神経軸索変性を制御する新しい分子メカニズムを解明

研究の背景と研究成果の概要

私たちの脳の主要な構成要素である神経細胞は、多くの突起をもつことが特徴です。これらの突起には、軸索(※1)や樹状突起と呼ばれるものがあります。神経細胞は、これら突起構造を介してお互いに情報を伝達することによって,記憶や運動機能の調節などの脳のはたらきを制御しています.

多くの神経難病(パーキンソン病、アルツハイマー病など)では、神経細胞が徐々に死んで失われてしまうことで、徐々に脳のはたらきが低下しますが、神経細胞の死に先立ち、神経の突起が徐々に失われる状況が多くの病気において観察されます(これを神経突起の「変性」といいます)。神経軸索の変性は、神経疾患の症状の重要な原因となることも知られており、軸索の変性を止めることができれば、神経疾患の症状を改善したり、病気の進行を止めたりできることが期待されます。

神経軸索は、「微小管」と呼ばれる構造が突起の骨格を形成していて、突起構造の支持や、軸索内の物質の運搬の際のレールの役目などを果たしています。私たちは、神経がダメージを受けたあと、神経細胞内で微小管の構造を積極的に壊すメカニズムが作用して軸索が壊れることを示し、そのメカニズムの詳細をはじめて明らかにしました。今回明らかになった反応経路は、神経軸索の安定性や変性を制御する主要な反応経路であると考えられ、この反応経路を抑制する薬を開発することで神経疾患の症状改善や、病気の進行抑制につなげることができる可能性があります。

この研究は論文として下記に発表されました。
Wakatsuki S, Saitoh F, and Araki T: ZNRF1 promotes Wallerian degeneration by degrading AKT to induce GSK3B-dependent CRMP2 phosphorylation. Nat. Cell Biol. in press

詳しい解説

  

微小管はチューブリンという蛋白が多数集まって管状の構造になることによってできており、ネットワークとして完成した軸索突起内でも、微小管内のチューブリン蛋白はたえず新しく作られたものと取り替えられながら健全な機能を保っています。チューブリン蛋白が軸索中を運ばれるときにはCRMP2(collapsin response mediator protein 2)という蛋白が必要ですが、CRMP2の機能はリン酸化(※2)によって調節を受けています。CRMP2がリン酸化されると、チューブリンの輸送機能が損なわれて微小管構造は壊れてしまいます。CRMP2をリン酸化するのはGSK3B(glycogen synthetase kinase 3B)という酵素ですが、GSK3Bも自身のリン酸化によって機能がかわり、AKTと呼ばれる更に別の酵素によってリン酸化されることによって機能が失われることがわかっています。(図2)

  

私たちは、ダメージを受けた神経細胞ではZNRF1(zinc and ring finger 1)という更に別の蛋白がAKTと結合してAKTをプロテアソーム(※3)に運ぶことによってAKTを壊すはたらきが高まり、そのことによって機能が強まったGSK3BがCRMP2のリン酸化を強めることによって速やかに神経軸索を壊していることを明らかにしました(図2)。さらに、私たちは、このZNRF1-AKT-GSK3B-CRMP2という反応経路をいずれかのステップで止めた場合、どのステップで止めても神経軸索の変性が強く抑えられることをモデル動物(マウス)を用いた実験で示しました。

  

これらの実験結果は、ZNRF1-AKT-GSK3B-CRMP2という反応経路が神経軸索の安定性や変性を制御する主要な反応経路であること、この反応経路に影響を与える薬を開発することで神経疾患の症状改善や、病気の進行抑制につなげることができる可能性があることを示しています。

<用語の説明>

※ 1 神経軸索(図1)
神経細胞の細胞体から延びる突起状の構造で情報の出力を担う.ヒトでは,数ミリメートル程度から,長いものでは数十センチメートルのものまである。

※2リン酸化
蛋白質分子にリン酸基を付加する反応.リン酸化によって蛋白質分子のはたらきが変化したり,細胞内での局在や他の蛋白質分子との会合状態が変化したりすることから,細胞の生存や機能維持に極めて重要である。

※3プロテアソーム
細胞内で蛋白質を分解するための装置。多数の構成蛋白からなる巨大な複合体である。


図1.神経の病気やけがにおいて、神経軸索の変性がおこる 神経軸索は神経細胞から延びる突起構造であり情報の出力を担う.神経軸索の変性はさまざまな原因によって神経が傷害を受けた場合や、アルツハイマー病、パーキンソン病などさまざまな神経の病気の際にみられる。


図2.神経軸索の変性はZNRF1のはたらきによりAKTがプロテアソーム依存的に分解されることによって促進される
図1の神経軸索の模式図に示した四角1.2.において,今回明らかにした神経軸索の変性が進行する仕組みを模式的に表した.
(1)通常の神経軸索では,GSK3BはAKTによりリン酸化されてその機能が抑えられているので,微小管の構造は維持されている.
(2)ダメージを受けた神経では、ZNRF1のはたらきによりAKTが分解されるため,AKTによるGSK3Bのリン酸化が起こらなくなり、GSK3Bの働きが強くなる。GSK3BはCRMP2をリン酸化することによってチューブリンの輸送機能が低下し、微小管構造が壊れてしまう。