現在の研究テーマ
神経発達症の病態解明を目指した研究



1) 認知神経科学によるアプローチ
神経発達症の神経心理学的機能(表情認知、視線認知、実行機能、報酬系、時間知覚)の大規模なデータを蓄積し、臨床表現型(神経発達症特性、適応行動、不安・抑うつなどの精神病理学的評価)との関連を明らかにし、将来的な個別化医療への応用を目的としている。これまでに不注意症状が重篤なADHDにおいては、他者の視線に対する反応が低下していることや(Uono, J Psychiat Res 2023)、脳磁図を用いて学習障害の一つである読字障害との関連が示唆される脳領域を見出した(Egashira, Front Human Neurosci.2022)。
脳病態統合イメージングセンター(IBIC)と共同で、神経心理学的機能の評価に加え、脳構造・脳機能画像データを含めたレジストリ構築も進めている。さらに、国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科と共同で、児童期の上記アセスメントに加え、経時的に併存精神障害の症状を評価する疾患コホートの構築も行っている。
2) ゲノムコホートによるアプローチ
浜松医科大学、ニューヨーク市立大学などと共同で、コホート研究に、ポリジェニックリスクスコアなどのゲノム情報を加えた解析により、注意欠如・多動症ならびに自閉スペクトラム症の早期兆候の同定、発症や経過に影響する因子の同定などを目指した研究が進行中である。さらに、ゲノム解析を発展させて、神経発達症と併存することの多い精神疾患、身体疾患に共通する遺伝子の同定や介入ターゲットの探索なども行っている。
これまでに、ADHDの発症に周産期の炎症性サイトカインの上昇が関与していること(Takahashi, Brain Behavior Imuunity-Health.2023)や、ADHDとナルコレプシーの遺伝的相関を示すことでなぜ思春期になるとADHDの子では日中に過度の眠気が出るのかを解明し(Takahashi, Trans Psychiat.2022)、ADHDの子が睡眠覚醒リズムが崩れやすいのはメラトニン分泌との遺伝的関連が存在するためであることなどを明らかにしている(Takahashi, Psychiat Res Com. 2024)。
3)動物モデルを用いたアプローチ
注意欠如・多動症ならびに自閉スペクトラム症では、遺伝的要因と環境要因が組み合わさって発症に至るという仮説が有力である。環境要因として、近年注目されているのは、母体免疫活性化である。当部では様々な神経発達症のモデル動物を用いて、これらの環境因子の影響を明らかにし、神経発達症の効果的な予防方法の確立を目指した研究を進めている。
また、人間環境大学との共同で、主に自閉スペクトラム症の齧歯類モデルにおいて、ヒトの病態を反映した社会性を評価することのできる新規行動指標の確立を目指した研究を行っている。
4) 疾患バイオマーカーの探索
脳波・fNIRS・メタボロミクス等を用いて、神経発達症の診断及び重症度、サブタイプなどに対するバイオマーカーを確立することを目指した研究も進行中である。これらのバイオマーカー探索は、動物モデルを用いた妥当性検証と組み合わせて行われる。これまでに、脳波を用いることで、ADHDの実行機能障害を定量化できること(Kaga, Brain Development.2020)を明らかにしているほか、視覚機能(眼軸長、網膜構造)がADHDのバイオマーカーとなる可能性についても検討している。
神経発達症への効果的な介入方法の確立を目指した研究


1) 親子相互交流療法(PCIT)の普及を目指した研究
神経発達症の子どもは、親が養育困難を感じやすく、不安や抑うつを呈し、時に虐待リスクが高まることもある。ペアレンティング・スキルの向上と子どもの行動上の問題の減少に対して、親子相互交流療法(PCIT)の有効性が示されているが、我が国ではいまだ普及の途上であり、さらに中断率が高いなどの課題も存在する。愛育クリニックと共同で、PCITの継続率の向上に関する因子を同定し、将来的な普及を目指して研究を進めている。
2) デジタルデバイスを用いた効果的な介入方法の研究
精神疾患において、デジタルデバイスを用いた効果的な介入方法が模索されている。神経発達症では、心理社会的療法が重要な役割を果たすが、当事者の神経心理学的な特性を踏まえて介入を行うことが有効である。例えば、注意欠如多動症では、実行機能の障害が見られ、QOLに最も影響するが、特殊なビデオゲームを用いることで、計画性・対応力・ワーキングメモリ・抑制など、実行機能の詳細なプロフィールを明らかにすることができる(Takahashi, Front Psychiat. 2024)。このような情報を用いて、個別化した心理社会的療法を確立することを目的に研究を進めている。