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プレスリリース詳細
2013年2月22日
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
総務課広報係 TEL:042-341-2711
多発性硬化症(MS)の発症メカニズムを解明
〜発症に関わる病原性T細胞の機能を抑制することに成功〜
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市 総長:樋口輝彦)神経研究所(所長:髙坂新一)の免疫研究部部長 山村隆、同室長 大木伸司およびベン・レイバニー研究員らの研究グループは、日本において患者数が急速に増加しつつある多発性硬化症(MS)の新しい治療法の開発につながる発症メカニズムの解明と病態改善の手がかりを発見しました。
山村らの研究グループはこれまでに、多発性硬化症(MS)の炎症を引き起こすサイトカイン(インターロイキン17:IL-17)の分泌に「NR4A2」というタンパク質がかかわっていることを明らかにしてきましたが、この度の研究では、この炎症性サイトカイン(IL-17)の産生がNR4A2によって制御されるメカニズムを解明するとともに、生体内におけるNR4A2の機能を抑制することにより病態を顕著に改善できることを明らかにしました。
今回の研究によって、炎症を起こすサイトカイン発現に至るメカニズムを解明し、それを制御するタンパク質を特定できたことは、化学的に安定した薬を開発する上で極めて意義ある研究成果と言えます。今後、病原性T細胞を標的としたMSの新しい治療法の開発へとつながるものです。
この研究成果は米国科学雑誌「PLoS ONE(プロスワン)」オンライン版で、2013年2月22日(報道解禁日時:米国太平洋標準時2月21日午後2時)に掲載されました。
【研究の背景】
■多発性硬化症(MS)の根治に向けた発症メカニズム解明の重要性
近年、食生活の欧米化などに伴い、国内における多発性硬化症(MS)は著しく増加しており、その患者数はこの30年間で20倍以上(約13,000人)に増加したといわれています。
これまでMSの治療法としては、免疫を抑制する副腎皮質ステロイドホルモンや液性タンパクであるインターフェロンβなどがありますが、必ずしもすべての患者さんに効果があるというわけではなく、より効果的な治療法の開発が続けられています。
MSなどの自己免疫疾患は、自らを攻撃してしまう病原性Tリンパ球がその発症のメカニズムに深く関与していると考えられ、中でも炎症性サイトカインであるインターロイキン17(IL-17)を産生するTh17細胞が注目されています。また、MSの類縁疾患である視神経脊髄炎(NMO)でも、その発症へのTh17細胞の関与が指摘されています。そこで、これらの疾患の克服には病原性リンパ球の機能を制御することが必須と考えられるようになりましたが、すでに治験段階に進んでいる各種の抗サイトカイン療法は、これまでのところ必ずしも十分な成果を得るに至っておらず、病原性リンパ球そのものを標的とした治療法の確立が望まれていました。
【研究の内容】
山村らの研究グループは、2008年に患者由来の末梢血T細胞から核内受容体である「NR4A2」を同定し、多発性硬化症の炎症を引き起こすサイトカインを分泌するインターロイキン17(IL-17)の活性化にNR4A2が関与していることを明らかにしてきました。
今回、同研究グループは、この「NR4A2」に着目し、MSの動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)マウスを用いて、病原性T細胞の機能解析を行いました。
■炎症性サイトカイン産生メカニズムの解明
その解析により、NR4A2は高い病原性を有し、自己を攻撃するIL-17を産生するTh17細胞だけに発現することがわかりました。またNR4A2に特異的に働きかけるsiRNA(NR4A2特異的二本鎖RNA)でT細胞を処理したところ、Th17細胞の分化に深く関わる遺伝子群の発現がほぼ完全に抑制され、同時に炎症を引き起こすサイトカインを分泌するIL-17の発現も消失しました。
さらにこの培養系にIL-21を外から添加すると、IL-23受容体とIL-17の産生が濃度依存的に回復することから、IL-21がNR4A2によるT細胞のIL-17産生制御における標的分子であることが分かりました。
これらによって、NR4A2がTh17細胞のIL-17産生を制御するメカニズムの詳細が明らかになりました。
図1:IL-17産生のメカニズム
■NR4A2の制御により病態が改善
