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難治性てんかんで見られる「脳の低代謝」の分子背景に迫る ― mTOR関連てんかん手術脳を用いた多層オミクス解析 ―

プレスリリース
神経研究所

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2026年10月16日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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難治性てんかんで見られる「脳の低代謝」の分子背景に迫る
―mTOR関連てんかん手術脳を用いた多層オミクス解析―


 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所 病態生化学研究部の紀研究生、宮下聡室長、星野幹雄部長、NCNP病院脳神経外科の飯島圭哉医員、岩崎真樹部長などの研究グループは、薬剤による治療では発作を十分に抑えることが難しい「難治性てんかん」のうち、脳の形成異常とmTORシグナルの異常を特徴とする「mTOR関連てんかん(mTORpathy:エムトールオパチー)」について、てんかん外科手術で得られた脳組織を多層的に解析しました。
 その結果、mTOR関連てんかんの病変脳では、細胞内の「エネルギー工場」であるミトコンドリアでエネルギー産生を担う「酸化的リン酸化(OXPHOS)」1)に関係する遺伝子群の発現が低下していることを見いだしました。
 本成果は、mTOR関連てんかんの病変部で観察される「低代謝」の分子背景を理解する手がかりとなるものです。今後、どの細胞でこうした代謝変化が生じるのか、またエネルギー代謝の変化が発作にどのように関与するのかを明らかにすることで、病態解明や、新たな治療標的の探索につながることが期待されます。
 この研究成果は、2026年10月13日に国際学術誌「Epilepsia」オンライン版に掲載されました。
 
概要図
 

研究背景

 てんかんは、脳の神経細胞の異常な電気活動によって発作を繰り返す神経疾患です。抗発作薬によって多くの患者さんで発作を抑えることができますが、一部では複数の薬剤を適切に使用しても発作が十分に抑えられない「難治性てんかん」となります。小児の薬剤抵抗性てんかんの重要な原因の一つが、「大脳皮質形成異常(Malformations of cortical development)」と呼ばれる脳の発達過程の異常です。その中でも、限局性皮質異形成II型(FCD II)、結節性硬化症(TSC)、片側巨脳症(HME)などでは、PI3K–AKT–mTORシグナル伝達経路に関係する遺伝子の体細胞変異や、mTORシグナルの過剰な活性化が共通してみられることから、これらは総称して「mTOR関連てんかん」と呼ばれています。
 これまでの研究から、mTORシグナルの異常が脳の形成異常やてんかん発作に関係することが明らかになってきました。しかし、原因となる遺伝子変異が病変脳でどのような遺伝子発現やタンパク質の変化を引き起こし、それが病態とどのように関連するのかについては、まだ十分に分かっていません。また、FCDII、TSC、HMEなどの病変部では、FDG-PET検査2)によって周囲の脳と比べて糖の取り込みが少ない「低代謝」がしばしば認められますが、その分子レベルの背景も十分には解明されていませんでした。
 研究概要本研究では、NCNPで難治性てんかんに対する外科手術を受けた患者さんから得られた脳組織を解析しました。大脳皮質形成異常を有する41例と、比較対象となる内側側頭葉てんかん15例を含む計56例の手術脳組織について、(1)ゲノム解析、(2)トランスクリプトーム解析3)、(3)プロテオーム解析4)の3つの分子階層を調べました。一部の症例では同じ患者さんから複数のオミクス情報を取得し、DNA、RNA、タンパク質という異なる分子階層を横断して、より精密にmTOR関連てんかんの病変脳に共通する分子変化を探索しました。さらに、独立して公開されている別の患者集団のRNA-seqデータと比較し、本研究で得られた分子変化が再現されるかを検証しました。

主な研究成果

1. mTOR関連遺伝子の体細胞変異を同定
 手術で摘出した病変組織のゲノム解析から、MTOR、TSC2、AKT3、AKT1S1、PIK3CA、PIK3R2の6遺伝子に合計19個の体細胞変異を同定しました。この中には、これまで報告されていなかったAKT3のp.L51H変異とMTORのp.A512T変異も含まれていました。これらの結果から、今回解析した症例群でもPI3K–AKT–mTOR経路に関わる遺伝子変異が広く認められることを確認しました。
2. 2つの患者集団で共通する160の遺伝子発現変化を同定
 mTOR関連てんかん群と比較対象群のRNA解析を行い、さらに本研究とは独立した患者集団の公開RNA-seqデータと比較しました。その結果、2つの独立したデータセットに共通して、mTOR関連てんかんで発現が増加する109遺伝子と、発現が低下する51遺伝子の計160遺伝子を同定しました。
 発現が増加した遺伝子群には、神経発達や細胞死などに関連する遺伝子が含まれていました。一方、遺伝子セットを用いた解析では、2つの独立したデータセットのいずれにおいても、ミトコンドリアでのエネルギー産生を担う酸化的リン酸化(OXPHOS)に関連する遺伝子発現プログラムが低下していました。
 
