眠り、リズムと健康③

眠り、リズムと健康③

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はじめに

2021/6/3
文責:吉池 卓也

市民公開講座シリーズ(第一部)第3回の今回は、休養と健康をテーマにお話しします。

一般に充分な睡眠は疲労回復を促し、心身の健康をもたらすと考えられています。ところが、充分な睡眠とはどのような睡眠を指すのかはよくわかっていません。したがって、この点に対する科学的な理解が求められています。

このコラムの内容

休養と健康

1.睡眠と生命維持
2.充分な睡眠とは?睡眠時間と健康
3.睡眠の質と健康


1.睡眠と生命維持

ヒトを含むあらゆる動物は眠りを必要とします。動物の眠りを実験的に奪い覚醒し続けるようにすると、数週間後には命を落としてしまいます。私たちヒトの場合、自発的に覚醒を維持できる日数には限りがあり、眠りが自然と訪れることが確認されています。こうした事実から、起きている時間が長くなるにつれて眠りの必要性が次第に高まり、眠りをとることでこれが解消されるという恒常性維持(ホメオスタシス)のメカニズムが存在し、睡眠はヒトの生命維持に不可欠な役割を果たしていると考えられています。つまり、私たちは一定の周期で休息(眠り)と活動を繰り返さなければならないということです。そして、あらゆる動物が24時間の外界の明暗周期に合わせて休息と活動を反復していることは、前回のコラムで解説しました。


2.充分な睡眠とは?睡眠時間と健康

これまでの研究では睡眠の充足度を表す指標として、主に睡眠時間が用いられてきました。多くの人は、普段何時に床に就いて何時に床を離れるという眠りの習慣から、おおよそ何時間眠っているという感覚を持っていることと思います。眠りの習慣が一定しない場合でも、例えば、昨夜は何時間程度眠ったかを見積もることができるでしょう。睡眠時間と健康の関係は、このような主観的な睡眠時間を主な指標として調べられてきました。そして、習慣的な睡眠時間が中程度の人は、習慣的な睡眠時間が短いもしくは長い人よりも、高血圧、糖尿病などの生活習慣病、心血管疾患、うつ病といった疾患の発症リスクのみならず、あらゆる原因による死亡のリスクが低いという結果が、比較的多くの研究により示されています。そこでは、しばしば7時間の睡眠が中程度の睡眠時間とされており、これが睡眠習慣に関する国際的な推奨にも反映されています。

睡眠時間は誰もが用いることができる簡便な睡眠指標であり、これが睡眠と健康の関係に関する知識を大きく向上させました。一方で、睡眠時間には個人差が大きく、同じ個人内でも年齢により生理的に必要な睡眠時間が異なります(図1)。また、眠りに関する悩みが深い場合に睡眠時間を短く感じる傾向がありますが、こうした悩みが無い場合にも、主観的な睡眠時間は脳波などで測った客観的な睡眠時間と必ずしも一致しないこともわかってきました。したがって、主観的な睡眠時間と健康に関する研究結果を個人の睡眠習慣に取り入れる際には、注意が必要となるでしょう。

図1.年齢ごとの平均睡眠時間の違い

睡眠時間には個人差が大きく、同じ個人内でも年齢により生理的に必要な睡眠時間が異なります。


3.睡眠の質と健康

私たちは普段の睡眠や一晩の睡眠に対して、眠りの長さと別に、眠りの良し悪しに関する感覚を持っています。例えば、自覚的な眠りの質の高低、眠りにより休まった感覚の有無はこれに相当します。このような「睡眠の質」が私たちの健康や生活の質とどのように関わるかはまだ十分に調べられていないのが現状ですが、これが睡眠とヒトの健康の関係に対する理解を深めるうえで、非常に重要な視点となることもわかってきました(参考「睡眠の質」)。睡眠には活動を単に休止し回復するという休息にとどまらず、環境への適応を積極的に高めるために養うという休養の要素が含まれていると考えられていますが、「睡眠の質」はこうした生理的過程を反映する指標としての重要性を持っている可能性が示唆されます。

睡眠という休息行動における年代ごとの特徴を考えると、若年や中年の世代は睡眠時間を削って活動に時間を割く傾向が強く、睡眠が不足しがちです。高齢の世代になると時間にゆとりが生まれ、睡眠に時間を充てる傾向が強くなり、体の求め以上に床にいる時間が長くなりかえって健康を損なう場合があることも指摘されています。個人の生活環境や年齢に見合った適量の休息が「睡眠の質」の維持・向上をもたらすとも考えられます。健康の維持・増進につながる睡眠をどのように定義し、どのような指標を用いて日々の睡眠習慣に反映すべきかについて、私たちは研究を続けています。