赤ちゃんの
脳循環障害
赤ちゃんは生まれる時、お母さんのお腹の中から外界へ出てきます。この前後の時期に、赤ちゃんとお母さんの身体は大きく変化します。特に赤ちゃんは産道を通ることによる物理的な障害、急激な高酸素濃度の環境変化よる化学的な障害などさまざまな変化をくぐり抜けてきます。周産期医療が進んでいる今でも、約10%に仮死という状態が起こり、その数%に新生児低酸素性虚血性脳症(HIE)という脳障害をきたします。日本の出生数は年々下がり、最近では年間約90万人ですが、少ない数字ではありません。
一時的に呼吸ができない、脳血液の循環が十分でない時に仮死になります。この状態が続くとHIEとなり、脳傷害に陥る可能性が高くなります。HIEの診断は重症度に応じて軽度、中等度、重度の3つに分けています。中等度と重度は不可逆的変化をもたらすため、治療の対象となります。根本的な治療がないため、対症療法に限られますが、唯一低体温療法が有効と考えられています。しかし、低体温療法でも約50%は脳性麻痺やてんかんなどの重篤な神経後障害をもたらします。(図1)
LOX-1の診断の
有効性
私たちは、HIEのモデル動物を作り、病巣部ではLOX-1(レクチン様酸化LDL受容体1)が有意に上昇し、低体温療法という治療により正常値に戻ることを明らかにしました(論文1)。
この動物実験から、HIEの診断に使える可能性を求めて、4施設の共同研究を行いました。その結果、生後6時間以内の血液中sLOX-1(LOX-1の可溶化領域)値がHIEでは有意に上昇し、重症度に比例して高くなり、軽度と中等度以上を分ける(低体温療法を推奨する)値を決めることができました(sLOX-1が550pg/μl以上)。さらに、退院時の予後予測ができることを明らかにしました(予後良好:sLOX-1が1000pg/μl以下, 予後不良:sLOX-1が1900pg/μl以上)。このことから、赤ちゃんが生まれて6時間以内に採血し、そのsLOX-1値により治療法が決められること、神経学的後障害を予測してその後の経過観察、治療の介入が可能になることが示唆されました(論文2)。(図2)
臨床応用のための
大規模調査
この研究では、血液sLOX-1値がHIEの早期診断に有効であること、障害を残すかどうか予測が可能であることを明らかにしましたが、参加した患者さんの数が少ないため臨床応用することができません。そこで、全国23施設との共同研究で前向き大規模研究を行なっています。この大規模研究では、120名程度の参加者について、生後6時間以内の血液sLOX-1値と退院時、1歳半時の発達と神経学的評価を行ない、これらの相関を調べています。さらに、この検査がベッドサイドでできるように、検査薬の開発を行なっています。(図3)
これまでのHIEの診断は医師の経験によるところが大きいものでしたが、今回の成果から客観的な数値で判断できるようになります。これにより新生児医療経験を問わず、HIEの早期診断が可能になり、治療の選択が容易になります。その結果、限られた高度医療施設をより有効に利用することができるようになります。
リファレンス
- 論文1.
Akamatsu T, Dai H, Mizuguchi M, Goto Y, Oka A, Itoh M. LOX-1 Is a Novel Therapeutic Target in Neonatal Hypoxic-Ischemic Encephalopathy. Am J Pathol 2014;184:1843-1852. - 論文2.
Akamatsu T, Sugiyama T, Aoki Y, Kawabata K, Shimizu M, Okazaki K, Kondo M, Takahashi K, Yokoyama Y, Takahashi N, Goto Y, Oka A, Itoh M. A pilot study of soluble form of LOX-1 is a novel biomarker for neonatal hypoxic-ischemic encephalopathy. J Pediatr 2019:206;49-55. doi.org10.1016/j.jpeds.2018.10.036 - プレスリリース
2018年12月12日「赤ちゃんの脳障害を見極める新たなバイオマーカーを発見~新生児低酸素性虚血性脳症の早期診断・発見に期待~」https://www.ncnp.go.jp/topics/2018/20181212.html