図1 NCNPのトランスクリプトームデータ解析
図1 NCNPのトランスクリプトームデータ解析
(A)コントロールとmTOR関連てんかんにおける遺伝子発現変動量と統計的な確からしさに関するボルケーノプロット
      (B)mTOR関連てんかんで共通して変動した遺伝子を用いた遺伝子パスウェイ解析。酸化的リン酸化の低下が確認された。

3.タンパク質解析でもミトコンドリア関連の変化を確認
 さらに、手術脳組織についてプロテオーム解析を行ったところ、mTOR関連てんかんではCOX5B、NDUFS4、GOT2など、ミトコンドリアの機能やエネルギー産生に関係する複数のタンパク質が低下していました。こうした変化は、RNA解析で得られた結果と同じ方向を示しており、mTOR関連てんかんの病変脳では、ミトコンドリアのエネルギー代謝に関連する分子変化が生じていることが示唆されました。
 
図2 難治てんかん病変部位の代謝低下と酸化的リン酸化関連タンパクの有意な減少
図2 難治てんかん病変部位の代謝低下と酸化的リン酸化関連タンパクの有意な減少
 

今後の展望

 mTOR関連てんかんの病変部では、FDG-PET検査によって局所的な糖代謝の低下がしばしば観察されます。今回、独立した2つの患者集団のRNA解析でOXPHOS関連遺伝子の発現低下が共通して認められ、さらにプロテオーム解析でも複数のミトコンドリア関連タンパク質が低下していたことから、ミトコンドリアのエネルギー代謝の変化が、臨床画像で観察される「低代謝」の分子背景の一つである可能性が示されました。 今回の研究は、患者さんから得られた組織を用いたオミクス解析によって、OXPHOS関連の分子変化と病態との相関を示したものであり、OXPHOSの低下がてんかん発作を直接引き起こすという因果関係を証明したものではありません。今後は、ミトコンドリア機能の実験的な検証や、独立した患者集団での再検証を進める必要があります。
 こうした研究を通じて、mTOR関連てんかんの病態の理解をさらに進め、エネルギー代謝の変化が発作にどのように関与するのかを明らかにすることで、将来的に新たな治療標的の探索につながることが期待されます。

用語解説

1)酸化的リン酸化(OXPHOS):主にミトコンドリア内で行われる、細胞がATPという形でエネルギーを産生する仕組みです。脳の神経細胞は大量のエネルギーを必要とするため、正常な神経機能を維持するうえで重要です。
2)FDG-PET:放射性同位元素で標識したブドウ糖に類似した物質を用いて、脳などの組織における糖の取り込みを画像化する検査です。てんかんの診療では、発作の原因となる領域の評価などに用いられます。
3)トランスクリプトーム解析:細胞や組織の中で発現しているRNAを網羅的に解析し、どの遺伝子がどの程度働いているかを調べる方法です。
4)プロテオーム解析:細胞や組織に存在する多数のタンパク質を網羅的に測定する解析法です。

原著論文情報

論文名:Comprehensive transcriptomic and proteomic profiling of mTOR-related epilepsy
著者:Kaiyuan Ji#, Satoshi Miyashita#*, Keiya Iijima#, Kaoru Yagita, Tomoo Owa, Kazumi Shimaoka, Nao K N Tabe, Minami Mizuno, Ayane Hosaka, Kayo Nishitani, Kumiko Murayama, Kanako Komatsu, Masaki Sone, Terunori Sano, Shinichiro Taya, Tomoki Nishioka, Kozo Kaibuchi, Masaki Takao, Masaki Iwasaki*, Mikio Hoshino*   (#共同筆頭著者、*責任著者)
掲載誌: Epilepsia
DOI:10.1002/epi.70514 
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/epi.70514

研究支援

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)、国立高度専門医療研究センター 医療研究連携推進本部(JH)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費、康本徳守記念財団等の支援を受けて実施されました。

 
>神経研究所
https://www.ncnp.go.jp/neuroscience/index.php

>病態生化学研究部
https://byosei-neuroscience-institute.ncnp.go.jp/

>NCNP病院
https://hsp.ncnp.go.jp/

>脳神経外科
https://hsp.ncnp.go.jp/clinical/department.php?@uid=a02UEUmaUNJjKAvW
 

お問い合わせ

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【研究に関するお問い合わせ先】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 病態生化学研究部
〒187-8502東京都小平市小川東町 4-1-1
Tel:042-346-1796  Fax:042-346-1752
部長 星野 幹雄 E-mail:hoshino(a)ncnp.go.jp
室長  宮下聡 E-mail:s.miyashita(a)ncnp.go.jp

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国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
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