筋萎縮性側索硬化症(ALS)、前頭側頭葉変性症(FTLD)の発症原因蛋白質TDP-43の新たな機能を発見

TDP-43 transports ribosomal protein mRNA to regulate axonal local translation in neuronal axons.( Acta Neuropathologica, 2020)

■研究の背景・経緯

筋萎縮性側索硬化症(ALS)および前頭側頭葉変性症(FTLD)は現在のところ根本的な治療が困難な神経疾患です。大部分のALS患者さんと半数程度のFTLD患者さんでは神経細胞を中心にTDP-43が核から消失し細胞質に異常に沈着することが報告されています。 TDP-43はRNA(リボ核酸)結合蛋白質です。RNA結合蛋白質は、RNAに結合してその機能や局在を調節する蛋白質であり、TDP-43は細胞核内の遺伝子からのmRNAの生成や成熟(スプライシング)、成熟したmRNAの細胞質への輸送など、RNAの代謝に関わる色々な機能を持っていることが知られています。

神経細胞は軸索あるいは樹状突起と呼ばれる突起(神経突起)を持つことが特徴であり、このような神経突起を介して神経細胞どうしがネットワークを形成し互いに情報をやり取りしています。神経突起の形態や機能を維持するためにそこには種々の必要な物質が輸送されていますが、mRNAも神経突起に運ばれてそこで蛋白質を合成するために使われています。一般に、蛋白質は、核の近く・細胞の中心付近で作られることが多いのですが、神経細胞は、長い突起を伸ばす特徴的な形と情報伝達の機能を維持するために、突起の先のほうでも蛋白質を作っています。特に神経突起が新たなネットワークを形成するときや神経突起が損傷を受けた後に再生するときには、軸索内にあるmRNAから即座に蛋白質を合成していち早く対応することが重要となります。

  

mRNAが神経突起に運ばれる際には、RNA結合蛋白質と結合してRNA顆粒と呼ばれる複合体を形成して輸送されることが分かっています。このRNA顆粒の神経突起への輸送が何らかの原因で障害されると神経突起の形態や機能に異常が生じ、ひいては神経細胞全体の機能障害や細胞死が起こることになります。

本研究グループはTDP-43が神経細胞内で異常に沈着すると正常なRNA顆粒を形成できず、必要なmRNAを神経突起、特に長い神経突起である軸索に輸送することができなくなり、その結果神経細胞の障害を起こしてALSやFTLDを発症するのではないかと考え、TDP-43により軸索に運ばれるmRNAの探索を行いました。

■研究の内容

本研究グループはまず、培養した神経細胞から軸索部分のみを採取する方法を確立し、その方法を用いてTDP-43を減少させた神経細胞の軸索で減少するmRNAをマイクロアレイ法により探索しました。その結果、いろいろなリボソーム蛋白質をコードするmRNAが、有意に減少する遺伝子群として見つかりました。

リボソーム蛋白質は、mRNAから蛋白質を作る(これを「翻訳」といいます)のに必須の細胞内合成装置であるリボソームを構成している蛋白質であり、リボソームによる蛋白質全体の翻訳効率に大きな影響を与えています。このリボソーム蛋白質のmRNAを培養神経細胞を用いて詳しく解析したところ、リボソーム蛋白質mRNAは軸索内でTDP-43と同じ場所に顆粒状に存在すること、リボソーム蛋白質mRNAとTDP-43は互いに結合していること、TDP-43の減少によりリボソーム蛋白質mRNAを含む顆粒の軸索への輸送が減少することがわかりました。また軸索に輸送されたリボソーム蛋白質mRNAは神経細胞への刺激により軸索内でリボソーム蛋白質へと翻訳され、リボソームの翻訳機能の維持に重要な役割を果たしていることもわかりました。

次に培養神経細胞やマウスの脳内の神経細胞でTDP-43を減少させると徐々に軸索の伸長が悪くなってきますが、その際同時にいくつかのリボソーム蛋白質mRNAを過剰に発現させたところ、リボソーム蛋白質の回復により軸索の伸長が改善することが確認できました(図1)。さらにTDP-43の異常沈着を認めるALS患者さんの脳組織で主に運動神経の軸索が走行している部位を調べたところ、複数のリボソーム蛋白質mRNAが減少していることが見いだされました。

以上よりTDP-43は神経細胞でリボソーム蛋白質mRNAを軸索に輸送する働きを持ち、それにより軸索内でリボソーム蛋白質を供給してリボソームによる翻訳機能を維持していること、その機能が障害されると軸索での種々の蛋白質の合成がうまくいかず軸索の伸長が阻害されること、このTDP-43によるリボソーム蛋白質mRNAの軸索輸送の障害がALSおよびFTLDの発症と関連していると推測されることがわかりました(図2)。

■今後の展望

上記で示した通り、今までTDP-43の異常凝集を伴うALS、FTLDの発症原因は不明の点が多かったのですが、本研究によりそれが神経軸索におけるリボソームを介した局所翻訳機能の低下と関連する可能性が示唆されました。今後リボソーム蛋白質mRNAの軸索への輸送やそこでのリボソーム蛋白質への翻訳、軸索でのリボソームの機能そのものを上昇させるような薬剤の同定により、新たな作用機序に基づくALSおよびFTLDの根本的な治療法の開発が可能となることが期待されます。

<ことば>

1.リボソーム:細胞内の蛋白質合成装置。数本のRNA分子と約50種類蛋白質から構成される巨大なRNA・蛋白質複合体であり、mRNAにコードされた情報から蛋白質を合成する。

2.メッセンジャーRNA(mRNA):リボ核酸(RNA)の一種。核内のDNA(ゲノムDNA)を鋳型にして、DNAと相補的な配列のmRNAが作られる。mRNAは細胞質に出て、リボソームにおける蛋白質の際に、アミノ酸の配列を指定する「遺伝暗号の伝達役」として機能する。

図1: TDP-43減少神経細胞でみられる軸索伸長障害に対するリボソーム蛋白質mRNAの改善効果

図2:TDP-43の異常沈着に伴うALS/FTLDの病態モデル