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プレスリリース詳細

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2015年11月16日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
Tel:042-341-2711(総務部 広報係)

神経変性を引き起こす鍵分子を発見

~活性酸素の作用によって神経細胞内のZNRF1蛋白が
神経軸索と神経細胞崩壊を引き起こす~

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市,理事長:樋口輝彦)神経研究所(所長:武田伸一)疾病研究第五部の若月修二室長、荒木敏之部長らの研究グループは、パーキンソン病・脳卒中・神経傷害など多様な神経疾患に共通する細胞内シグナルが、神経細胞の構造を壊すきっかけとして作用していることを、初めて明らかにしました。

今回,研究グループは、ストレスを受けた神経細胞においては、活性酸素が細胞内情報伝達因子として作用することによってZNRF1(*1)と呼ばれる蛋白が活性化すること、ならびに、ZNRF1の活性化は細胞死と軸索崩壊の両方を引き起こすことを示し、さらにマウスのパーキンソン病モデルにおいてZNRF1蛋白の機能阻害が軸索崩壊と細胞死の両方を抑制できることを明らかにしました。これらのことから、ZNRF1の機能を抑える薬を開発することで、パーキンソン病をはじめとする神経疾患の症状改善や病気の進行抑制につなげることができる可能性があると考えられます。今回の発見は,この仕組みに影響を与える薬を開発することで多くの神経難病の症状改善や病気の進行抑制につなげることができる可能性を示しました。

この研究成果は、米国科学雑誌「Journal of Cell Biology(ジャーナル・オブ・セル・バイオロジー)」に、オンライン版で2015年11月16日午後11時(報道解禁日時:米国東部標準時 11月16日午前9時)に掲載されました。(冊子版には後日掲載)。

■研究の背景・経緯

私たちの脳の主要な構成要素である神経細胞は、軸索や樹状突起と呼ばれる長い突起をもち、他の細胞と連絡することで機能しています.多くの神経難病(パーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症など)では、神経の突起が徐々に失われ、更に神経細胞が徐々に死んでしまうことで脳や脊髄のはたらきが低下します。

1990年代に活発に行われた多くの研究によって、細胞が死ぬ際には、多くの場合、積極的に細胞を殺す細胞内反応メカニズムの活性化が必要であることが明らかとなり、一連の細胞死研究の先駆けとなった研究は2002年のノーベル医学生理学賞の対象となりました。一方、多くの神経疾患において、神経細胞の死に先立って起こる「神経突起の崩壊」は、細胞死とは別のメカニズムによって制御されていることが分かっていたものの、制御機構の詳細は不明でした。我々の研究グループは、2011年に発表した研究において、軸索の損傷が起こると軸索内の骨組みを形成している「微小管(*2)」と呼ばれる構造たんぱく(細胞骨格)の安定性を制御するメカニズムが変化することによって神経突起構造崩壊が誘導されることを明らかにしました。(図1)

このメカニズムにおいて、神経傷害後、AKTと呼ばれるリン酸化(*3)酵素を分解することによって細胞骨格崩壊のための細胞内反応を開始するZNRF1は、ほぼすべての神経細胞にいつも存在するたんぱくですが、神経傷害が起こると突如として軸索崩壊を引き起こす反応を開始することから、この仕組みを明らかにすることが「神経突起がなぜ壊れるのか」を知るうえで重要であると考えられていました。

■研究の内容と今後の展望

今回,研究グループは、活性酸素(*4)が細胞内で情報伝達因子として作用することによってZNRF1を活性化すること、そしてZNRF1の活性化は細胞死と軸索崩壊の両方を引き起こすことを、マウスで作成した脳卒中、パーキンソン病、神経損傷のモデルにおいて示しました。ZNRF1はほぼ全ての神経細胞に恒常的に存在していますが、普段は不活性です。今回の研究により、神経細胞に損傷やストレスなど病気の原因となる様々な刺激が加わると、神経細胞内に活性酸素が生じ、そのはたらきによって、上皮細胞増殖因子(epidermal growth factor receptor, EGF)受容体と呼ばれる酵素によるZNRF1リン酸化がおこることによって、ZNRF1の働きが活性化することがわかりました(図2)。活性酸素は、これまで、体内で産生されて老化を促進する分子として広く知られていましたが、今回の研究は、神経細胞内の反応を調節するシグナル分子としての全く新しい活性酸素の役割を初めて明らかにしました。また、上に述べたように、これまで軸索崩壊と細胞死は、それぞれ独立した細胞内反応によって制御されているものと考えられていましたが、今回の研究は、ZNRF1蛋白が神経細胞へのストレス刺激に伴って軸索崩壊と細胞死の両方を開始させる機能を持っていることを初めて明らかにしました。さらに本研究では、マウスのパーキンソン病モデルを用いてZNRF1蛋白の機能阻害が軸索崩壊と細胞死の両方を抑制できることを示すことができたことから、ZNRF1の機能を抑える薬を開発することで、パーキンソン病をはじめとする神経疾患の症状改善や病気の進行抑制につなげることができる可能性があることを示しています。

