小脳の前駆細胞が生み出せる細胞は、
出生直後の4種類から生後8日には1種類に
― 発達とともに「将来の選択肢」を段階的に狭めることを発見 ―
出生直後の4種類から生後8日には1種類に
― 発達とともに「将来の選択肢」を段階的に狭めることを発見 ―
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所 病態生化学研究部の足立透真研究員、陶山京香研究生、星野幹雄部長らの研究グループは、マウス小脳に存在する「バーグマングリア様前駆細胞(BGLP)」が、生後の発達に伴って、生み出すことのできる細胞の種類を段階的に狭めていくことを明らかにしました。
本研究では、生後0日、3日、6日、8日のマウスのBGLPに目印をつけ、その後に生み出される細胞を追跡しました。その結果、出生直後のBGLPからはバーグマングリア(BG)、内顆粒層アストロサイト、白質アストロサイト、そして、分子層抑制性ニューロンの4種類の細胞が生み出されるのに対し、生後3日では分子層抑制性ニューロン以外の3種類のみが、生後6日ではBGと内顆粒層アストロサイトの2種類のみが生み出され、生後8日にはほぼBGの1種類のみが生み出されることが分かりました。つまり、BGLPが持つ細胞産生の「選択肢」が、生後わずか8日ほどの間に段階的に狭まっていくことが明らかになりました。
BGLPは出生後の限られた期間だけ存在し、位置を特定しやすく、遺伝子の働きを生体内で操作することも可能です。そのためBGLPは、発達の「時間」が前駆細胞の分化能をどのように変化させるのかを研究するための新たなモデルになると期待されます。また、こうした前駆細胞の分化能を時間軸に沿って理解することは、小脳の形成異常を伴う神経発達疾患や遺伝性疾患の病態を理解し、将来的な治療法開発の基盤を築くうえでも重要と考えられます。
本研究成果は、2026 年 11 月 4 日(水)18 時 (日本時間)に、国際科学誌 Glia(電子版)に掲載されました。

背景・概要
私たちの脳は、さまざまな種類の神経細胞やグリア細胞からできています。これらの細胞の多くは、発達の途中に存在する「前駆細胞」から生み出されます。前駆細胞は、発達の初期には複数の種類の細胞を生み出す能力を持っていますが、発達が進むにつれて、生み出すことのできる細胞の種類が次第に限られていくことがあります。このような現象は「分化能の制限(lineage restriction)」と呼ばれ、適切な種類の細胞を適切な時期に生み出すための重要な仕組みと考えられています。しかし、同じ前駆細胞集団について、発達の異なる時点でその子孫を追跡し、「選択肢」がどのような順序で狭まっていくのかを生きた動物の中で詳しく調べることは容易ではありません。 実際、短い発生期間の中で段階的な分化能の変化を解析できる実験系は限られています。研究グループはこれまで、小脳に存在する前駆細胞である「バーグマングリア様前駆細胞(BGLP)」に注目してきました。BGLPは、神経細胞を支えるグリア細胞の一種である「バーグマングリア(BG)」によく似た形質を持つ前駆細胞で、出生直後の小脳に存在しますが、生後10日頃までにはほとんど見られなくなります(参考文献1)。また、研究グループはこれまでに、出生直後(P0)のBGLPが、生後6日(P6)のBGLPよりも多様な種類の細胞を生み出す可能性を報告していました(参考文献1)。しかし、P0とP6という2つの時点の比較だけでは、この違いが発生途中のある時点で急に起こるのか、それとも発達に伴って段階的に進むのかは分かっていませんでした。
そこで本研究では、出生直後からBGLPがほぼ消失する直前までの複数の時点でBGLPを標識し、その子孫を追跡することで、BGLPの分化能が生後発達に伴ってどのように変化していくのかを詳しく調べました。
研究内容
本研究では、遺伝子改変マウスの小脳表面に「タモキシフェン」という薬剤を局所的に投与し、BGLPに赤く光る目印(赤色蛍光タンパク質tdTomato)をつけました。この目印は、細胞分裂後も子孫細胞に受け継がれるため、標識されたBGLPからその後どのような細胞が生み出されるかを追跡することができます。この方法を用いて、生後0日(P0)、3日(P3)、6日(P6)、8日(P8)のBGLPをそれぞれ標識し、主に生後30日(P30)まで追跡しました。その結果、BGLPが生み出す細胞の種類は、発達に伴って次のように段階的に変化しました。
● P0:4種類 ―BG、内顆粒層アストロサイト、白質アストロサイト、分子層抑制性ニューロン
● P3:3種類 ―BG、内顆粒層アストロサイト、白質アストロサイト
● P6:2種類 ―BG、内顆粒層アストロサイト
● P8:ほぼ1種類 ― 主としてBG
