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プレスリリース詳細

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2017年9月7日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)

肥満と認知機能障害の関連が大うつ病性障害で明らかに
-肥満は、脳の皮質体積の減少や神経ネットワークの低下と関連する-

  

 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋)の神経研究所(所長:武田伸一)疾病研究第三部の功刀浩部長および秀瀬真輔医師らのグループは、大うつ病性障害患者における体格指数(BMI, body mass index)が30以上の肥満が、認知機能低下と脳構造変化に関連することを初めて明らかにしました。
 大うつ病性障害は、一般に「うつ病」と称される病気の中で、治療を要する典型的なものをいいます。気分の落ち込みや興味・関心の低下といった諸症状に加えて、記憶、学習、問題解決能力、巧緻運動(こうちうんどう)などの認知機能が低下します。家庭や職場において発症前にはできていた活動ができなくなってしまう場合があり、臨床的に重要な問題となることが少なくありません。近年、肥満と大うつ病性障害には共通の病態が指摘されていますが、肥満がうつ病患者に臨床上どのような影響を及ぼしているのかよくわかっていませんでした。
 本研究では、うつ病患者の認知機能や脳の構造への肥満の関与について検討しました。その結果、BMIが30以上の肥満は、大うつ病性障害患者における作業記憶、実行機能、巧緻運動速度などの認知機能の低下と関連していることがわかりました。また、核磁気共鳴画像法(MRI)脳画像を用いた検討では、BMIが30以上の肥満患者は、BMIが30未満の患者と比較して脳の一部の皮質体積が有意に縮小しており、神経ネットワーク(白質繊維の形成)の指標も低下していることが明らかになりました。
 今回の研究成果から、肥満が脳に傷害を与え、それによってうつ病の認知機能低下を悪化させていることが考えられます。適切な食事や運動を心がけ、体重を適正にコントロールすることがうつ病という心の病気においても重要であることが示唆される結果です。これまでうつ病の治療は、薬物療法と精神療法が主体でしたが、当研究の知見は、それら加えて栄養学的アプローチが治療法の一つになりうることを示しています。今後、肥満の治療、すなわち減量が、認知機能や脳の形態の改善につながるかについて縦断的研究や介入研究を行っていく必要があります。
 本研究は、当センター病院精神科および放射線科の協力のもと行われました。本研究の成果は、科学誌Journal of Affective Disordersにオンラインで、日本時間2017年8月16日に掲載されました。   


■研究の背景
 肥満とは、体格指数BMIが30以上と過剰に上昇した状態を指し、精神疾患の病態生理との相互関与が示唆されています。特に、大うつ病性障害とは、慢性炎症、代謝系異常、視床下部-下垂体-副腎系の機能異常など共通の病態が指摘されおり、脳形態のなかでは海馬領域の萎縮と認知機能との関連が注目されていました。しかし、これまでの研究は、高齢患者や健常者を対象として、連続変数としてのBMIと認知機能や脳形態の線形的な相関に関して解析したものであり、とりわけBMIによって分類されたBMIが30以上の肥満と大うつ病性障害との関連は調べられていませんでした。本研究では、65歳未満の大うつ病性障害患者と健常者を対象として、認知機能および灰白質(神経細胞が存在する領域)・白質(神経線維が走行する領域)構造に肥満が関与する可能性を検討しました。    


■研究の内容
 方法:対象は年齢、性、人種(日本人) および利き手(右利き)をマッチさせた大うつ病性障害患者307名と健常者294名でした。診断は精神疾患簡易構造化面接法(M.I.N.I.)と精神障害の診断と統計マニュアル第4版(DSM-Ⅳ)に基づいて行いました。認知機能は統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS)、病前の知能指数は日本語版National Adult Reading Test(JART)で評価しました。BMI値は欧米の基準に従い、18.5未満を体重不足(underweight)、18.5から25未満を正常体重(normal)、25から30未満を過体重(overweight)、30以上を肥満(obese)と定義しました。 核磁気共鳴画像法(MRI)で得られた脳画像は、114名の患者群のサブサンプルで解析しました。1.5テスラMRIデータを用いて、灰白質は、Statistical Parametric Mappingソフトウェア上で、ボクセル単位形態計測voxel-based morphometry(VBM)を用いて全脳解析しました。白質は、FMRIB Software Libraryソフトウェア中のTract-Based Spatial Statisticsで処理した拡散テンソル画像diffusion tensor imaging(DTI)を用いて全脳解析しました。
 結果:注目されたのは、大うつ病性障害では、正常体重の人の割合が健常者と比べて有意に少なかったことです。その分、肥満、過体重、体重不足の割合が高くなっていました。大うつ病性障害患者と健常者の認知機能スコアを比較したところ、患者ではBACSで測定される言語記憶、作業記憶、巧緻運動速度、実行機能、およびBACS総合スコアが健常者と比べて有意に低い結果でした。一方、JARTで推定した病前の知能指数には患者―健常者間で差がありませんでした。BMI分類によって認知機能を比較ところ、大うつ病性障害で、作業記憶、巧緻運動速度、実行機能およびBACS総合スコアが、肥満患者17名において非肥満患者290名と比べて有意に低下していました(図1参照)。一方、健常者ではBMIが30以上の肥満だけが認知機能の低下を示すというより、BMIが体重不足→正常体重→過体重→肥満と高くなるにつれて認知機能が低下する傾向がみられました。MRI画像解析では、大うつ病性障害患者の肥満群7名と非肥満群107名の比較を行いました。肥満患者において、非肥満患者と比べて灰白質の体積、白質の神経結合が有意に低下していた脳領域がみられました(図2参照)。灰白質では、前頭葉、側頭葉、および視床、さらに白質では内包と左側視放線と呼ばれる部分の神経結合が、大うつ病性障害患者のうち肥満者の脳において有意に減少していました。  
 

