NCNP 行動医学研究部

研究テーマ2 PTSDの病態研究

PTSDの病態研究

研究内容

心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)は、生命の危険を感じるような出来事を体験・目撃する、重症を負う、性的暴力を受ける、などの強い恐怖を伴う体験がこころの傷(=トラウマ)となり、時間がたっても強いストレスや恐怖を感じる精神疾患です。
フラッシュバックに代表される「再体験」、トラウマの出来事に関連する記憶や外的な状況に対する「回避」、罪悪感や恥、不信感、恐怖、怒りなどの「認知・気分の陰性変化」、神経が張り詰めてイライラや警戒心が強くなる「過覚醒」といった特徴的な症状が現れ、長期にわたって持続することも多く、患者さんの苦痛や社会機能の障害は深刻です。

私たちは心理学的手法と生物学的手法を併用した多層・包括的な研究を通じて、PTSDという疾患をより良く理解し、一人ひとりに合った治療・介入法の開発につなげてゆくことを目指しています(図1)。
PTSDの原因を明らかにするためのアプローチとして、遺伝環境相互作用によるストレス脆弱性-レジリエンスモデルに着目した検討を行っています(図2)。
生まれ持った遺伝要因と逆境的小児期体験などの環境要因の組み合わせによって、ストレスへの脆弱性ないしレジリエンスが生じ、その後の人生においてトラウマ体験を経験した際にPTSDを発症するリスクが増加ないし低下するのではないか、という仮説を検証することが目的です。
ストレス応答の中心を担う視床下部-下垂体-副腎系と炎症系を軸として、遺伝子多型・遺伝子発現、幼少期被虐待体験、認知機能などとの関連を詳細に検討し、PTSDの病因・病態を明らかにしてきています(図3など)。

本研究プロジェクトから得られた論文のリストについては、以下のリンク先をご覧ください。
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/staff/hori.html

研究プロジェクトの概要(図1)

PTSDの本態解明を目指し、詳細な心理臨床的評価や認知機能検査、内分泌・免疫炎症・自律神経系検査、脳画像解析、遺伝子解析等を包含した研究を実施している。コルチゾールなどの内分泌系バイオマーカーは、血液中に加えて毛髪中の濃度を測定している。これらの病因・病態研究と並行し、臨床試験によってPTSDの新規治療法研究も行っている。

研究プロジェクトの概要(図2)

遺伝子レベルでの要因が基礎にあり、幼少期に逆境的体験を経験するとDNAメチル化などのエピジェネティックな機構によってゲノムが修飾を受け、遺伝子発現に変化が生じうる。その後の人生における様々なストレッサーも相まって、炎症系やHPA系の異常が生じ、それは脳構造や脳機能、さらに認知に影響する可能性がある。これらの総体として各個人の脆弱性が形成されることになり、脆弱性の大きな者ではトラウマ体験後にPTSDを発症するのに対し、レジリエントな者は同じトラウマ体験をしてもPTSDを発症しないであろう、ということを説明したモデル。当研究部での検討において、この仮説を支持する結果が得られてきている。

ストレス・トラウマが誘因となって惹起されるHPA系と炎症系の動態(図3)

HPA系と免疫・炎症系の間には密接な相互作用があり、通常、コルチゾールは炎症系に対して抑制的に働く一方、炎症性サイトカインはコルチゾール分泌を促進する作用を有する。したがってPTSDでは、抗炎症作用を有するコルチゾールが低値を示す傾向があるため、炎症が抑制されず亢進する、という可能性が考えられる。ストレスやトラウマによって、末梢での炎症系の亢進を通じて、あるいは直接的に、脳内のミクログリアやアストロサイトを活性化させることで神経炎症を引き起こす可能性がある。

(クリックすると拡大します)


図1

図2

図3