すなわち、出生直後にはグリア細胞だけでなく神経細胞を含む4種類の細胞を生み出していたBGLP集団が、発達に伴って4→3→2→ほぼ1種類と、段階的に細胞産生の幅を狭めていくことが明らかになりました。ここで重要なのは、「出生直後のBGLPと生後6日のBGLPは性質が違う」という二時点間の違いだけではなく、その間にも段階的な変化が存在することを直接示した点です。
さらに研究グループは、出生直後のBGLPから分子層抑制性ニューロンが生み出される過程を詳しく調べました。
P0のBGLPを標識してその子孫をP3で調べると、「アストロサイト様前駆細胞(AsLP)」が確認されましたが、抑制性神経細胞の前駆細胞や神経細胞はまだ確認されませんでした。一方、P6まで追跡すると、AsLPに加えて「抑制性神経細胞前駆細胞(INP)」と抑制性神経細胞が確認されました。これらの結果から、以下のような分化経路が考えられます。
考えられる経路(モデル)
BGLP → アストロサイト様前駆細胞(AsLP) → 抑制性神経細胞の前駆細胞(INP) → 抑制性神経細胞
ただし、本研究では一つ一つの細胞を連続的に追跡してこの全過程を直接証明したわけではないため、この分化経路については今後さらに検証する必要があります。
研究の意義・今後の展望
脳が正しくつくられるためには、前駆細胞が必要な種類の細胞を、必要な時期に、適切に生み出す必要があります。そのため、「発達の時間」が前駆細胞の性質をどのように変え、細胞の運命の選択肢をどのように狭めていくのかは、発生生物学・神経科学における重要な問題です。本研究では、同じBGLPという前駆細胞集団から生み出される細胞の種類が、出生直後からわずか数日の間に、4種類→3種類→2種類→ほぼ1種類と明瞭かつ段階的に変化することを示しました。これにより、BGLPが、発達の進行に伴って分化能を段階的に変化させる前駆細胞集団であることが明らかになりました。
BGLPは小脳の決まった場所に存在するため同定しやすく、出生後の短い期間にその分化能が大きく変化します。また、研究グループはBGLPに対して生体内で遺伝子を導入し、その働きを増減させる実験系も確立しています。こうした特徴から、BGLPは、「発達の時間情報」がどのように前駆細胞の分化能の変化に繋がるのかを、生きた動物の中で調べるための新しい研究モデルになると期待されます。
小脳の発生過程が正常に進まないと、小脳の形成異常を伴うさまざまな神経発達疾患や遺伝性疾患につながることがあります。例えば、Joubert症候群などの遺伝性疾患では、小脳の形成異常が重要な特徴の一つとして知られています。今回の研究は特定の疾患を直接解析したものではありませんが、正常な小脳発生において、前駆細胞が「いつ、どの種類の細胞を生み出せるのか」がどのように変化するのかを理解することは、こうした疾患で細胞産生の過程がどの段階で乱れるのかを明らかにするための基盤となります。
今後、発生時期によってBGLP内部の遺伝子発現やクロマチン状態がどのように変化するのか、また周囲の細胞から受けるシグナルがどのように関与するのかを調べることで、前駆細胞が発達に伴って「将来の選択肢」を狭めていく分子・細胞機構の解明を目指します。こうした研究を通じて、小脳の発生異常を伴う疾患の病態理解を深め、将来的な治療法開発につながる基礎的知見を得ることが期待されます。
発表論文
論文名:Progressive Lineage Restriction of Bergmann Glia-like Progenitors during Postnatal Cerebellar Development著者:Adachi T, Suyama K, Ito S, Isogai E, Sone M, Hoshino M
雑誌:Glia
DOI: 10.1002/glia.70251
URL: https://doi.org/10.1002/glia.70251
参考文献1
Suyama K, Adachi T, Mizuno M, Ji K, Isogai E, Hasegawa I, Nishitani K, Sone M, Miyashita S, Owa T, Hoshino M: Molecular Characteristics and Differentiation Control Mechanisms of Bergmann Glia-Like Progenitors in the Postnatal Mouse Cerebellum. Glia, 74, e70160, 2026>神経研究所
https://www.ncnp.go.jp/neuroscience/index.php
>病態生化学研究部
https://byosei-neuroscience-institute.ncnp.go.jp/




