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Decoding of muscle activity from the sensorimotor cortex in freely behaving monkeys”

研究の背景

これまで、BMIの技術開発では、脳活動から読み取った運動の意図や筋活動の情報を活用して、運動障害をもつ患者さんが義肢や自身の筋肉の動きを制御することができるようになってきました。しかしながら、従来の脳活動から運動や筋活動の情報を解読する研究では、動物や被験者がいすに座って繰り返し腕のみを動かして行なわれていました。一方、BMI技術の目指すべきゴールのひとつとして、物理的な制約なく自由に動きまわった状態で自身の四肢や義肢を操ることがあげられますが、そのような自由に行動した状態で脳活動から筋活動の情報の解読を行った研究はありませんでした。また、実験室内で行なわれている腕の繰り返し運動で得られた知見が、自由に行動しているときの筋活動の情報の解読にそのまま当てはめることが可能なのかどうかも分かっていませんでした。 そのような中、近年、生体信号を記録し無線でデータを送信する装置の小型化が進み、自由に動き回っている動物や被験者の脳活動を記録することが可能となってきました。無線記録装置の技術的な向上を活かし、私たちは、多様な行動パターンを示す小型サルのマーモセットが飼育ケージ内で自由に動き回っているときの脳活動と筋活動を記録し、自由に行動している動物の脳活動から筋活動情報を解読することを試みました。

研究の内容

本研究では、31~32箇所の広範囲の大脳皮質活動を記録することができるシート状の多電極アレイを用いて、3頭のマーモセットの一次体性感覚野・一次運動野・運動前野を含む感覚運動野より皮質脳波(頭蓋内から記録される脳波)を記録しました。また、皮質脳波と同時に、2~4個の腕の筋肉から筋活動を記録しました。まず、サルにレバーを繰り返し引かせて、腕だけ動かしたときの皮質脳波と筋活動を記録しました。記録を行った感覚運動野は手足の運動に先立って活動し、運動や筋肉の動きに関連した活動パターンをしめします。そこで、その特性を利用し、脳情報デコーディング技術を用いて脳活動パターンから筋活動情報を解読しました。具体的には、一部のデータを用いて、脳活動パターンと筋活動パターンの関係性を表す計算式(デコーダー)を算出します(図1)。そして、別の記録データにおける脳活動を、算出されたデコーダーに当てはめて筋活動を計算します。この計算された筋活動が実際の筋活動に似ていると、脳活動から筋活動の情報を解読することができたとみなします。これまでの先行研究と同様に、私たちの研究においてもこの脳情報デコーディング技術を用いてレバー引き運動をしているときの皮質脳波から筋活動を高い精度で算出することに成功しました。続いて、飼育ケージ内で自由に動き回っているサルから皮質脳波と筋活動を無線記録しました。同様に脳情報デコーディング技術を用いて、自由に行動しているときの皮質脳波からも筋活動の情報を解読することに成功しました(図2)。脳情報デコーディング技術の特徴として、筋活動情報を解読するのに必要な脳領域がわかることです。筋活動情報の解読に最も重要である脳領域を調べてみると、レバー引き運動・飼育ケージ内での自由行動のいずれにおいても、一次運動野の活動が筋活動情報の解読に対して最も重要度が高いことがわかりました(図3)。一方、筋活動情報の解読に必要な領域を調べてみると、レバー引き運動と比べて、飼育ケージ内での自由行動では、より広範囲の領域の脳活動が筋活動の解読には必要であることがわかりました(図3)。このことは、レバー引き運動中の皮質脳波と筋活動の関係性と、自由行動中の皮質脳波と筋活動の関係性は、似ている特性を示すものの完全に一致するものではないことを示唆しています。

図1:脳情報デコーディング技術の具体的な方法

一部のデータを用いて、皮質脳波のパターンと筋活動パターンの関係性を表す計算式(デコーダーW)を算出します。そして、別の記録データにおける皮質脳波を、算出されたデコーダーWに当てはめて筋活動を計算(再構成)します。この計算された筋活動が実際の筋活動に似ていると、脳活動から筋活動の情報を解読することができたとみなします。

図2:自由に行動しているときの皮質脳波から筋活動の情報の解読例

サルはケージの中で、歩行や登り降り、ジャンプなどの行動を行います。その時の実際の肩と手の筋肉の活動を黒線で示しています。一方、皮質脳波から計算した筋活動を赤線で示しています。精度高く再現できていることがわかります。

図3:筋活動を解読にあたって脳の各部位の重要度

1つのマスが1つの脳の記録部位を示しています。筋活動の解読に当たって重要度を色で示しています(暖色系・赤色に近いほど重要度が高い)。レバー引き運動・自由行動ともに、最も重要度の高い部位は一次運動野に集まっています。一方、赤・茶色・オレンジで示される重要度が高い部位の数は自由行動のほうがレバー引き運動よりも多いことがわかります。

今後の展望

自由行動中における皮質脳波と筋活動の関係性が、単純な繰り返しの運動における関係性と同じでないことは、従来の研究における実験室の環境での記録よりも、より実生活に近い環境で脳活動や筋活動を記録し解析することの重要性を示唆しています。飼育ケージにいるときの皮質脳波と筋活動を記録し解析する実験では、従来の実験室で行われていた実験のように動物に特定の運動を覚えさせる必要はありません。脊髄損傷や脳梗塞などの運動障害をもつ動物でも、飼育ケージ内である程度の運動を行うことができるならば脳活動と筋活動の間の関係性を調べることができます。すなわち、今回の研究で開発した自由行動時の脳活動から筋活動情報を解読する技術を運動障害をもつ動物に用いることで、運動障害のメカニズムをより深く調べることができるようになると考えられます。さらに、この技術を運動障害のある患者さんに活用することで、物理的な拘束のない自由に動き回れる状態で自身の四肢や義肢を操るような究極的なBMI技術の開発の足がかりとなることが期待されます。さらに近年リハビリテーションを支援するロボットが病院に導入されるようになってきましたが、病院や実験室などの特別な環境だけでなく、日常生活においてもBMI技術を用いたリハビリテーションへの応用にも広がることが期待されます。

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