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2018年5月21日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
公益財団法人 国際科学振興財団(FAIS)

豊かな音環境がマウスの寿命を延長することを発見

  

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:和田圭司)疾病研究第七部(部長:本田 学)と、公益財団法人 国際科学振興財団(FAIS、茨城県つくば市 会長:大竹美喜)情報環境研究所(所長:大橋 力)の共同研究グループが、マウスに自然環境音を聴かせながら飼育することによって、平均寿命が最大17%延長することを世界で初めて発見しました。
 動物をとりまく環境が、その生存や健康に大きな影響を及ぼすことは広く知られており、環境問題は現代社会の中でも特に高い関心を集めています。これまで、健康面や安全面から環境を評価する尺度(ものさし)としては、環境の中に存在する有害物質や放射線の量など、〈物質〉と〈エネルギー〉が専ら使われてきました。一方、環境が特に脳神経系に及ぼす影響を評価するためには、〈物質〉と〈エネルギー〉に加えて〈情報〉という尺度を欠くことができません。本研究は、そうした情報環境の中でも生命に常に接し続けている音環境を豊かにすることが、平均寿命の延長という、動物の生存に対して包括的かつポジティブな影響を及ぼすことを世界で初めて示したものです。
 今回の発見は、私たち人間をとりまく音環境、ひいては視聴覚情報やコミュニケーション情報などを含む〈情報環境〉の安全性や快適性を考える上で重要な知見を提供すると同時に、情報環境の改善によって精神・神経疾患に迫る新しい治療法「情報環境医療」の開発に大きく寄与することが期待されます。 
 
 この研究成果は、Nature誌の姉妹誌であるScientific Reports誌オンライン版に日本時間2018年5月21日午後6時(イギリス夏時間5月21日午前10時)に公開されました。

 この研究は、文部科学省の科学研究費補助金と住友財団基礎科学研究助成の支援を受けて実施されました。


■研究の背景
 動物の生育環境を豊かにすることが、脳の発達や可塑性を促し、不安様行動を緩和するといったような、生存にとってポジティブな効果をもつことは、〈環境エンリッチメント〉として知られています。こうした環境エンリッチメントの効果を人間に応用しようという試みも幾つか行われていますが、未だその効果を高い統計的信頼性の元に示した研究はほとんど見られません。その原因の一つとして、これまでの環境エンリッチメントの研究では、複数の実験動物を大きなケージに入れ、遊ぶことのできる玩具を与えるなど、複数の複雑な要因が関与していることが考えられます。
 一方、動物をとりまく環境が、その生存に大きな影響を及ぼすことは広く知られており、環境問題は現代社会の中でも特に高い関心を集めています。これまで、健康面や安全面から環境を評価する尺度(ものさし)としては、環境の中に存在する有害物質や放射線の量など、〈物質〉と〈エネルギー〉が専ら使われてきました。これに対して、環境が脳神経系に及ぼす影響を評価するためには、〈物質〉と〈エネルギー〉に加えて〈情報〉という尺度を欠くことができないという「情報環境学」の枠組みが大橋らによって提唱されています(参考文献1)。そこで本研究では、「情報環境学」の観点から、実験動物であるマウスの飼育環境の音情報に着目し、音環境の違いがマウスの寿命にどのような影響を及ぼすかを長期飼育実験により検討しました。
 

■研究の内容
 実験では、生後8週齢のマウスを、以下の3つの異なる音環境の元で飼育しました。

  1. (1)高周波を豊富に含む熱帯雨林の環境音を呈示する広帯域音響条件
  2. (2)同じ音源から20kHz以上の高周波成分(マウスがコミュニケーションに主に用いる帯域成分)を除去した音を呈示する狭帯域音響条件
  3. (3)通常の実験動物飼育環境の暗騒音下で飼育する対照条件

 各条件とも、オス16匹、メス16匹の合計32匹を、1ケージ4匹ずつに分けてオス・メス別々に飼育しました。各ケージ上部には音響再生装置と赤外線カメラが一体化した特別に開発したスピーカーを設置しました。広帯域音響条件と狭帯域音響条件ではスピーカーから上記の環境音を呈示するのに対して、対照条件ではスピーカーから音は呈示せず飼育室の暗騒音のみとしました。ケージの大きさを含むその他の要素は、通常のマウスの飼育環境と全く同じにしました。マウスの自発活動は赤外線カメラにより持続的に記録しました。なお、この実験では、マウスの自然な寿命を検討するために、採血などマウスにストレスを与えるような侵襲検査は一切行っていません。
 

図1
図1.異なる音環境で飼育したマウスの(a)平均寿命と(b)生存曲線


  実験の結果、狭帯域音響条件で飼育したマウスは、対照条件で飼育したマウスと比較して、平均寿命が有意に延長(約17%)することがわかりました(図1左)。広帯域音響条件で飼育したマウスも、統計的有意には至りませんでしたが、平均寿命が約7%延長することが確認されました。
 一方、生存曲線(図1右)を見てみると、各条件とも最も長生きしたマウスの寿命はほぼ同じなのに対して、環境音を呈示した2つの条件では、マウスが死に始めるのが対照条件より遅いことがわかりました。そこで、各ケージ内での個体の寿命を詳しく解析すると、特にオスにおいて、対照条件と比較して、環境音を呈示した広帯域音響条件と狭帯域音響条件では、最短寿命が延長し(図2左)、寿命のばらつきが小さくなる(図2右)ことがわかりました。
 