■用語の説明

*1 ZNRF1

Zinc-RING finger-1の略で、ユビキチン連結酵素の一つ。ユビキチン連結酵素は、標的となる蛋白にユビキチンという蛋白を鎖状につなぐ役割を持つ。ユビキチン鎖が付加された標的蛋白は、プロテアソームで分解されるため、ユビキチン連結酵の役割は、特定の蛋白を分解に導くことにあると考えられる。ZNRF1は神経細胞ではAKTを標的としている。

*2 微小管

細胞の構造を支える骨組み(細胞骨格)の一種。チュブリンと呼ばれるタンパク質が多数重合したり、バラバラになったりすることで、細胞の形態維持や変化,細胞分裂,繊毛の運動など、細胞のさまざまな機能に重要な役割を果たす。

*3 リン酸化

タンパク質分子などにリン酸基を付加する反応。リン酸化によってタンパク質分子のはたらきが変化したり、細胞内での局在や他のタンパク質分子との会合状態が変化したりすることから、細胞の生存や機能維持に極めて重要である。

*4 活性酸素

酸素がより反応性の高い状態に変化したものを活性酸素と呼ぶ。活性酸素が神経細胞に与える傷害が神経変性疾患の原因のひとつとして注目されるが、どのような仕組みで神経変性を引き起こすのかは明らかになっていない。

*5 プロテアソーム

細胞内で蛋白質を分解するための装置。多数の構成蛋白からなる巨大な複合体である。

■原論文情報

<発表論文名>

Oxidative stress-dependent phosphorylation activates ZNRF1 to induce neuronal/axonal degeneration

<著者>

Shuji Wakatsuki, Akiko Furuno, Makiko Ohshima and Toshiyuki Araki

<掲載誌>

Journal of Cell Biology(ジャーナル・オブ・セル・バイオロジー)
DOI:10.1083/jcb.201506102
URL: www.jcb.org/cgi/doi/10.1083/jcb.201506102

 

■お問い合わせ先

【研究に関すること】

荒木敏之(あらき としゆき)
国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第五部 部長
Tel:042-346-1716 /Fax:042-346-1746
E-mail:

【報道に関すること】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課広報係
TEL:042-341-2711(代表)

 

本リリースは、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブに配布しております。

 

■参考図

図1.神経軸索の崩壊はZNRF1のはたらきによりAKTがプロテアソーム(*4)で分解されることによって誘導される。

神経軸索の構造を支える蛋白の一つである「微小管」はチューブリンという蛋白が多数集まって管状の構造になることによってできています。微小管は、いったん出来上がった後も、チューブリン蛋白をたえず新しく作られたものと取り替えられることが健全な機能を維持するうえで必要であることが知られています(上図「正常な神経軸索」参照)。チューブリン蛋白は、細胞体で作られ、軸索中を輸送されるときにCRMP2(collapsin response mediator protein 2)という蛋白が運び役として必要ですが、CRMP2の機能はリン酸化(※2)によって調節を受けています。CRMP2がリン酸化されると、チューブリンの輸送機能が損なわれてCRMP2は壊れてしまい、ひいては微小管構造が壊れてしまいます。CRMP2をリン酸化するのはGSK3B(glycogen synthetase kinase 3B)という酵素ですが、GSK3BもAKTと呼ばれる別の酵素によってリン酸化されることによって機能が失われることがわかっています。

研究グループは、神経軸索が傷害をうけるとZNRF1(zinc and ring finger 1)蛋白がAKTと結合してAKTをプロテアソーム(*5)に運ぶことによってAKTを壊すはたらきが高まり、AKTによるリン酸化が起こらなくなることにより機能が強まったGSK3BがCRMP2のリン酸化を強めることによって、神経軸索の崩壊がおこることを明らかにしました(上図「傷害後の神経軸索」参照)。さらに、研究グループは、このZNRF1-AKT-GSK3B-CRMP2という反応経路をいずれのステップで止めた場合でも神経軸索の変性が強く抑えられることをモデル動物(マウス)を用いた実験で示しました。(2011年)
Wakatsuki S, Saitoh F, and Araki T: ZNRF1 promotes Wallerian degeneration by degrading AKT to induce GSK3B-dependent CRMP2 phosphorylation.
Nat. Cell Biol. 13(12):1415-23 (2011).(http://dx.doi.org/10.1038/ncb2373).

図2.活性酸素の作用によって、神経細胞内のZNRF1がEGF受容体によるリン酸化によって活性化し、軸索崩壊と細胞死を引き起こす

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