末梢神経の髄鞘化(ミエリン形成)を調節するグルタミン合成酵素と、グルタミン酸について

Proteasomal degradation of glutamine synthetase regulates Schwann cell differentiation (Journal of Neuroscience, 2010)

Schwann細胞は末梢神経においてミエリン(髄鞘)を形成しているグリア細胞で、末梢神経に特有な神経再生能力に必要不可欠な役割を果たしています。末梢神経のミエリン形成障害は、シャルコー・マリー・トゥース (Charcot Marie Tooth) 病などの病気や、糖尿病性末梢神経障害で見られますが、有効な治療法が無く新しい発想による治療法開発が求められています。脱髄抑制・髄鞘化促進による根本的治療法の開発のためには、末梢神経髄鞘を構成するSchwann細胞の分化制御過程についての理解が不可欠であると考えられます。

我々は、ラット、マウスなどモデル動物を用いて、末梢神経発生、傷害モデルにおける変性・再生過程におけるSchwann細胞の遺伝子発現制御メカニズムに関する研究を行ってきました 。Schwann細胞は、神経堤細胞(Neural Crest Cell)から発生し、一連の転写因子が順番に活性化して必要な遺伝子の発現を制御することで分化が進み、いくつかの中間段階を経て、生後の発達過程において髄鞘化がおこることが知られています。末梢神経傷害モデルを用いた研究では、ミエリンを形成しているSchwann細胞は神経傷害後未分化型Schwann細胞に類似した形質を示すようになり(脱分化)、この際傷害された神経突起の伸展再生を促し、再び生後発達過程に類似した転写調節を経て、再ミエリン化にいたると考えられています。

今回の研究結果で、我々は、このような転写因子発現調節によるSchwann細胞の分化調節に加えて、蛋白のプロテアソーム分解による発現量調節メカニズムの寄与があることを明らかにしました。(Saitoh and Araki、Journal of Neuroscience, 2010)

我々は、Schwann細胞で神経傷害後発現が著明に増加する遺伝子としてZNRF1(Zinc-RING finger1)を以前に発見し、報告しました。ZNRF1はアミノ酸配列にRING finger構造をもち、ユビキチン連結酵素として標的蛋白にユビキチンを結合することで分解系へと誘導する機能を持ちます。今回、我々はZNRF1に結合し、ZNRF1依存的にプロテアソーム分解が誘導される標的蛋白としてグルタミン合成酵素(Glutamine Synthetase:GS)を同定しました。GSはグルタミン酸からグルタミンを合成する反応を行う酵素です。我々は、GSのmRNA発現量は神経傷害によって大きな影響を受けないにもかかわらず、GS蛋白の発現量は神経傷害後、プロテアソームでZNRF1依存的に分解されることで大きく低下することを見出しました(図1)。

<神経傷害後の経過時間>

図1 傷害神経におけるグルタミン合成酵素(GS)とZNRF1の蛋白発現変化の時間経過

神経傷害後のSchwann細胞がZNRF1発現量を急速に低下させなければならない理由は何なのかについて調べるため、我々は、培養細胞を用いたミエリン形成モデルを用いた検討を行いました。このモデルにおいては、初代培養DRG神経細胞とSchwann細胞の共培養状態において、培養液中にアスコルビン酸(ビタミンC)を添加することでミエリン化を誘導することができます。このモデルを用いて、我々は、GSを強制発現させたSchwann細胞を用いると、普通のSchwann細胞を用いた場合よりミエリン化をより高頻度に起こすことができることを明らかにしました。このことは、Schwann細胞におけるGSの発現がミエリン化状態の変化を引き起こす効果をもつことを示しています。(図2)


図2 培養細胞を用いたミエリン形成モデルにおけるGSの強制発現によるミエリン化の増加

バクテリアの蛋白を用いた研究などから、GSは活性酸素によって酸化修飾を受けやすい蛋白であって酸化修飾を受けたGSは構造が不安定化して分解を受けることが知られていました。今回我々が明らかにしたSchwann細胞でのGS分解と酸化修飾との関係を明らかにするため、神経傷害後のSchwann細胞における蛋白酸化修飾の変化を調べたところ、神経傷害後Schwann細胞では酸化修飾をうけた蛋白が大きく増加すること、GSもこの際酸化修飾を受けていることがわかりました。これらのことから、Schwann細胞の脱分化の際に増加する酸化ストレスは、分化促進的作用をもつGSのような蛋白の除去のために必要であることが示されました。

上にも述べたようにGSはグルタミン酸をグルタミンに変換する酵素ですが、この酵素がどのようにSchwann細胞のミエリン化と関係しているのでしょうか。このことを調べるため、グルタミン酸、グルタミンをそれぞれDRG神経細胞・Schwann細胞共培養モデルに添加したところ、グルタミン酸の添加量がミエリン化と関係していることが明らかになりました。

現在我々は、グルタミン酸がSchwann細胞にどのようなシグナルを伝えることによってミエリンに影響を与えるのか、「グルタミン酸レベルの変化→ミエリン化状態の変化」のメカニズムをどうすれば脱髄抑制・髄鞘化促進を実現することができるか、に関してさらに研究を行っています。