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プレスリリース詳細

2019年12月10日
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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小児の難治性てんかんに対する脳梁離断術の効果の神経メカニズムを解明

~灰白質ネットワークの改善を脳画像で証明~


 

 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)精神保健研究所(所長:金吉晴)知的・発達障害研究部の上田理誉 流動研究員、稲垣真澄部長、およびNCNP脳病態統合イメージングセンター(IBIC)の松田博史 センター長、病院脳神経外科の岩崎真樹部長、放射線診療部の佐藤典子部長、小児神経科の佐々木征行部長らのNCNP内研究グループは、小児の難治性てんかんに対する脳梁離断術後の画像解析を行い、①病的な脳ネットワーク経路が減少し正常な脳経路が回復していること、②脳梁の病的なてんかん伝播経路が切断されること、など術後の脳構造ネットワークについての新しい知見を明らかにしました。

 小児の難治性てんかんは薬物療法でのコントロールが難しく、一部の患者さんに対しては、てんかん焦点を摘出するなどの脳外科治療が行われています。脳外科治療の一つである、脳梁離断術の有効性については様々な研究成果がありますが、詳しいメカニズムについてはわかっていませんでした。脳画像解析により脳梁離断術が灰白質ネットワークを改善することを確認したことで、外科治療がもたらす神経基盤の解明への前進に貢献したものと指摘でき、術前における治療効果の予測に応用することが今後、期待されます。

 この研究成果は、日本時間2019年12月6日(木)PLOS ONEオンライン版 DOI:10.1371/journal.pone.0222876 に掲載されました。

 

【研究の背景】

 小児の難治性てんかんは薬物療法でのコントロールが難しく、一部の患者さんに対しては、てんかん焦点を摘出するなどの脳外科治療が行われています。その中の一つ、脳梁離断術は焦点切除の対象にはならない難治性てんかんの患者さん、とくに小児に対して適応される術式です。脳梁は、左右の大脳半球を結ぶ神経線維の集合体です。脳梁がてんかん活動(放電)の広がりに深く関わっているため、その最も重要な経路を切断することが発作抑制につながるという仮説をもとに、脳梁離断がこれまでに実施されてきました。

 脳梁離断術の有効性については様々な研究成果が知られています。たとえば、術後長期にわたって発作が半減する症例はおよそ6割であり、うち1割は発作の消失がみられるといわれています。また、脳梁離断術がもっとも効果的なてんかん発作は転倒発作であるともいわれています。脳梁離断術後には発作減少効果だけでなく、注意力低下などの不適応行動の改善にもつながることも知られています。しかしながら、脳梁離断術のもたらすこのような変化がどのような中枢神経系メカニズムに支えられているかについては今まで詳しく知られていませんでした。

 近年、脳画像を用いた研究分野では、グラフ理論という数学の理論に基づく方法で、領域間の構造・機能連結情報を画像化しネットワークの異常として捉えることが可能となっています。多数の神経細胞とそれを結ぶ神経線維から成る脳は、多数のノード(点)と,ノード問に張られるエッジ(線)によって構成されるネットワークとして捉えられます。グラフ理論は脳全体および局所のネットワーク効率やネットワーク構造の頑健性について検討する方法で、機能的MRIや脳波、脳磁図、トラクトグラフィ(神経経路を可視化し3D構築した画像)などさまざまなモダリティーに対して用いられています。本研究で用いた脳構造画像を用いた方法もその中の一つの方法で、細分化した脳領域の皮質体積の相同性を基に各領域の連結性(灰白質ネットワーク)を詳細に検討するものです。てんかん領域でも、側頭葉てんかんを中心に、健常人とのネットワークの比較、罹病期間や発作頻度等の臨床情報とネットワークの関連性が次々と明らかになってきています。

 そこで、私たちは脳構造MRI画像を用いて脳梁離断術前後の灰白質ネットワークを検討し、術後に発作頻度が改善する神経基盤を明らかにしようと取り組みました。

 

【研究の内容】

 NCNPで脳梁離断術を受けた手術時年齢平均8.6歳(3-17歳)の21名の難治性てんかんの患者さんを対象に検討しました(術前検査時3歳未満の例や脳構造異常のある例、過去に脳外科手術の既往のある症例は除かれました)。対象群の主なてんかん診断はLennox-Gastaut症候群11例で、術式は脳梁全離断術18例、部分離断術3例でした。一方、正常対照群として年齢・性別を一致させた32名を抽出しました。脳梁離断術群21例の術前・術後(術後平均4.8か月)、対照群32名の3次元T1MRI画像の大脳皮質画像について約1mm3のマトリックスで収集し、MATLAB®上で脳グラフ理論解析のためのソフトを用いて、灰白質ネットワークを群間比較しました(図1)。

 

【図1】グラフ理論を用いた灰白質ネットワークの計測の方法について

3次元T1MRI画像の大脳皮質画像を標準化脳で決められた90個のボクセルに分ける。

皮質体積の相同性を数値化し、90×90のcorrelation matrixを作る。

②をもとに、さまざまなグラフ理論の数値を測定する。

 

