免疫異常が引き起こす神経難病の病原性細胞を発見

免疫異常が引き起こす神経難病の病原性細胞を発見

免疫研究部では、免疫異常が引き起こす中枢神経疾患の病態解明と治療法開発を目指して研究をしています。
私たちは、神経細胞障害を引き起こすこれまで知られていないタイプの免疫細胞を発見し、
この細胞が様々な疾患の神経変性病態に共通する病原性細胞であることを明らかにしました。

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神経研究所 免疫研究部

二次進行型MSの
疾患バイオマーカーを発見

 多発性硬化症(MS)は、脳や脊髄に炎症ができたり消えたりすることで、しびれやめまい、麻痺などの神経症状がおこる病気です。神経細胞の軸索を覆う髄鞘が壊れることで神経に情報がうまく伝わらなくなり、種々な神経症状が現れます。MSの多くは再発と寛解を繰り返しますが、長く罹患している患者さんの2割程度 (日本人の場合) が十数年後に二次進行型MS(SPMS)に移行します。SPMSでは神経細胞死(神経変性)が主な原因となって、不可逆的に重症化していきます。
 SPMSの原因は長らく不明でした。私たちはSPMSのモデル動物の樹立にはじめて成功し、患者さん由来のサンプルと並行して解析することで「Eomes陽性ヘルパーT細胞 (Eomest+Th細胞)」がSPMSの病原性細胞であることを発見しました。この病原細胞は特にSPMS患者さんの血液中で顕著に増加し、細胞増加と神経細胞障害の進行度がよく相関していることから、血液を用いた簡便な診断のための新しい バイオマーカーとなることがわかりました。さらに患者さんの脳内にもEomest+Th細胞が大量に分布しており、神経細胞障害に積極的に関わる様子が明らかとなりました。

図1

図1

SPMS患者さんの血中Eomest+Th細胞頻度は、他の病型の患者さんより高く(上)、これは神経細胞障害が進行中であることの指標となる。 またSPMS患者さんの脳の様々な領域には、 Eomest+Th細胞が高い頻度で集積している(下)

図2

図2

何らかの理由で生じた神経細胞死をきっかけとして、供給されたORF1抗原がEomest+Th細胞が活性化し、グランザイムBを放出して周辺の神経細胞の細胞死を引き起こす。 この反応が繰り返されることで、病変部位が徐々に拡散していくと考えられる

神経疾患における
免疫異常の意義の広がり

図3:研究の様子
図3:研究の様子

 神経変性疾患は、神経細胞が死んでなくなってしまうことで起こる病気の総称であり、筋萎縮性側索硬化症(ALS)やアルツハイマー型認知症(AD) などの、多種多様な神経難病を含みます。原因はいまだに不明であり、有効な治療法も確立していません。
 SPMSと神経変性疾患に共通する神経炎症がEomest+Th細胞の生成に必須であることから、私たちはさらに神経変性疾患のモデル動物におけるEomest+Th細胞の挙動を調べました。すると神経変性疾患のモデル動物の脳内でも、発症に伴ってEomest+Th細胞が増えていることがわかりました。さらにこの病原細胞が活性化することで、神経細胞障害性のあるタンパク質を放出し、神経細胞死を引き起こしていることを発見しました。この神経細胞死は、SPMSだけでなく、神経変性疾患のモデル動物でも確認することができました。
 一連の研究結果から、SPMSだけでなく様々な神経変性疾患に対して、Eomest+Th細胞をマーカーとする診断法の確立や、Eomest+Th細胞を標的とした治療法の開発が進むことが期待されます。


リファレンス

1. Raveney B, Sato W, Takewaki D, Zhang C, Kanazawa T, Lin Y, Okamoto T, Araki M, Kimura Y, Sato N, Sano T, Saito Y, Oki S, Yamamura T. Involvement of cytotoxic Eomes-expressing CD4+ T cells in secondary progressive multiple sclerosis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2021) 118, e2021818118.
2. Takahashi F, Zhang C, Hohjoh h, Raveney B, Yamamura T, Hayashi N, Oki S. Immune-mediated neurodegenerative trait provoked by multimodal derepression of long-interspersed nuclear element-1. iScience (2022) 25,104278.

研究部紹介

免疫研究部

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大木 伸司 室長

【研究部ホームページリンク】
神経研究所

https://www.ncnp.go.jp/neuroscience/

神経研究所 免疫研究部
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_men/index.html

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記事初出
「Annual Report 2021-2022」(2022年12月発行)
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※職員の所属情報は2022年9月1日現在のものです