
気分障害に対する新しい治療法の可能性:「覚醒療法」のご紹介
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2023/11/22
文責:松井健太郎、長尾賢太朗、吉池卓也
・はじめに
徹夜をすると気分が高揚する感覚を、皆さんも経験したことがあるかもしれません。これと似た現象がうつ病患者にもみられることが、ドイツの精神科医により1950年代に報告されています。これは、夜眠らずに過ごした方が翌朝に症状が軽くなるという患者の体験に基づいたものでした。これにヒントを得たPflugらは一晩の徹夜(覚醒維持)を治療としてうつ病や双極症のうつ状態などに広く応用し、その有用性について初めて報告しました(1)。今回はこの覚醒療法について紹介したいと思います。
・覚醒療法とは
覚醒療法は、普段眠っている夜間の時間帯に眠らず、自ら覚醒を維持する(すなわち徹夜する)ことで、うつ病などの気分障害の症状を改善させる治療法です。以前は断眠療法と呼ばれていましたが、「睡眠が奪われる」というよりも「自ら覚醒状態を保つ」という特徴にちなみ、近年では覚醒療法と呼ぶことが一般的になりました。
覚醒療法の最大の特徴は、抗うつ効果が通常の治療に比べ速く現れることです。通常の抗うつ薬では効果が現れるまでに数週間かかりますが、覚醒療法では時間~日の単位で気分の改善が得られるのが特徴です。効果の出現が早いだけでなく、抗うつ薬で効果が乏しい患者さんへの有効性も示唆されています(2)。
一方で、覚醒療法の効果は多くの患者で長続きしないことが欠点でした。しかし、1990年代以降に覚醒療法の効果を長期に持続させるための方法が検討され、光療法や薬物療法との併用で覚醒療法の治療効果を維持できることが分かってきました。また、複数回の覚醒療法を行うことで効果が増強される可能性があることも分かってきました。
覚醒療法は概して安全性の高い治療ですが、断眠がてんかん発作を誘発する可能性があります。また、とくに覚醒療法を単独で用いた場合や双極症の患者において、躁転がまれにみられますが、気分安定薬を併用するなど適切な対処法も存在します(3)。このため、覚醒療法は医師の指導の下で適切に行われることが重要です。また、治療効果が得られやすい特徴も知られており(例:気分の日内変動がある)(4)、治療導入に関しても医師の判断が重要となります。
・覚醒療法の作用機序
覚醒療法の作用機序については不明な点も多く残されていますが、抗うつ薬と同様に、脳内のセロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなどのモノアミン神経伝達物質の変化が関与していると考えられています。そして、迅速な効果発現を特徴とするketamineと同様にグルタミン酸系の神経伝達修飾が覚醒療法の即時的な抗うつ効果を媒介すると推測されています(5)。さらに、気分障害では概日リズム異常が存在し、覚醒療法の治療が概日活動リズムの前進と関連することも報告されています(6)。
・覚醒療法の実際
覚醒療法には大きく分けて、通常の夜間睡眠を全くとらない「全断眠」と、夜間睡眠を部分的に制限する「部分断眠」の2通りがあります。全断眠では朝起床後から翌日夜まで覚醒を維持し(例:36時間)、続いて回復睡眠の機会を得る(例:12時間)という48時間のサイクルを1回のみ行うプロトコルや、複数回繰り返すプロトコルが存在します(2)。断眠している間はDVD鑑賞やビデオゲームなどの活動がむしろ推奨され、できるだけ覚醒を維持しやすい環境で過ごしていただきます。部分断眠では途中で起床し朝まで覚醒を維持する後半部分断眠の効果が知られています。いずれの場合も、翌日の眠気に注意が必要です。短時間であっても昼寝は覚醒療法の効果を減弱させることから、翌日の散歩、会話による刺激など、眠気を紛らわせる活動が助けになります(7)。
当院では治療研究としてSan Raffaele大学(イタリア)の Benedettiらが開発した治療プロトコルを導入し覚醒療法を実施しています(2)。このプロトコルでは、1日おきに3回の全断眠を行います。その後、効果維持のため光療法を併用して約1週間、入院下に観察期間を設けています(計2週間程度の入院スケジュールとなります)。
・おわりに
近年、覚醒療法を含む時間生物学的治療への期待が高まっています(8)。今後はこうした治療法の科学的な根拠をさらに蓄積していくことが重要です。当院は覚醒療法を実施可能な、わが国でも数少ない医療機関の一つであり、本療法の治療効果の検証とともに、治療メカニズムの解明を目指した研究を推進しています。覚醒療法にご興味を持たれた方は、当院の睡眠障害外来の初診をご予約いただき、ご相談いただけたらと思います。
- Pflug, B. (1976) The effect of sleep deprivation on depressed patients. Acta Psychiatr Scand 53(2): 148-58.
- Benedetti, F. et al. (2005) Combined total sleep deprivation and light therapy in the treatment of drug-resistant bipolar depression: Acute response and long-term remission rates. J Clin Psychiatry 66(12): 1535-40.
- Suzuki M, et al. (2018) Does early response predict subsequent remission in bipolar depression treated with repeated sleep deprivation combined with light therapy and lithium? J Affect Disord 229: 371-376.
- Yoshiike, T. et al. (2020) Association of circadian properties of temporal processing with rapid antidepressant response to wake and light therapy in bipolar disorder. J. Affect. Disord. 263, 72–79.
- Duncan WC Jr, et al. (2017) Motor-Activity Markers of Circadian Timekeeping Are Related to Ketamine's Rapid Antidepressant Properties. Biol Psychiatry 82(5): 361-369.
- Benedetti F, et al. (2007) Phase advance is an actimetric correlate of antidepressant response to sleep deprivation and light therapy in bipolar depression. Chronobiol Int24(5): 921-37.
- 木附 隼 鈴木正泰.(2020)日本臨牀 78巻増刊号6 :683-8.
- Gottlieb, J. F. et al. (2019)The chronotherapeutic treatment of bipolar disorders: A systematic review and practice recommendations from the ISBD task force on chronotherapy and chronobiology. Bipolar Disord. 21, 741–773.