図2
図2.ケージ内の(a)最短寿命と(b)寿命のばらつき(オス)


 また、狭帯域音響条件で飼育したマウスは、自発活動量も統計的有意に増加していましたが、寿命と自発活動量の間には、有意な相関は認めませんでした。従って、寿命延長の主要な要因は、自発活動の増加以外にあることが示唆されました。
 


■今後期待される展開
 本研究の結果は、通常の飼育環境に自然環境音を加えて音環境を豊かにすることにより、マウスの自然寿命が延長することを示した世界初の報告であり、音が環境エンリッチメントのポジティブな効果を導く上で重要な要素となっていることを示しています。特に、音環境を豊かにしたことによりケージ内の最短寿命が延長し、個体間の寿命のばらつきが小さくなるという効果がオスで有意に認められたことは、個体間の優劣関係がオスでより顕著に観察されることと関連している可能性が考えられます。すなわち、音環境を豊かにすることは、社会的な緊張関係を緩和して、攻撃やいじめなどによるストレスを減少することにより、皆が仲良く長生きする「ピンピンコロリ」の状態を導く可能性が示唆されます。
 本研究グループはこれまでに、人間が音として感じることのできない20kHz以上の高周波成分が自然環境音やさまざまな楽器音に豊富に含まれることや、こうした高周波成分を豊富に含む音環境が、脳の報酬系と呼ばれる神経回路を活性化して、音をより快適に感じさせるとともに、免疫系の活性化やストレスホルモンの減少など、さまざまなポジティブな生物学的効果をもつことを明らかにし、ハイパーソニック・エフェクトとして報告してきました(参考文献2)。一方、マウスにとって20kHz以上の成分は、逆にコミュニケーションに主に使用する帯域であり、音として感じたり発声したりすることができる帯域です。今回の研究で、最も顕著に平均寿命の延長効果が観察された狭帯域音響条件には、マウスが聴覚で感じて鳴き声として使用する主な帯域成分が含まれていません。このことは、音環境が人間を含む動物に与える影響を考えるときには、音として聴覚で感じることのできる成分だけに注目するのではなく、意識で捉えることのできない成分にも同じように注意を払う必要があることを示唆しています。
 マウスの実験結果を短絡的に人間にあてはめることには慎重である必要がありますが、本研究の成果は、今後人間にとって安全・安心・快適・健康な環境を実現するうえで、音環境を含む情報環境を適切に設計して整備することの重要性を示していると言えます。同時に、さまざまな精神・神経疾患に対して、脳の物質的な側面に手を加えるだけではなく、情報環境を整えることで情報処理の側面からアプローチする新しい治療法「情報環境医療」の開発に大きく寄与することが考えられます。
 

■用語解説
・情報環境学
環境から生物に入力される〈物質〉と〈情報〉は同じ意味(等価性)をもつという知見をふまえ、環境を評価する尺度として、従来の〈物質〉と〈エネルギー〉に〈情報〉を加え、これら三者が有機的に一体化したものとして環境を捉える発想の枠組みのもとに構成された学問体系。1989年に大橋力、小田晋、村上陽一郎らによって提唱された。
・ハイパーソニック・エフェクト
人間が音として感じることのできる周波数の上限20kHzを超えた高周波成分を豊富に含み複雑に変化する非定常な音が、それを聴く人の中脳・間脳と、そこを拠点として前頭葉に拡がる報酬系神経回路を活性化することにより、音を美しく快く感じさせるとともに、そうした音をより強く求める接近行動を引き起こし、同時に免疫系の活性化やストレスホルモンの低下といった全身の生理反応を導く現象。この発見が、現在のハイレゾ・オーディオ開発の引き金を直接引くことになった。
 

■論文情報
・著者
Yamashita Y, Kawai N, Ueno O, Matsumoto Y, Oohashi T, Honda M
・論文名
Induction of prolonged natural lifespans in mice exposed to acoustic environmental enrichment.
・掲載誌
Scientific Reports, May 21, 2018 (Online publication).
DOI: 10.1038/s41598-018-26302-x
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-018-26302-x

・参考文献:
1.大橋 力:情報環境学,朝倉書店,1989.
2.Oohashi T, Nishina E, Honda M, Yonekura Y, Fuwamoto Y, Kawai N, Maekawa T, Nakamura S, Fukuyama H, Shibasaki H: Inaudible high-frequency sounds affect brain activity: hypersonic effect. Journal of Neurophysiology, 83:3548-3558, 2000.
 

■お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ先】

本田 学(ほんだ まなぶ)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 
疾病研究第七部長
〒187-8553 東京都小平市小川東町 4-1-1
Tel: 042-341-2711(代表)/FAX: 042-346-1718
Email:

【報道に関するお問い合わせ先】
国立研究開発法人
国立精神・神経医療研究センター
総務課 広報係
〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel:042-341-2711(代表)/FAX:042-344-6745
E-mail:

公益財団法人 国際科学振興財団 情報環境研究所 副所長
河合 徳枝(かわい のりえ)
〒164-0003 東京都中野区東中野1-53-11 パークハウス東中野2F
Tel:03-3366-8740/FAX:03-3366-8737
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