現在の研究テーマ

1) 認知神経科学的手法を用いた神経発達症と併存精神疾患の病態研究

注意欠如・多動症ならびに自閉スペクトラム症の臨床表現型(神経発達症特性、適応行動、不安・抑うつなどの精神病理学的評価)と神経心理学的機能(表情認知、視線認知、実行機能、報酬系、時間知覚)との関係についてデータを蓄積しており、さらに脳病態統合イメージングセンター(IBIC)との共同で、脳構造・脳機能画像データを含めたレジストリ構築を進めている。小児例においては、将来の二次障害発症を予防することも喫緊の課題である。そのため国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科との共同のもと、児童期の上記アセスメントに加え、経時的に併存精神障害の症状を評価する疾患コホートを構築すべく研究を進めている。

2) 注意欠如・多動症のペアレントトレーニングに関する実装研究

 注意欠如・多動症の心理社会的治療として、ペアレントトレーニングはその有効性が実証され、第一選択治療とされているにもかかわらず、その普及は十分でない。当研究部では、ペアレントトレーニング実施者養成研修を実施して人材育成を図るとともに、ペアレントトレーニング普及の促進要因,阻害要因を明らかにする調査研究を実施し、その実装に取り組んでいる。また、東京大学と共同し、ペアレントトレーニングが子どもの不適応行動や親子の愛着形成、脳構造に及ぼす影響を調べる臨床研究を遂行している。

3) 自閉スペクトラム症の齧歯類モデルの確立と動物モデルを用いた治療法開発

 自閉スペクトラム症の齧歯類モデルは数多く存在するものの、社会性を表す行動指標は確立されていない。当研究部では、ラットのリーチング行動を用いた社会性検討のための新規行動指標に着目し、リーチング行動を学習している観察個体からリーチング行動を行う他個体への接近行動が増加すること,他個体からの注視によりリーチング行動が促進されることを示した。胎児期にバルプロ酸を投与されたマウスを対象にこの新規行動指標を検討したところ、低下していることが明らかになり、社会性指標としての妥当性が確認された。この新規行動指標を用いた治療法開発をめざす研究に取り組んでいる。

4) 難治性トゥレット症のレジストリ構築と治療法開発

トウレット症は、多彩な運動チックと音声チックが長期に持続する神経発達症であり、典型的には成人期には症状が軽減するとされているが、成人期になっても重篤な症状が持続し、頸髄症や外傷性白内障、網膜剥離など重篤な身体損傷や重篤な破壊的行動を伴うケースも見られる。そのような場合に、脳深部刺激療法の有効性が示唆されるが、まだ確立された治療とはなっていない。NCNP脳神経外科が推進するレジストリ構築に、東京大学、国立病院機構名古屋医療センターとともに参加し、難治例の臨床経過と治療の有効性・安全性のエビデンスを検討する研究を進めている。

5) 22q11.2欠失症候群のコホート研究

22q11.2欠失症候群は、先天性心疾患、口蓋裂・軟口蓋閉鎖不全、免疫不全、低カルシウム血症などを生じる遺伝子疾患で、統合失調症などの精神疾患を高率に発生するものの、前方視的な経過の追跡は十分に行われていない。当研究部は、名古屋大学、愛知学院大学との連携のもと構築されている疾患コホートにおいて、臨床表現型ならびにゲノム情報を含めた評価の実施に参画している。

6)自閉スペクトラム症に対するオキシトシン経鼻投与の有効性と安全性の検討

自閉スペクトラム症の中核症状に有効な薬物療法は確立していない。オキシトシンは、対人関係障害を改善する治療薬候補であるが,その有効性・安全性は未確立であり,特に耐性の出現が問題となっていた。当研究部は、浜松医大が中心となり推進した医師主導治験に参加するとともに,自閉スペクトラム症発症に関連する稀なゲノムコピー数変異について名古屋大学が推進する研究に参画している。また、知的能力障害のある自閉スペクトラム症への介入効果とオキシトシン濃度の関係について、肥前精神医療センターと共同して検討を行っている。

7) エビデンスに基づく注意欠如・多動症の治療ガイドライン作成

注意欠如・多動症の薬物療法の有効性・安全性は確認されているものの,その継続・中止の基準は明確でない.当研究部は,厚生労働科学研究において日本児童青年精神医学会薬事委員会の委員と共同して実施したメタ解析をもとにデシジョン・エイドを作成し,患者の意思決定に資する資材作成を行った。また、本邦における注意欠如・多動症治療ガイドラインの改訂において、薬物療法ならびにペアレントトレーニングの章を担当し、作成を進めている。

8)養育困難を抱える児童のペアレンティング・スキル向上を目指した介入の有効性検証

神経発達症の児童は,親の養育困難と結びつきがちであり,親の不安や抑うつ,虐待リスクとも関連する.ペアレンティング・スキル向上と子どもの行動上の問題の減少に親子相互交流療法(PCIT)の有効性が示されているが,いまだ普及の途上であるほか、中断率が高いなどの課題も存在する。システマティックレビューを通して関連する要因を明らかにするとともに、愛育クリニックと連携してエビデンス構築の基盤整備を進めている。

9)神経発達症の中間表現型の新規候補となる認知基盤の認知神経科学研究

限局性学習症は、欧米圏と言語の差異があることから本邦におけるエビデンス構築が肝要である。当研究部では、漢字認知時の脳機能を調べ、視知覚レベルでの機能障害の関与を明らかにしている。また、他者動作から社会的情報を取得する神経心理学的メカニズムを,バイオロジカルモーションを用いて検討している。これまでに、動作に含まれる情報(性別や歩き方の特徴)が他者に対する“魅力的”や“好き”といった印象に影響することを明らかにし、他者動作の認知に関わる機能がヒトの社会的なインタラクションにも影響する可能性を示した。併せて、それらの印象強度が他者動作観察時に特異的に現れる脳波成分と関連することを見いだしており、その神経基盤についても検討を進めている。

10) COVID-19感染拡大下における神経発達症の児童と親のメンタルヘルス調査

COVID-19感染拡大下で,発達障害の子どもや養育者のメンタルヘルス悪化が懸念された。当研究部は、島田療育センターはちおうじと共同し,発達障害のある子どものQOLと情緒面・行動面での問題,と親のQOLと不安・抑うつや育児ストレス、日常生活状況やCOVID-19により影響を受けた生活状況を評価し、その後、1年ごとに追跡を行っている。


国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 知的・発達障害研究部

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