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「小児自閉性障害に対する薬物治療アンケート調査」結果
についてのご説明

 3月10日の一部の新聞に発達障害のあるお子様の薬物治療に関する当センターの研究に関する記事が掲載されました。しかし発達障害のお子様をお持ちの保護者の方々や診療にかかわる医師の方々の一部に懸念や当惑を感じられたと伺いましたので、全国の関係者の皆様に、記事に関連した調査結果が意味することを正確にお伝えし、発達障害の治療研究の現状と今後向かうべき方向性について、少々解説を加えさせて頂きたいと考えました。

 当センターは、発達障害のある方々のメンタルヘルスやQOL(Quality of Life: 生活の質)の向上を重要課題の一つとして、診断や治療に役立つ研究に取り組んでいます。特に、自閉症の早期支援は発達障害対策の要であり、根本的治療法と同様、併存する情緒や行動の問題の治療、そして医療だけでなく、保健・教育・福祉と連携した地域システムの支援に関する研究もまた重要であると考えています。発達障害のある方は、わが国でおよそ1,000万人、そのうち未就学児は数十万人と推定されていますが、全国で発達障害の専門医は1,000人余りに過ぎません。発達障害のある方のニーズにあった支援が、保健・医療・教育・福祉の全てに関して、全国どの地域でも受けられるよう、更に必要に応じて質の良い医療がどこででも受けられるよう、エビデンスを生み出すべく努めているところです。

 そうした中、当センターが平成22年度に行った研究成果の一部が、「全国の専門医の3割が発達障害のある就学前幼児に治療指針のない向精神薬を処方している」として報道されました。これは、同年度の研究課題「発達障害の神経科学的基盤の解明と治療法開発に関する研究」として行われたアンケート調査結果に基づく記事ですが、この結果の解釈は、そう単純ではありません。このアンケートでは、発達障害診療に従事する全国の専門医1,155名を対象に「小児の自閉性障害に併存する情緒、行動上の問題、興奮、睡眠障害等の問題に対して薬物治療を行っているかどうか」、「薬物治療の開始年齢はいつ頃からか」など複数の質問をしました。この結果、大半の専門医は医療機関を訪れる自閉症の子どもの患者様の、併存症状を軽減するために薬物治療を行っており、回答した専門医の3割は、就学前の幼児に薬物治療を行った経験がある、ということが判りました。この含意は次の3点に要約されます。 第1に、自閉症の治療では、未だ根本的治療法が見つかっていないため療育や教育が治療の主体となっているのに対して、併存症状である情緒や行動の問題に対しては、早期の治療的介入が有効であることが知られています。最近の研究からは、自閉症児の過半数は、本症状の他に、多動や不安・うつ症状、そして睡眠の問題などを併存していることが判ってきました。その治療的介入には、心理・行動に働きかける方法と、薬物を用いた治療があり、前者だけで軽快するケースと、両者の併用が有用なケースがあります。自閉症それ自体の症状の改善は長期的に取り組む必要がありますが、併存症状の問題は短期間で好転すればQOLの向上に繋がりやすいので、その治療法についての研究は今後とても大切になります。

 第2に、幼児の薬物治療に関しては、向精神薬を含む薬物一般の有効性および安全性の確立に際しての手続き上の困難さから、研究が立ち遅れています。既に年長児や成人で有効性と安全性が確認された薬物についても、幼児への適用について確認することは現在の薬事承認制度では極めて困難です。一方で、行動の問題が深刻な一部のケースについては、早期療育だけでは日常生活が難しく、そうしたお子様とそのご家族はわずかしかいない専門医の診療を求めて受診されるという現実があります。また診療の現場では、総合的な判断の上で細心の注意を払って薬物治療を行っているというのが現状です。したがって、幼い子どもについての治療研究は大変ニーズが高く、安全に実施できる体制作りに国全体として取り組む必要があるという提言は、大きな意義があると考えます。

 第3に、自閉症などの発達障害のあるお子様が健やかに育ち、ご家族が安心して育児ができる地域に必要なのは、医療だけでなく、保健・福祉・教育全てが一体となって生涯途切れることのない支援を提供できる連携システムです。薬物治療は、たくさんある治療の選択肢の一つに過ぎません。可能ならば、地域での早期支援によって併存症状の悪化を予防し、薬物治療を必要とせずに過ごせることだと思います。

 今回の新聞報道は、そうした中で発達障害のあるお子様やご家族、そしてその診療に関わる専門医の皆様が苦慮しながら良い方向を模索している現状を示すものと、ご理解頂ければ幸いです。当センターもこれから一層、発達障害のよりよい治療研究に取り組んでいきたいと思います。

参考資料 分担研究報告書 薬物治療調査

平成23年4月8日
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター総長
樋口 輝彦

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