第31回「てんかんと脳波とマインドフルネス」

第31回
「てんかんと脳波とマインドフルネス」

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2025.06.20
「てんかんと脳波とマインドフルネス」

<マインドフルネスとは>
みなさんは「マインドフルネス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
もともとは仏教の瞑想に由来しますが、現在ではストレス軽減や集中力向上、メンタルヘルス改善の方法として、認知行動療法やビジネスシーンでも広く活用されています。
有名な例として、Google社が2007年から社員研修にマインドフルネスを導入し、ストレス軽減と生産性向上に成功したことが挙げられます。
マインドフルネスとは、簡単にいえば「今この瞬間の自分自身を、評価や判断を加えず、ただ観ること」を指します。ここでの「観る」とは、仏教における「観音」の「観」――つまり目で見るのではなく、「心で観る」というイメージです。
マインドフルネス療法の根底には、「脳は初期設定状態が最も安定している」という仮説があります。目を閉じ、呼吸に集中することで「今この瞬間に注意を向けること」を大切にしています。僕はこれを個人的には「脳をリセット」し、ストレスを取り除くようなイメージで捉えています。僕はてんかんや脳波に関わっていく中でこのマインドフルネスを知り、マインドフルネルと脳波およびてんかんとの興味深い共通点があるように思いました。

<マインドフルネスと、脳波検査>
まず、マインドフルネスとアルファ波の関係について考えてみたいと思います。
マインドフルネス療法では、「目を閉じて、ゆっくりと呼吸に集中する」――これを2〜3分間行うのが基本です。
実はこれは、脳波検査に現れるアルファ波(後頭部優位律動)を誘導するときの方法と全く同じなのです。
アルファ波は、覚醒していながら目を閉じたときに現れる正常な脳波のリズムで、脳が落ち着いている状態を示します。マインドフルネスによる脳波の安定化とアルファ波の誘導には、自然な共通点があるのです。
長時間ビデオ脳波検査によるてんかんの診療では、発作中にもアルファ波が維持されている場合には、てんかんではない可能性がある (心因性てんかん性発作など)と考えます。

<マインドフルネスと呼吸>
次に、「過呼吸賦活(かこきゅうふかつ)」という脳波検査の手法についてご紹介します。これは速く深い呼吸を続けることで、一時的に体内の二酸化炭素(CO₂)を過剰に排出させ、過呼吸状態での検査を行う方法です。過呼吸によって二酸化炭素(CO₂)が排出されすぎると、血中のpHが上がり(アルカローシス)、脳血管が収縮して血流量が一時的に低下します。その結果、神経活動が変化し、てんかん性放電(spikeやsharp wave)が現れやすくなります。つまり過呼吸により、潜在的に持つてんかんが起こるときの脳波を引き出す方法です。
わざと早い呼吸をして起こす過呼吸に対し、マインドフルネスでは、反対に「ゆっくりと呼吸する」ことで、脳血流を安定化させ、異常な脳波活動を抑える方向に働きかけます。
ここでも、マインドフルネスが脳波を安定化させる作用を持つことが医学的にも示唆されます。

<呼吸と脳の初期状態>
僕はこの「呼吸に集中する」ことが「脳を初期設定状態にリセットする」ことにつながるのではないかと考えています。その理由は、人間の生物学的な原点として呼吸という活動を考えると分かりやすいと思います。人間が母胎内で最初に持つ生命活動は、心臓の拍動ですが、これは脳からの指令を受けず、自動で動くものです。そして出産と同時に、私たちは胎内循環を断ち切られ、強制的に「自分の肺で呼吸する」ことを求められます。この「初めて自分の意志で呼吸をした体験」は、全ての哺乳類に共通する原始的な体験であり、人生で最初に体験する壮絶なストレスでもあります。そのため、マインドフルネスで呼吸に集中することは、脳を「生命の原点」に回帰させ、脳を初期設定状態にリセットすることとつながっているのではないかと考えました。この説は、フロイトが唱えた「胎内回帰願望」とも重なります。フロイトが唱えた胎内回帰願望とは、人間が強いストレスや不安を体験すると、そのようなストレスが無かった時に戻ろうとする本能のようなものです。どんどんと戻っていくと、究極的には母胎内の状態に回帰するというものです。ただ単に呼吸だけに集中している状態とは、生まれたばかりで社会的なストレスが全く無かった頃の脳の状態に似ているというイメージです。

<脳波と心の安定を期待>
脳の安定には、単なる「休息」ではなく、「リセット」が必要ではないかと思います。そして、マインドフルネスは脳のリセットにつながるのではないかと思います。パソコンもスリープ状態だけでは不安定になり、定期的な再起動が求められるのと似ています。
てんかん患者さんにとって、マインドフルネスによる脳波の安定化は、生活の質の改善につながるかもしれません。また、患者さんを支えるケアギバーや支援者の方々、てんかん診療に携わる医療スタッフも、マインドフルネスを取り入れてみてはどうでしょうか。


脳神経外科 飯島圭哉

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参考文献
1. ジョン・カバットジン著『マインドフルネスストレス低減法』(原題:Full Catastrophe Living)、北大路書房
2. チャディー・メン・タン著『サーチ・インサイド・ユアセルフ ― 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』、英治出版

関連リンク
認知行動療法センター(CBTセンター)におきましてもマインドフルネスの動画や音声をWEBに掲載しております

説明動画
http://cbtmap.ncnp.go.jp/material/mindfulness/マインドフルネス/

音声・瞑想動画
http://cbtmap.ncnp.go.jp/mindfulness_movie/

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