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プレスリリース詳細

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2017年7月25日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2711(広報係)

『筋シナジー説』の神経基盤を解明
-手指の多彩な運動を実現する神経メカニズムが明らかに-

  

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:武田伸一)モデル動物開発研究部の武井智彦室長(現カナダ・クィーンズ大学研究員)と関和彦部長らの研究グループは、霊長類の特徴である手指運動の多機能性を支える神経メカニズムを発見しました。
 ヒトを含めた霊長類の手は大変複雑な構造をしており27個の筋と18個の関節から構成されます。私たちの脳神経はこの複雑な構造をうまく制御し、ピアノ演奏や手話など手の多彩な動きを可能にしています。しかしその制御のあり方はこれまで不明でした。筋や関節の組み合わせパタンは膨大で、次世代コンピューターの処理能力を遥かに超えた計算を瞬時に行う必要があるからです。
 他方、ロボットハンドの開発をめざす工学分野では「筋シナジー」と呼ばれる考え方が提唱されてきました。つまり、多数の筋や関節の中から「よく使われる」組み合わせとその時必要な活動パタンをあらかじめ複数作っておき(シナジー)、実際にロボットを動かす際は適切なシナジーを使うことによって、コンピューターにかかる制御の負荷を大幅に減らすことができる、という考え方です。
 今回私たちはこの「筋シナジー」に注目し、「霊長類の脳神経は、筋シナジーの原理にもとづいて、膨大な数の筋肉や関節を制御している」という仮説を立てサルの脊髄から神経活動の記録をとり検証しました。まず、筋電図の解析からサルの手の運動は3種類の筋シナジーによって作られていることが分かりました。次に、脊髄神経もこの3種類の筋の組み合わせと活動パタンを表現していることが初めて明らかになりました。さらに驚くべきことに、筋の組み合わせと活動パタンはそれぞれ別のメカニズムで作られることが判明しました。これは、シナジーの組み合わせと活動を一体化して考える従来の仮説では説明できない結果です。
 今回の研究成果は、脳による身体の制御が筋シナジーに基づいて行われていることを世界で初めて示したものであり、脳の疾患による運動失調の理解やそのリハビリテーション、またロボットの制御技術の開発などが大きく進展すると期待されます。
 本研究成果は、2017年7月24日午後3時 米国東部時間(日本時間2017年7月25日午前4時)発行の米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」に掲載されました。


<研究の背景と経緯>
 人間の身体の動きは多数の筋肉(約400個)と多数の関節(約300個)の働きにとって支えられています。プロの楽器演奏やスポーツ活動など、ヒトが自分の身体を自在に動かすことができることは、私達がこのような多くの筋肉や関節を自在に制御できている証拠です。しかし、私達の脳神経が、膨大な数の筋肉や筋肉から必要なもののみを選び、制御する仕組みは不明なままでした。
 身体の膨大な数の筋肉や関節(多自由度)は、ロボットの制御においても大きな問題です。例えばヒトと同じ数の関節を持つロボットを作ったとしても、状況に応じて関節の動きを適切に組み合わせて、それらを上手く制御することは現在の技術では不可能です。これはベルンシュタイン問題として広く知られています。この問題を解決するため、工学の分野を中心に「筋シナジー」と呼ばれる考え方が提唱されてきました。これは、多数の筋や関節の中から「よく使われる」組み合わせと活動パタンをあらかじめ複数作っておき(筋シナジー)、実際にロボットを動かす際は、筋を直接制御するのではなく、筋シナジーを介して間接的に制御することによって、コンピューターにかかる制御の負荷を大幅に減らすことができる、という考え方です。
 図1は、この考え方を自動車の構造を例に説明しています。あなたが自動車の運転をしており、左に曲がりたいとしましょう(左)。もし、4輪が独自のハンドルを持ち、独立して動くような構造(自由度=4)になっていたら、どうでしょうか?4つのハンドルを同じだけ左に回すのは不可能なので、目的である左折はできないでしょう(中)。しかし、実際の自動車の構造はそのようにはなっていません。実際は、全ての車輪がリンクしているため、一つのハンドルを回せば、4つの車輪が制御できるのです(自由度=1,右)。この例での車輪は筋肉、車輪がリンクされたハンドルは筋シナジーに置き換えることができます。1つの筋シナジーを使うことで、4つの筋肉を同時に制御でき、計算量が軽減できます。このような筋シナジーによる筋肉や関節の自由度の縮約が、脳神経の中で実際行われているのか、もし行われているならどのように行われているのか、を明らかにできれば、同じ原理を用いて、複雑な構造のロボットを動かすことが可能になるはずです。しかし、このような筋シナジーの脳内機構は全く分かっていませんでした。
 

