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プレスリリース詳細

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2012年12月7日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
総務課広報係 TEL:042-341-2711

物体を認識する脳内神経伝達メカニズムを解明
~自閉症患者のコミュニケーション障害の仕組み解明に一歩近づく~

 独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市 総長:樋口輝彦)神経研究所(所長:高坂新一)、微細構造研究部部長の一戸紀孝らの研究グループは、生体内神経結合イメージング法を用いて、生きているサルの脳内で、物体や顔の認知に関わる情報がどのように神経細胞間を伝達されるかを観察することに成功しました。これにより、顔などの物体認知に関係する神経細胞には、細かな情報を解析している細胞と、情報をいち早く伝えるよう特殊化された細胞の2種類があることが世界で始めて確かめられました。
 今回の研究で開発された「生体内神経結合イメージング法」は、手足の動きもある生体で完全な脳の形をとどめて、脳内の神経結合を調べることができる世界で初めての手法となります。
 これらの研究は、相手の表情や発言などを認知する能力に障害をもつ自閉症の原因解明とその治療法開発への大きな手がかりとなるものと期待されています。

 この研究結果は、2012年12月6日に英国科学誌Natureが発行する『Scientific Reports』のオンラインジャーナルで公開されます。

【研究の背景】

■ 自閉症患者さんの社会性障害の原因解明へ

 人間の社会性の獲得には、さまざまな事柄を総合的に見て判断し行動する能力が重要な役割を果たしています。ところが、自閉症の患者さんは、特定の事柄に執着したり興味の対象が限定されたりする一方、相手の発言や表情から気持ちを読み取るといった能力に欠け、これがコミュニケーション能力の障害に大きくかかわっていると考えられています。このような障害の原因とメカニズムを解明することは、治療への重要な手がかりになるものと考えられます。

■情報解析する細胞と情報を素早く伝達する細胞が存在

 大脳の下側頭葉は、物体・顔の一部を認知する後部と、それらを統合して全体の認識を行っている前部に分けられますが(図1)、自閉症ではこれらの領域における神経結合に障害があることが推測されていたものの、これまでほとんど確かめられておらず、自閉症の病態理解や治療法を開発する上で大きな障害となっていました。

図1:物体認知の経路

図1:物体認知の経路

目から入った物体の映像は、V1領域に微細な小片として送られる。その後、下側頭葉:後部(A)で断片的なデータが纏められ、下側頭葉:前部(B)に送られて、画像としてまとめられる。 自閉症の患者さんは、この二つの領域間を結ぶ神経結合が弱いため、全体を総合的に認識できないと考えられる。

本研究では、このような物体を認識する神経伝達経路が脳内でどのように働いているかを明らかにすることで、自閉症患者さんの社会性の障害の原因解明を試みました。
その目的のために、新たに生体内で領域内外の結合をイメージングする手法を開発し、その結果として、情報を早く伝えるように特殊化された細胞(領域同士を結ぶ神経細胞)と細かな情報を解析している細胞(領域内部を広く結合する神経細胞)とが、異なった神経細胞であることを明らかにしました。

【研究の内容】

 本研究は、モデルとしてアカゲザルの顔・物体・素材認知の最終段階である下側頭葉を用いて行いました。前述のように下側頭葉は、物体・顔の一部を認知する後部と、それらを統合して全体の認識を行っている前部に分けられます。

■ステップ1(図2)
 赤い蛍光をつけたトレーサーを下側頭葉:前部に微量注入し(図2b:小さな赤い点)、このトレーサーが神経結合内を運ばれた時期に、下側頭葉:後部を蛍光顕微鏡で脳表面から観察したところ、赤い斑点が数個確認できました(図2a:矢印)。その部位の切片を作って調べてみたところ、この斑点が注入部位から運ばれた赤いトレーサーを持つ神経細胞の集団であることが分かりました。

図2:ステップ1

図2:ステップ1


■ステップ2
 次に、赤い斑点の中の一つに緑の蛍光トレーサーを同様に注入し(図3b)、時間を置いた後に切片を作ってみたところ、緑の神経細胞集団が、先ほどの赤の神経細胞集団と混在して、赤と緑の入り交じった数個の神経細胞集団を作っていることが分かりました(図4a,b)。
 しかし、赤と緑を同時に持っている細胞は著しく少なく(0.16%:図4b矢印)、赤と緑の細胞が独立した細胞であることが分かりました。
 このことは、(1)赤の細胞は領域を越える結合を持つが、自身の領域内では広い結合を持たないこと、(2)緑の細胞は自身の領域内で広く結合を持つが、領域を越えた結合を持たないことを示しています。しかし、赤と緑の細胞は強く入り交じっているので、その部位で情報の交換がなされることは想像に難くありません。
 この2つの細胞を用いることにより、下側頭葉:後部では、赤の細胞が、速いが粗い情報を前部に送って素速く組み合わせており、緑の細胞は自身が直接前部へ情報を送ることはせず、遅いが細かくて正確な情報を赤の細胞を介して前部へ送っているかもしれないということが推測できました。