■脳梁離断術の効果について

(1)正常な脳ネットワーク経路の回復

 ノード同志を中継する役割の高いノードはネットワーク内で重要であり、媒介中心性という指標で表されます。その中で、特に重要性の高いものはハブと呼ばれます。脳梁離断術を行うとハブの位置は変化し、島回、紡錘状回、傍海馬回といった正常対照群と同じ位置にハブが出現するようになります。病的な脳ネットワーク経路が減少し、正常な脳経路が回復していることを示している可能性があります(図2)。


  

 

【図2】ノードとエッジの位置について

左上:脳梁離断術前、右上:脳梁離断術後、左下:対照群をそれぞれ示しています。

赤丸は媒介中心性>2SD、緑丸は媒介中心性>1SDを示しています。R;右、L;左

(2)脳梁の病的てんかん伝播経路の切断

 脳梁離断術を行うと局所灰白質ネットワークの変化が見られ、特に、右帯状回、上前頭回内側といった大脳半球内側部分の連結が低下していました(図3)。この結果は、脳梁離断術により脳梁の病的なてんかん伝播経路が切断された可能性を示しています。


      
 

【図3】術前後の局所領域の連結性の強さに関する比較

色が付けられている領域は、統計学的に有意な領域を示しています。青色(寒色)で示された部分は術後局所の連結性が低下した部分を示しており、黄(暖色)でしめされた部分は術後局所の連結性が上昇している部分を示しています。

 

(3)脳梁離断術後の灰白質ネットワークの頑健性の低下

 脳梁離断術後には灰白質ネットワークの頑健性は術前より低下することがわかりました。脳梁を切断したため、ネットワークの安定性が下がったという結果は、(1)(2)の脳機能改善を示す所見とは相反する結果です。慎重な解釈が必要ですが、ネットワークの安定性は知的レベルの低い人ほど下がることが以前の研究で示されていることから、脳梁離断術後に知的予後の改善が乏しいことと関連している可能性があります。

     

 

【図4】脳梁離断術前後、対照群のネットワークの頑健性について

ハブを標的とした攻撃に対するネットワークの安定性(図4A)は手術前後、対照群で異なりません。ノードに対するランダム攻撃に対するネットワークの安定性(図4B)は、術前より術後、対照群より術後に有意に低下することを示しています。

 

【研究の意義と今後の展開】

  本研究の結果、脳梁離断術を行うとハブが正常な位置に出現し、大脳内側構造の連結性が低下すること、ネットワーク構造の安定性はむしろ低下することがわかりました。これらの知見は脳梁離断術という外科治療がもたらす神経メカニズムの基盤解明に関して大きな一歩と考えております。

 NCNPでは、小児を中心として年間20例を超える難治性てんかんの患者さんに脳梁離断術を行っています。今回の研究では患者さんお一人お一人についての脳梁離断術の効果を予測するまでは言及できておりません。脳梁離断術の適応をより適切に決めていけるように今後も研究を進めていきたいと考えています。

 

■用語解説

・脳梁離断術

てんかんの焦点(てんかん発作の引き金となる脳の異常活動を起こす脳の特定の部分)が明らかではないか、あるいは複数あるために、焦点切除術の適応が困難な難治てんかんに対し、てんかん発作軽減を目指す緩和的治療の一つです。

 

・灰白質ネットワーク

脳構造MRI画像において、標準化脳で決められた90の脳領域に分け、それぞれの灰白質体積の相同性を基に算出された数学的情報で、灰白質体積の類似性が高い部位ほど、その部位間の連結性が高いことを示しています。

 

・グラフ理論の用語(小野田慶一:脳画像研究におけるグラフ理論の基礎.生理心理学と精神生理学 33(3): 231-8, 2015 より引用)

     

    D          Small worldness

    Small worldness =   Clustering coefficient/Path length

 

■原論文情報

論文名:“Alteration of the anatomical covariance network after corpus callosotomy in pediatric intractable epilepsy”

著者:上田理誉、松田博史、佐藤典子、岩崎真樹、曽根大地、竹下絵里、本橋裕子、石山昭彦、斎藤貴志、小牧宏文、中川栄二、須貝研司、佐々木征行、加賀佳美、竹市博臣、稲垣真澄

掲載誌:PLOS ONE

DOI:DOI:10.1371/journal.pone.0222876 

 

■助成金

本成果は、主に以下の研究助成を受けて行われました。

国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費 中川班1-4

「てんかんの病態解明と併存症を含めた先駆的・包括的診断と治療方法の開発」

 

■お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)

精神保健研究所 知的発達障害研究部 稲垣真澄(いながきますみ)

TEL:042-346-2157

FAX: 042-346-2158

E-mail: 
 

【報道に関するお問い合わせ】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター総務課 広報係

〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1 

TEL:042-341-2711(代表) FAX:042-344-6745

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