊髄後根神経節:
脊髄後根(背側)にある神経節で、末梢からの感覚情報の中継点として機能する神経細胞群。

・アストロサイト:
脳内で神経細胞(ニューロン)と同じ幹細胞に起源を持ちながら電気的活動をしないグリア細胞と呼ばれる細胞がある。アストロサイト(astrocyte)はグリア細胞の代表であり、脳内最大の細胞集団である。アストログリア(astroglia)とも言う。星型の形態を示すことから、「星状」グリアの名称を持つ。アストロサイトは二種類の突起を持ち、一方は脳表面や血管、もう一方はニューロンと接している。ニューロンと接触する側は、ニューロンの結合細胞シナプスを覆い尽くすように、細かい突起をいくつものばし、グルタミン酸などの神経伝達物質を放出して神経伝達を増強する。

・TRPA1チャネル:
細胞膜に存在するチャネルで、Ca2+やNa+などのカチオンを細胞内に流入する。痛みに関わることが示唆されている。

・Nrf2:
転写因子。Keap1と複合体を形成し細胞質に存在するが、刺激により、Keap1から離れて核内に移行し、抗酸化遺伝子群の転写亢進を誘導する。

・PTEN:
癌抑制因子。

・LC/MS/MS:
液体クロマトグラフィ―で分画したサンプルを、質量分析する装置。

・3MST:
細胞質およびミトコンドリアに存在し、3MPを基質としてH2SやH2Snを合成する酵素。


■挿入図と解説

(図1) H2SとNOからH2S2とH2S3が生成されることをLC-MS/MSによって検出
H2S, H2S2, H2S3をmonobromobimaneで検出した。H2SのNa塩であるNa2SにNO発生剤であるDEA/NOを混合すると、S-ビマンとして検出されるH2Sが減る(図1A右カラム)。このとき、SS-ビマン及びSSS-ビマンとして検出されるH2S2およびH2S3が生成されている(図1B及びCの右カラム)。 図1

 

(図2)脊髄後根神経細胞において、H2SとNOから生成されたH2Snを特異的蛍光プローブによってリアルタイムで検出し、誘導されたCa2+流入をCa2+イメージングで計測した。
図2 <左図の見方> Na2S(H2S)とDEA/NO(NO)を混合して生成されるH2Snが細胞内にH2Sn特異的プローブで検出される(上図)。
同様の条件下で、Ca2+プローブで細胞内Ca2+濃度が上昇しているのが、観察される。(下図)
 

(図3)H2SとNOとの相乗効果の分子実態はH2Sn, HNO, SSNO-の可能性が示されている。シアン及び還元剤への不安定性から、H2Snであると結論づけた。
図3

 



<原論文情報>
論文名: Polysulfides (H2Sn) produced from the interaction of hydrogen sulfide (H2S) and nitric oxide (NO) activate TRPA1 channels.
著者: Ryo Miyamoto, Shin Koike, Yoko Takano, Norihiro Shibuya, Yuka Kimura, Kenjiro Hanaoka, Yasuteru Urano, Yuki Ogasawara, Hideo Kimura.
掲載誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/srep45995
URL: www.nature.com/articles/srep45995


<助成金>
本研究は、木村英雄:JPSP科研費(26460115)、AMED、上原記念生命科学財団助成金、山崎香辛料振興財団助成金、渋谷典広:JPSP科研費(16K15123)、木村由佳:JPSP科研費(26460352)の助成を受けて行われました。
 

■お問い合わせ先:
【研究に関するお問い合わせ】

木村英雄(きむら ひでお)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 神経薬理研究部
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