日常生活機能を改善する先端的治療ー新しい脳刺激法による統合失調症の治療ー

日常生活機能を改善する先端的治療ー新しい脳刺激法による統合失調症の治療ー

NCNPでは統合失調症でみられる認知機能および社会機能の低下を、
経頭蓋直流刺激(tDCS)により回復させる先端的な試みを行っています。
精神保健研究所や病院などが協働し、社会復帰のための安全な治療法の開発を目指します。

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精神保健研究所/児童・予防精神医学研究部

ニューロモデュレーションについて

経頭蓋直流刺激(tDCS)発生装置
経頭蓋直流刺激(tDCS)発生装置

精神疾患の多くは、脳の神経細胞間のつながり(ネットワーク)の異常により生じる とされます。このような神経ネットワークの機能を修飾する治療法がニューロモデュレーションです。ニューロモデュレーションにはいくつか種類があります。その中で、電気けいれん療法、迷走神経刺激、脳深部刺激は効果が大きい一方、身体に対する負担も大きい事が特徴です。これに対し、反復経頭蓋磁気刺激 、経頭蓋直流刺激 (tDCS)、ニューロフィードバックは、そのような負担が軽いニューロモデュレーションとして、最近注目されてきています。これらのうち、tDCSは頭皮上に2つのスポンジ電極を置き、電極間に1~2mAほどの非常に弱い電流を10~30分かけて流す方法です。tDCSは研究段階にあり、現時点では一 般の診療場面においてはまだ用いられていませんが、これまで主にうつ病の症状などに対する有用性がわかっています。また、最近は統合失調症を対象としたtDCSの効果が、国内外で検討されるようになってき ました。

統合失調症における認知機能障害の治療とtDCSの効果の客観的な予測

tDCSの施行場面
tDCSの施行場面

統合失調症の症状としては、幻覚や妄想などの陽性症状、意欲低下や感情の平板化などの陰性症状、そして記憶、注意力などの認知機能の障害があります。また、認知機能と密接に関連する日常生活技能(金銭管理やコミュニケーション力など)が低下すると、患者さんの社会復帰が妨げられます。これらのうち、認知機能や日常生活技能については、はっきりと効果のある治療法はまだ見つかっていません。そこで今回、同意が得られた統合失調症の患者さんに対しtDCSを行ったところ、認知機能と日常生活技能が改善しました。また、精神症状、抑うつ症状も改善しました。われわれは同時に、tDCSによる精神症状の改善の程度と、近赤外線光トポグラフィー(NIRS)で測定される脳活動の程度との関連を調べましました。その結果、tDCS実施前の脳活動の程度とtDCSにより精神症状が改善する程度との間に関連が示されました。以上より、tDCSが統合失調症患者社会復帰に役立つこと、および、ニューロモデュレーションの統合失調症への治療効果をNIRSのデータが予測しうることの2つのことが、世界で初めて示されました。

将来への展望

トランスレーショナル・メディカルセンターのスタッフによるデータの品質管理
トランスレーショナル・メディカルセンターのスタッフによるデータの品質管理

ニューロモデュレーションの中でも、とりわけ簡便、安全、また安価なtDCSは、認知リハビリテーションなどと並び、認知機能改善法として期待できることがわかりました。今後は、施行の回数や刺激する頭皮上の位置など、患者さんの利益に結びつく最良の条件を調べる予定です。また、tDCSの効果が、どのような生理学的・生化学的メカニズムによるものかについて調査することが望まれます。さらに、今回用いたNIRSのような客観的な他の脳機能の指標を同時に測定することにより、治療効果を事前に予測できれば、tDCSのより合理的な運用につながると期待されます。現在、われわれのグループの研究の成果などにもとづく、より厳密な臨床試験(FEDICS)や、心の理論など社会認知的側面への効果を見る研究(SEDICS)が行われています。


リファレンス

1: Narita Z, Noda T, Setoyama S, Sueyoshi K, Inagawa T, Sumiyoshi T. The effect of transcranial direct current stimulation on psychotic symptoms of schizophrenia is associated with oxy-hemoglobin concentrations in the brain as measured by near-infrared spectroscopy: A pilot study. J Psychiatr Res. 2018 103:5-9.
2: Narita Z, Inagawa T, Sueyoshi K, Lin C, Sumiyoshi T . Possible Facilitative Effects of Repeated Anodal T ranscranial Direct Current Stimulation on Functional Outcome 1 Month Later in Schizophrenia: An Open Trial. Front Psychiatry. 2017 ;8:184.

研究部紹介