眠り、リズムと健康②

眠り、リズムと健康②

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はじめに

2021/4/22

文責:吉池 卓也

 市民公開講座シリーズ(第一部)第2回の今回は、体のリズムと社会のリズムをテーマにお話しします。

 私たちの生命活動を保つために必要な生理機能は、一日のなかで決まったパターンで変化することが知られています。起床時刻の少し前から、ストレスに抗うためのホルモンともいえるコルチゾールの働きが高まり、起床後に血圧が上昇し、眠気が弱まります。体や脳の温度は日中に高まり、外界の刺激への反応性が高まります。日が暮れて夜になり、眠りホルモンと呼ばれるメラトニンが分泌されると、体の深部の熱を逃がす機能が働くことで眠りの準備を整えます。眠りについた後は、睡眠の前半に深い眠りが多く現れ、後半には夢見に関わるレム睡眠が多くなると同時に、体温は最も低くなります。朝に再びコルチゾール分泌が活発となり目を覚ます、という一連の変化が日々繰り返されているのです。

このコラムの内容

体のリズムと社会のリズム

1.体内時計と社会の関係

2.光の大切さ

3.体内時計と協調して働くもの

4.社会の変化と睡眠リズム

5.リズムを保つコツ

6.概日リズム睡眠・覚醒障害


1.体内時計と社会の関係

 こうした生理機能の日内リズムを生み出すおおもとの仕組みが、体内時計と呼ばれるものです。この仕組みは動物に限らず植物を含めた地球上のあらゆる生物に備わると考えられています。しかし、体内時計はなぜ約24時間(1日)の周期をもっているのでしょうか?この答えは必ずしも明確ではありませんが、外界の明暗周期に合わせて生命を営むことが生物にとって有利であるからと考えられます。暗所で視野を確保しにくいヒトにとっては、夜を休息(眠り)の時間に充て、明るい日中に活動することが生産性を高めるという理解です。また、同じ種族の個体同士が同じタイミングで寝起きすることで、個体が別々に活動するよりも、集団としての力が発揮されやすくなるメリットも生み出します。


2.光の大切さ

 生理機能を明暗環境に同期させるのに不可欠な体内時計に対して最も強い影響を及ぼす要因が、光刺激と考えられています。眼球の奥にある網膜の神経細胞には、物の形や色の識別に関わる神経細胞とは別に、明るさを感知して体内時計にその情報を伝える神経細胞が存在します。網膜の神経細胞は脳の奥深くにある神経細胞(視交叉上核)に光情報を伝えます。体内時計の中枢は、この視交叉上核に宿ると考えられています。視交叉上核が光情報を手がかりとしてホルモン分泌や体温調節に必要なタイミング情報を様々な機関や組織に伝えることで、上述のように生理機能に規則的な日内リズムがもたらされると理解されています。そして、睡眠は周期性を持つ生理機能(行動)の代表です。


3.体内時計と協調して働くもの

 実際には、体内時計も単独では力を十分に発揮しきれません。ヒトの体内時計の周期は、個人差があるものの、平均すると24時間よりも少し長いことが分かっています。体内時計は概日時計とも呼ばれますが、この「概日(サーカディアン)」とは「約24時間」を意味する言葉です。私たちは日常生活を離れ、洞窟のような、窓が無く外界の明るさの変化を知覚できない隔離環境に身を置くと、寝起きのリズムは少しずつ後退していくことが科学的に確かめられています。毎朝、太陽光を浴びて光情報が網膜から体内時計に伝わることで、この体内時計周期と明暗周期の誤差が解消されると考えられています。生理機能を明暗環境にうまく同期させることで、学校や仕事をはじめとしたさまざまな社会活動に参加しやすくなるというわけです。規則的な食事、運動のほか、対人交流もまた、生理機能・行動リズムの規則性を高めるのに重要と考えられています。


4.社会の変化と睡眠リズム

 コロナ禍における不眠以外の睡眠問題のひとつは、睡眠・覚醒リズムの後退(遅寝遅起き化)です。日本の緊急事態宣言や海外で行われた都市封鎖などにともない、以前よりも時刻に縛られない生活様式に変化した結果という側面もあるでしょう。一方で、睡眠・覚醒リズムの後退が主観的な睡眠の質の悪化や不眠症状の出現・悪化と関連することから、睡眠・覚醒リズムもまた心理的ストレスの影響を受けて変化すると考えられます。


5.リズムを保つコツ

 体のリズムを整え、健康を維持するための秘訣として、以下のような留意点が挙げられます。

  • 日課を設定し、毎日決まった時刻に起床する
  • 特に午前中(覚醒後、早めの時間)に毎日少しでも戸外で過ごす(外出できなければ2時間以上窓際で過ごす)
  • 自宅学習、料理、入浴など毎日規則的な活動を行う
  • 毎日ほぼ決まった時刻に食事や運動を行う
  • 社会的な交流を大切にする(電話・SNS等を含む)
  • 夜は明るい光(とくにブルーライト)を避ける

6.概日リズム睡眠・覚醒障害

 通常の環境で生活しているにもかかわらず、標準的な睡眠・覚醒リズムから大きく後退もしくは前進した状態が持続し、社会活動に支障をきたす場合には、概日リズム睡眠・覚醒障害の可能性を考える必要があります。寝つけずに夜更かしし、朝起きるべき時刻に起きられないといった、睡眠・覚醒リズムが持続的に後退した状態(極端な遅寝遅起き化)は思春期や若年成人に特に多くみられ、医学的な評価が必要な場合があります。当院の睡眠障害外来にご相談ください。


おわりに

 多くの人が休んでいる夜間帯に活動する人々が24時間社会を支え、多くの恩恵をもたらしていることは明らかです。求められる社会活動に支障のない限りにおいては、睡眠・覚醒リズムの変化を過剰に心配する必要はないでしょう。睡眠・覚醒リズムの変化と健康の関係について、私たちはさらなる解明を進めています。

 次回は、休養と健康についてお話します。