脳の数理モデルを用いて精神障害の病態に迫る

脳の数理モデルを用いて精神障害の病態に迫る

神経研究所 疾病研究第七部 第二研究室(計算論的精神医学研究室)では、
認知や判断といった脳の機能を、数式を使ったモデルで表現することで精神障害を理解する
“計算論的精神医学”という新しい研究手法を用いた研究を行っています。

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神経研究所疾病研究第七部/計算論的精神医学研究室

計算論的精神医学研究室の
目指すもの

実験に使うロボット
実験に使うロボット

 外の世界から感覚情報を受け取って認知や判断をする、という脳の機能を、ある種の “計算”ととらえて数式を用いたモデルで表すことで脳のメカニズムを明らかにしようとする研究方法を、計算論的アプローチといいます。計算論的精神医学とは、このような方法を精神障害の研究に応用しようという新しい研究領域で、精神医学の進歩に貢献すると期待されています。私たちは、計算論的精神医学の方法を用いて、遺伝子や分子あるいは脳活動の異常が、どのように症状につながるのかというメカニズムを解明し、精神障害の理解と治療法の開発に貢献することを目指しています。計算論的精神医学は、世界的にも注目が高まっており、今後ますます重要性が増すと考えられます。当研究室は、国内・海外10カ所以上の研究機関と共同研究を行っており、国内における計算論的精神医学研究の拠点となることを目指しています。

神経ロボティクスを用いた
精神障害の
病態メカニズム研究

神経ロボティクスの図解
図1

 私たちの脳が、外の世界の変化に柔軟に対応できるのは、脳が常に外の世界のことを予測しているからだと考えられており、このような考えを “予測情報処理”理論といいます。当研究室では、予測情報処理の理論をニューラルネットワークモデルという数理モデルで表現し、このモデルを脳と見立ててロボットを動作させることで理論を確かめる “神経ロボティクス”(図1)という研究方法を用いています。
 これまで当研究室では、神経回路内のシナプス結合や神経活動の異常をシミュレーション(損傷シミュレーション)することで、統合失調症や自閉スペクトラム症などの症状が生じるメカニズムの一部を明らかにしてきました(図2)。神経ロボティクスの手法は、薬物やリハビリテーションなどによって生じる神経活動や認知・行動の変化をシミュレーションすることも可能なため、新しい治療法の開発に役立つことも期待されています。

統合失調症や自閉スペクトラム症などの症状が生じるメカニズムの解明図

図2

機械学習・人工知能(AI)で
精神障害の
評価法開発

図3

 機械学習とは、画像や音声などの大量のデータに対して計算を繰り返すことによって、そこに潜むパターンや役に立つ情報(“特徴量”とよびます)を自動的に取り出すことできる方法で、人工知能(AI)を支える重要な技術です。私たちの研究室では、脳画像(MRI)データに対して、機械学習・AI技術を用いることで、個人の認知・行動特性、精神障害の診断・治療に役立つ特徴量を抽出する技術の開発に成功しました。このような技術は、病状の評価、病気の経過やどんな治療が適しているかなどを、患者さん一人一人に応じて総合的に評価する “オーダーメイド医療”(図3)の実現に貢献できる可能性があります。


リファレンス

国里 愛彦, 片平 健太郎, 沖村 宰, 山下 祐一(2019)計算論的精神医学:情報処理過程から読み解く精神障害, 勁草書房(東京)
沖村 宰,片平 健太郎,国里 愛彦,山下 祐一(2019)統合失調症のコンピュータシミュレーション,Brain and Nerve 71, p771-783.
出井 勇人, 村田 真悟, 尾形 哲也, 山下 祐一(2020)不確実性の推定と自閉スペクトラム症-神経ロボティクス実験による症状シミュレーション-, 精神医学62, p219-229.

研究部紹介