
脂肪を分解する新たな仕組みを発見
〜肥満・糖尿病の改善から、認知症予防への応用に期待〜
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第四部の株田智弘室長、酒井了平研究員らの研究グループは、脂肪を分解する細胞内の新しい仕組みを発見し、その働きによって肥満やインスリン抵抗性が改善されることをマウスで示しました。
本研究により、細胞内にあるリソソーム1)の膜に存在するタンパク質・LAMP2Bが、脂肪滴(細胞内にたまった中性脂肪などを蓄える構造)の分解を促進する働きを持つことが明らかになりました。リソソームとは、細胞内で不要な物質を分解する“分解装置”のような構造です。この働きを調べるため、研究グループはマウスに高脂肪食を与えて、肥満などの代謝異常を引き起こす実験を用いました。野生型マウスでは、肥満やインスリン抵抗性、脂肪組織の炎症などの異常が引き起こされましたが、LAMP2Bを多くつくらせた(過剰発現させた)マウスでは、こうした異常が大きく抑えられていました。
この発見は、肥満や糖尿病に対する新しい治療法や予防法の開発につながる可能性があります。また、近年では中年期の肥満がアルツハイマー病をはじめとする認知症のリスク因子であることが知られており、今回の成果は、認知症の予防にも貢献することが期待されます。
本研究成果は、2025年6月11日(日本時間)にオンライン総合学術誌「Cell Reports」に掲載されました。
研究の背景
近年、肥満などの生活習慣病患者数が増加しています。肥満は、細胞内に中性脂肪などの脂質が脂肪滴3)として蓄積することで引き起こされ、2型糖尿病、脳梗塞、認知症、がん、など、さまざまな病気のリスクを高めることが知られています。そのため、脂肪が細胞内でどのように処理・分解されているのかを解明することが重要です。
脂肪を分解する仕組みとしては、これまでに主に2つの経路が知られていました。ひとつは細胞質での分解、もうひとつはマクロオートファジーによる分解です。これに加えて、最近になり、哺乳類の肝臓の細胞で、リソソームが直接脂肪滴を取り込んで分解する「ミクロリポファジー4)」という仕組みが報告されました。ところが、リソソームと脂肪滴を橋渡しする分子メカニズムや制御タンパク質は不明でした。そこで本研究グループは、リソソーム膜タンパク質LAMP2Bに着目し、脂質分解制御の新たな分子メカニズムの解明を目指しました。
研究の概要
本研究では、リソソーム膜が直接的に脂肪滴を取り込む「ミクロリポファジー」の分子機構および病態生理学的意義について明らかにしました。
具体的には、LAMP2Bタンパク質を過剰発現させることで、細胞内の脂質分解が促進されることを示しました。この効果がリソソーム内の脂質分解酵素(LIPA)に依存していることから、LAMP2Bがリソソーム分解系に関与していることがわかりました。また、脂質分解の促進にはLAMP2Bの細胞質領域と脂肪滴のリン脂質一重膜の膜成分であるホスファチジン酸の結合が重要であり、LAMP2Bが橋渡しの役割を果たしていると考えられました。
さらに、光‐電子相関顕微鏡を用いた観察により、脂肪滴がリソソーム内へ直接取り込まれる様子を初めて捉えることに成功しました(図1)。LAMP2Bタンパク質の発現を抑制すると、脂肪滴のリソソームへの取り込みが阻害され、結果として脂質分解が抑制されていることが確認されました。

マウスを用いた実験では、LAMP2Bの過剰発現により、高脂肪食による脂質蓄積の抑制、インスリン抵抗性の改善、ならびに脂肪組織の炎症抑制が観察されました(図2)。さらに、肝臓の脂質分析からは、トリアシルグリセロールの加水分解が促進されていることが示唆されました。
これらの結果から、LAMP2Bは脂肪滴の分解を促進することで、脂質の過剰な蓄積を抑制し、脂質代謝のバランスを調節する重要な役割を果たすことが明らかになりました。

今後の展望
今回の研究成果は、肥満やそれに関連する疾患に対する新しい治療法の開発に向けた重要な基盤となることが期待されます。特に、肥満に起因する慢性炎症やそれによるサイトカインストーム5)の制御にもつながる可能性が示唆されました。サイトカインストームは、炎症性疾患だけでなく、感染症やがんにおいても病態進展の鍵となる要因であるため、今回の発見は幅広い疾患への応用が期待されます。
さらに、肥満と加齢に伴って起こる認知症との関連も知られています。本研究で明らかになったLAMP2Bによる脂肪滴分解の促進メカニズムが、肥満による炎症性メディエーターの抑制や脳内脂質代謝の正常化に寄与する可能性があります。このことは、中年期の肥満がリスク因子とされるアルツハイマー病をはじめとする認知症の予防にもつながると考えられます。
今後は、LAMP2Bを標的とした治療法が、肥満やメタボリックシンドロームのみならず、炎症性疾患、感染症、さらには認知症といった神経の病気に対してどのような効果を持つかを検証することが重要です。
用語説明
1)リソソーム:細胞内に存在する小器官の一つ。加水分解酵素を豊富に含み、細胞内で不要になった生体高分子(タンパク質・核酸・脂質など)を分解する役割を持つ。
2)ミクロオートファジー:リソソーム膜の陥入によって細胞質の区画や細胞小器官を直接取り込み、リソソーム内で取り込んだものを分解する機構である。通常のオートファジー(マクロオートファジー)と異なり、細胞内の特定の領域を選択的に処理するのが特徴である。
3)脂肪滴:細胞内に存在する小器官の一つ。細胞内に存在する脂質(主にトリアシルグリセロール・コレステロールエステル)を蓄積し、細胞のエネルギー貯蔵庫として機能する。肥満の状態では、白色脂肪細胞などの脂肪滴が過剰に肥大化している。
4)ミクロリポファジー:リソソームが直接脂肪滴を取り込み、その内部で分解を行う現象。従来のオートファジーとは異なり、脂肪滴に特化した分解経路である。
5)サイトカインストーム:免疫系が過剰に活性化されることで、大量のサイトカイン(免疫シグナル伝達物質)が分泌され、全身性の強い炎症反応を引き起こす現象。重症化する感染症や自己免疫疾患の一因となり、臓器障害や死亡に至る場合がある。
原著論文情報
・論文名:The lysosomal membrane protein LAMP2B mediates microlipophagy to target obesity-related disorders
・著者名:Ryohei Sakai, Shu Aizawa, Hyeon-Cheol Lee-Okada, Katsunori Hase, Hiromi Fujita, Hisae Kikuchi, Yukiko U. Inoue, Takayoshi Inoue, Chihana Kabuta, Takehiko Yokomizo, Tadafumi Hashimoto, Keiji Wada, Tatsuo Mano, Ikuko Koyama-Honda, Tomohiro Kabuta
・掲載誌:Cell Reports
・DOI:10.1016/j.celrep.2025.115829
・https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115829
研究経費
本研究結果は、主に以下の日本学術振興会・科学研究費補助金の支援を受けて行われました。
基盤研究(B) 23K24089 /新学術領域研究19H05710 /挑戦的萌芽研究15K14483 /
特別研究員奨励費20J00363 /若手研究24K18376
参考リンク
神経研究所
https://www.ncnp.go.jp/neuroscience/
疾病研究第四部
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r4/