次に、“NR4A2特異的siRNA”をマウスに投与してEAEの病態が改善されるかどうかを確かめました。siRNAは極めて不安定で投与直後にその大部分が分解される懸念があったため、その安定化を目的としてコラーゲンマトリクスにsiRNAを封入し、EAE誘導時にマウスに1回静脈投与したところ、siRNA投与群ではEAEの病態の有意な改善が見られました。この時、中枢神経系あるいは末梢血に分布したT細胞では、NR4A2の発現とIL-17産生が有意に抑制されることが分かりました。
その後時間とともにその効果が減弱しましたが、siRNAが体内で徐々に分解されたことによる効果の消失によるものと考えられました。(図2)
図2:NR4A2特異的siRNAによるEAE病態の制御
以上の結果から、生体内で病原性T細胞のNR4A2発現を抑制することで、病態の有意な改善が得られることが明らかとなりました。
【今後期待される展開】
■病原性T細胞標的とした新たな多発性硬化症治療法開発への応用に期待
“NR4A2特異的siRNA”のマウスへの直接投与によりEAEの病態が抑制されたことから、これらの合成核酸が、多発性硬化症などのT細胞依存性自己免疫疾患の病態改善に有効である可能性が高まりました。またNR4A2によるTh17細胞機能制御メカニズムが解明されたことにより、例えばIL-21遺伝子などの発現抑制を指標とした、NR4A2を標的とする小分子化合物のスクリーニングによる新規治療薬の同定への道が開かれ、多発性硬化症に対するこれまでにない画期的な治療法の確立への可能性が広がるものと期待されます。
【用語の説明】
- ■多発性硬化症(MS)
- 多発性硬化症は中枢神経系の脱髄疾患の一種。神経繊維を取り囲む髄鞘が破壊されることによる伝導障害を主徴とします。患者の多くは、脱髄(有髄神経の髄鞘が障害されること)が斑状にあちこちにでき、再発を繰り返します。発症の引き金として、髄鞘に分布するタンパク質に対して自身の免疫系が攻撃をおこなう、自己免疫応答が重要な役割を担うと考えられています。一般に欧米人に多く、大脳や小脳に病変を生じますが、近年、わが国におけるMS患者は著しい増加傾向にあり(患者数 約13,000人)、その対策が急務です。一方、主に視神経と脊髄に病変が生じる視神経脊髄型MSの多くは、視神経脊髄炎(NMO)という別の疾患であると考えられるようになってきています。
- ■実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)
- 髄鞘由来タンパク質あるいはその部分ペプチドを免疫することで誘導可能な、マウスの病態モデルです。一般に、MSの動物モデルとして広く利用されており、MSの免疫学的病因の解析に有効な唯一かつ強力なツールと考えられています。抗原の免疫により活性化した自己反応性T細胞が髄鞘組織を攻撃、破壊することで病変が生じますが、近年炎症性サイトカインとして知られるIL-17を産生するTh17細胞が、その自己反応性T細胞の本体として注目を集めています。EAE発症マウスでは、Th17細胞をはじめとするさまざまな免疫担当細胞が病態形成に関与しますが、極めて複雑は各細胞の役割の解明は必ずしも十分ではありません。
- ■siRNA(small interfering RNA)
- 二本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つmRNAが分解される、いわゆるRNA干渉と呼ばれる現象を利用して、特定のmRNAのみを分解することを目的に用いられる2本鎖RNA。とくにRNase IIIの一種であるDicerによって、長い二本鎖RNAが切断されて得られる21-23 塩基の短い3'突出型二本鎖RNAおよび人工二本鎖RNAを指します。細胞内で複数の蛋白質がsiRNAと会合することでRISC複合体が形成され、相補的な配列を持つmRNAを取り込んで分解します。高い特異性が期待できる一方で、体内での分子の不安定性が避けがたく、今のところ限られた疾患で臨床応用が進められています。
原論文情報
- 論文名:
- “Nuclear receptor NR4A2 orchestrates Th17 cell-mediated autoimmune inflammation via IL-21 signalling”
- 著 者:
- ベン・レイバニー、大木伸司、山村 隆
- 掲載誌:
- PLoS ONEオンライン版/2013.2.21
【研究に関するお問い合わせ】
独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 免疫研究部
ベン・レイバニー(研究員)、 大木伸司(室長)、 山村隆(部長)
TEL:042-341-2711(代表)FAX:042-346-1753
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