<研究の内容>
図2 研究グループは、この「筋シナジー仮説」に注目し、「霊長類の脳神経は、筋シナジーの原理にもとづいて、膨大な数の筋肉や関節を制御している」という仮説を立てました。そのため、身体の中で最も複雑な筋骨格構造を持つ「手」の運動に注目し、手の筋シナジーが脳神経の中でどのように表現されているかを調べました。実験ではサルにレバーをつまむ動作を行わせ(図2A)、脊髄の神経活動と12種類の手指筋から筋電図を記録(図2B)、両者の関係を評価することによって(図2C)、各筋の活動を作り出す脊髄神経の活動を記録しました(図2D)。その結果、脊髄神経の特徴は、手指の筋シナジーと密接に関連していることが明らかになりました。図3は一つの脊髄神経が筋シナジーを表現している例です。この脊髄神経は、6種類の手指筋の活動制御に関わっていましたが(図3A)、その筋の組み合わせは、筋電図から解析した3つのシナジーのうちシナジー1に近似していました(図3Bの黒と赤を比較)。また、その脊髄ニューロンの活動(図3C)はやはりシナジー1と近似していました(図3Cの黒と赤を比較)。この結果は、この脊髄神経がシナジー1の形成に関わっていることを明確に示しています。同様の解析を14個の脊髄神経において行うと、全ての神経はシナジー1から3のうち、どれかの筋の組み合わせを表現していました(図4A)。一方、個々の脊髄神経の活動はシナジーの活動と強い相関を示さないことが分かりました(図4B)。しかし、脊髄神経全体としてみると、図3の脊髄神経と同様、脊髄神経の活動軌跡は筋シナジーの活動と近似していました(図5)。
 この結果によって、我々は、長い歴史を持つ「筋シナジー仮説」にいくつか重要な示唆を与えることができました。第一に、これまで理論上の原理であった筋シナジーが、実際に脳神経による手指運動の制御に用いられていることを証明しました。従って、この理論が「机上の空論」ではなく、我々の神経回路に実装されていることを示したことになります。第二に、脊髄神経において筋シナジーが表現されていることが明らかにしました。脊髄はこれまで歩行や反射といった単純運動の中枢と考えられてきましたが、手指運動の筋シナジーが表現されていることから、より複雑な運動の制御にも関わっていることを証明できました。第三に、筋の組み合わせと活動の選択が、それぞれ別のメカニズムによって行われていることを示しました。従来の筋シナジー仮説では、両者が一つの「モジュール」で行われると想定されていたことから、この結果は筋シナジー仮説を理論的に見直す必要性を提案できました。


<今後の展開>
 本研究によって、運動制御に使われていると考えられてきた「筋シナジー」の脳内表現の一端が初めて明らかになりました。今後、この研究成果を土台として、様々な研究成果が生み出されると予想されます。基礎研究としては、脊髄、またそれ以外の脳の領域における筋シナジーの形成メカニズムを調べる研究が盛んになり、それによって筋シナジーの脳内表現の全貌が明らかになることが期待されます。また、工学等の分野では、筋シナジー仮説を改定し、さらに上記の基礎研究の結果を取り入れることによって、より複雑な動きができるロボットの開発が可能になります。
 脳卒中のように、複数の関節を協調して動かすことができなくなる障害や疾患(運動失調など)は数多く存在します。本研究の結果は、このような運動失調が「筋シナジー」を作り出す神経系の異常によって引き起こされることを示しています。今後、患者さんの「筋シナジー」を計測し、それを診断や治療に用いる、全く新たな治療やリハビリテーション法の開発が始まることが期待されます。 