図3:ステップ2

図3:ステップ2

●図3aの点は図2aの神経細胞の集団部位の密度を色で表したもの
●図3cは図3のaとbを重ねたもの。赤と緑の塊がちょうど重なっているのが分かる。

図4:ステップ3

図4:ステップ3


図5:まとめ

図5:まとめ

あまり処理されていない情報は赤の細胞を介して素早く次の領域(B)に送られ、細かく正確な情報は、その領域内(A)で緑の細胞によって情報処理された後、近くにある赤の細胞を介して、B領域へ遅いが確かな情報を送っていると推定できる。

【今後期待される展開】

 領域を越えた結合(赤の細胞)と、領域内を広く結合する細胞(緑の細胞)が異なった神経細胞であることを示した今回の研究成果は、これらの神経細胞を別々に制御できる可能性を示しています。したがって、領域外結合神経細胞の結合を強化し、領域内神経結合を弱くすることによって、自閉症の症状軽減の治療法開発への応用が期待できます。
 また、本研究のために開発した生体内で細かな神経結合を見ることのできるイメージング技術によって、解剖することなく生体脳において、神経細胞同士の情報変換という脳が行っている本質に迫る研究が進むことが期待されます。

※ 本研究は、最先端研究開発支援プログラム、精神神経疾患研究開発費、脳科学研究戦略推進 プログラム、新学術領域「顔認知」、「質感脳情報学」などの助成を受けて行われました。

【用語の説明】

■自閉症
社会性や他者とのコミュニケーション能力に困難が生じる発達障害の一種で、次の3つの特徴的な症状を持つ。(1)対人相互反応の質的な障害、 (2)言語を主とする意思伝達の著しい異常またはその発達の障害、 (3)活動と興味の範囲の著しい限局性と常同行動。知的レベルに非常な幅があり、他の疾患と同時に罹患するので、単一の疾患とは言い切れず、現在は自閉症スペクトラムと呼ばれている。統計的には日本を含めて世界的に増加傾向にあり、社会的にも医療者からも注目を浴びている。
■生体内神経結合イメージング法
大脳皮質は直径0.5mm x 高さ2mmほどの柱状のICチップのような機能単位から構成されていると考えられている。これらの機能単位が神経結合を通じて情報をやり取りし、知性・感情・意思に関わる情報処理を行っている。
生体内神経結合イメージング法とは、この神経結合にそって移動するトレーサーと、微弱な光をあてると強い特殊な色を発光する蛍光物質とを組み合わせることによって、生きた脳で機能単位レベルの微細な神経結合を観察できる革新的なテクノロジーである。
■神経結合
脳内にある神経細胞が、軸索(axon)と呼ばれる突起を出して、他の神経細胞に接着する。ここに次の細胞へ情報を送るシナプスが形成される。この軸索は電気的活動を用いて速い情報伝達の担い手となる。短いものは数ミクロンから、長いものでクジラの尾の軸索のように数十メートルに及ぶものがある。一個ずつの神経同士はこの軸索を用いて神経結合を行うが、他に脳領域同士、脳のもっと小さな機能単位(神経カラム)同士の間を、軸索が結んでいる場合にも、神経結合という言葉を用いる。いずれにしても、ある神経細胞の集団が、軸索という突起を用いて、別な神経細胞に情報を送り、この際の情報の集積の仕方で脳は情報の処理を行っていると考えられている。
■蛍光トレーサー
上で述べた軸索突起は脳の遠・近距離情報の担い手であるので、脳の軸索による結合地図を作ることは、脳の設計図を作る作業に似ている。軸索突起は上記のように非常に長いものも存在するので、軸索を伝って電気的神経活動が伝導する以外に、軸索やその先のシナプスに必要な物質、または老廃物を移動させるための軸索流という特殊なシステムが存在する。トレーサーはこのシステムを使える物質で、シナプスから取り込まれ、軸索を細胞体へ向かって移動し、それを検知することにより神経結合がわかる。 蛍光トレーサー
蛍光物質は、特殊な色の光を与えると、別な色の光を返してくる特性を持つ。この特性により、与える色と出す色の組み合わせを変えることで多くの種類を生み出すことができる。この種類の異なる蛍光物質をそれぞれのトレーサーにつけておくと、トレーサーとともに蛍光物質が運ばれ、これに特殊な色の光を照射することで赤や緑などに発色させ、それぞれの蛍光トレーサーを区別することができる。これを応用し、いろいろな色を出すトレーサーを用いることで、一つの脳内の多様な神経結合を調べることが可能となる。

原論文情報

論文名:
Distinct Feedforward and Intrinsic Neurons in Posterior Inferotemporal Cortex Revealed by in Vivo Connection Imaging
著 者:
一戸紀孝、Elena Borra, Kathleen S. Rockland
掲載誌:
Scientific Reports(Nature Publishing Group)オンラインジャーナル/2012.12.6

【研究に関するお問い合わせ】

独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所、微細構造研究部
部長 一戸紀孝(いちのへ のりたか)
TEL:042-346-2093, 042-341-2712 (ext. 5913)
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