■研究の意義・今後の展望
 大うつ病性障害は健常者と比較して認知機能が低下することを確認しました。JARTで推定した病前の知能は差がなかったことから、うつ病の発症によって認知機能が低下したと考えられます。本研究では、この認知機能の低下が特に肥満患者では強いことを初めて明らかにしました。さらに、MRI脳画像の検討によって認知機能の基盤となる脳構造にも傷害を及ぼしている可能性を示唆する結果を得ました。認知機能障害は灰白質及び白質の異常と関連しており、作業記憶や実行機能の障害は灰白質で萎縮がみられた領域での神経ネットワーク異常、巧緻運動機能の障害は白質の神経結合の低下が関与している可能性があります。また、そのメカニズムとしては、肥満と大うつ病性障害の共通病態である全身性炎症反応、酸化ストレス亢進、慢性コルチゾール上昇などの相乗効果によって、神経新生減少や神経突起の脱落などが促されたメカニズムが考えられます。今回得られた結果は、体重コントロールが大うつ病性障害患者の認知機能や脳形態にプラスの効果をもたらす可能性を示唆しています。今後は、縦断的研究や介入研究を行い、肥満の治療、すなわち減量が大うつ病性障害の認知機能改善に繋がるかについて検討していく必要があります。認知機能の改善は職場復帰や家庭での家事能力の回復と大きく関連することから、うつ病治療において体重コントロールを行うことは重要であると位置づけられるようになるでしょう。  
 


■用語解説
*大うつ病性障害
Major depressive disorderの訳語で専門的治療が必要なとなる典型的なうつ病のことを指します。慢性的なストレスが誘因となって発症することが多いですが、非健康的な生活習慣(食事・睡眠・運動)との関連も注目されています。
*統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS)
元来、統合失調症でみられる認知機能低下の評価のため開発された簡易テストです。現在では、全般的な認知機能の測定ツールとしても使われます。
*日本語版National Adult Reading Test (JART)
知的機能を評価する簡易テストで、漢字熟語の読み方を答えてもらう内容です。この能力は、精神疾患を発症してもあまり変化しないことが知られています。
*作業記憶、実行機能、巧緻運動速度
作業記憶は作動記憶ともいい、理解、計算、推論などの高次な活動を行いつつ情報を一時的に保持しておく機能をいう。実行機能は物事を成し遂げるために必要となる柔軟な思考・判断力、行動を制御する能力をいう。巧緻運動速度は器用さを必要とする細かい動作を行う速度をさし、本研究ではプラスチック製トークンを容器に入れるスピードで評価している。
*ボクセル単位形態計測(VBM)
脳全体の形態をボクセルという細かい単位に分割して統計的に解析する方法です。自動化され簡便である利点から、近年広く用いられる方法となっています。
*拡散テンソル画像(DTI)
水分子が拡散する動きをもとに得られた画像を、三次元的な方向性の情報に変換して解析する方法です。神経線維のつながりについて調べることができます。


■図と解説

図1 大うつ病性障害患者と健常者のBMI分類別の認知機能スコア
うつ病患者では、作業記憶・巧緻運動速度・実行機能・BACS総合スコアが肥満群で低下していました(*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001)。一方、健常者では肥満による認知機能変化はみられませんでした。
図1

 

図2 大うつ病性障害患者で肥満群が非肥満群と比べてその指標が有意に低下していた灰白質・白質領域
灰白質では、両側の前頭回、側頭回、視床の容量(脳の体積)が低下していました。白質では、内包・左視放線の拡散異方性(神経のつながり)が低下していました。
黄色から赤色の部分が患者群で異常を示した領域。 図2
上段:標準脳(灰白質) 下段:標準脳(白質)
 



■原著論文情報
論文名: Association of obesity with cognitive function and brain structure in patients with major depressive disorder
著者: Shinsuke Hidese, Miho Ota, Junko Matsuo, Ikki Ishida, Moeko Hiraishi, Sumiko Yoshida, Takamasa Noda, Noriko Sato, Toshiya Teraishi, Kotaro Hattori, Hiroshi Kunugi
掲載誌: Journal of Affective Disorders
DOI: https://doi.org/10.1016/j.jad.2017.08.028
URL: https://www.journals.elsevier.com/journal-of-affective-disorders


■助成金
本研究は、主として精神・神経疾患研究開発費および国立開発法人日本医療機構の脳科学研究戦略プログラム(生涯健康脳・融合脳)の支援によって行われました。
 

■お問い合わせ先:
【研究に関するお問い合わせ】

功刀 浩 (くぬぎ ひろし)
機関・所属名:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第三部長
住所:〒 187 -8502東京都小平市小川東町 4-1-1
Tel & Fax: 042-346-1714 & 042-346-1714
E-mail:

【報道に関するお問い合わせ】
機関名:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
担当:総務課広報係
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