<参考図>

図1
図1 筋シナジーによる自由度の縮約の説明図

左:自動車の進路を左に曲げたい場合。中:仮に4輪が独立しているような構造の自動車の場合。4輪(自由度4)を同時に操作することはできない。右:4輪がリンクしている通常の自動車であれば、ハンドル一つ(自由度1)を操作するだけで良いので自動車の進路を曲げることができる。個々で4輪は4つの筋肉、1つのハンドルは筋シナジーに置き換えて考えることが可能である。

 

図2
図2 実験の説明図

A:マカクサルにつまみ運動を訓練して行わせ、その際の脊髄神経活動を記録。B:脊髄神経活動(上)、12種類の手指筋の活動(中)、指先力(下)の同時記録の例。C:脊髄神経の活動電位をトリガーに筋電図反応を加算する。両者に相関がある場合、筋電図に有意な増加や減少が見られる。D:A-Cによって明らかになる脊髄神経と筋肉との関係図。

 

図3
図3 脊髄神経と筋シナジーの相関(例)

A:一つの脊髄神経が6種類の筋活動を組み合わせて増加させている例。B:Aの組み合わせと活動増加量(黒)と筋電図から計算したシナジー1から3が表現する筋の組み合わせと貢献度。C:A,Bで示した脊髄神経のつまみ運動時の活動パタン(黒)と、シナジー1から3の活動パタン。この図の脊髄神経はシナジー1の組み合わせと活動パタンを表現していることがわかる。

 

図4
図4 脊髄神経と筋シナジーの近似度(1頭における全ての脊髄神経)

左:14個の脊髄神経の表現する筋組み合わせパタンとシナジー1から3のそれとの近似度。3つのクラスタ(赤、青、緑)を形成していることから、脊髄神経はシナジー1−3のどれかの筋組み合わせを表現していることがわかる。B:脊髄神経の活動パタンとシナジー1から3のそれとの近似度。特定のクラスタが認められないことは、個々の神経単独では筋シナジーの活動パタンを表現していないことを示している。

 

図5
図5 脊髄神経と筋シナジーの活動軌跡の比較(1頭における全ての脊髄神経)

A: 一回のつまみ運動時の筋シナジー活動を軌跡で示している。サルが装置をつまみ(青系)離す(赤系色)一連の動作の活動軌跡。右は各シナジーの活動、左は3Dプロット。 B: 脊髄神経活動(14個)の軌跡。図3左で各シナジーのクラスタに分類された神経を 別に表示。この図から、各シナジーの活動は、脊髄神経全体としてはよく反映されていることがわかる。 

 

<用語解説>
・筋シナジー:生体の持つ多数の筋が常に決まったパタンで協調して活動している様子を定量的に示したもの。
・筋骨格構造:生物の筋肉や骨格が3次元空間内でどのように配置されているか、そのありさま。
・脊髄:脳よりぶら下がっている紐状の組織。通常は椎骨に覆われており、運動神経や感覚の中継細胞などが存在する。損傷により重篤な運動・感覚麻痺が起こる(脊髄損傷)。
・筋電図:筋肉は脳神経からの電気的な刺激によって興奮して、収縮し、力を発揮する。個々の筋肉が電気的な刺激を脳神経から受けている様子は、筋肉に電極を設置することによって記録できる。
・運動制御:生体の身体運動が、どのような仕組みによって制御されているのかを明らかにすることを目的とした学際的な学問分野の総称。
 

<原論文情報>
論文名:“Neural basis for hand muscle synergies in the primate spinal cord”
(霊長類の手指筋シナジーは脊髄に表現されている)
著者:武井智彦、ジョアキム・コンフェ、戸松彩花、大屋知徹、関和彦
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
DOI:http://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1704328114
URL:http://www.pnas.org
 

<助成金>
本成果は、主に以下の研究助成を受けて行われました。
・文部科学省科学研究費補助金 18020030, 18047027,21700437,23700482,26120003
・科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業
 

 

■お問い合わせ先
<研究に関すること>

関 和彦(セキ カズヒコ)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 
モデル動物開発研究部 部長
〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel:042-346-1724 Fax:042-346-1754
E-mail:

<報道に関すること>
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